第五章: 接触
学校の授業が終ると残るはホームルームのみとなる。
クラスごとにホームルームの形式は違うが義行のクラスではあまり真剣にするほうではなかった。
先生がやってきたかと思うと、
「はい、おわり」
といって、すぐに終る。
その方が義行にとっても好都合だ。
木曜日課は比較的早く帰ることができるし、今日は特にあるものを買いにいくという用事があるのでなおさらのことである。
ところが、今日は違った。
「真下さんに連絡とプリントを渡してくれる人はいませんか?」
真下のずる休みのために誰かがそれらを届ける指名を受けるはめになったのだ。
誰も名乗ろうとはしない。
もちろん、恭子に友達がいないわけではない。
皆の考えはすべて同じ。
何よりも昨日のことを蒸し返して、自分が最初の犠牲者になることだけは避けなければならない、と。
しかし、届けないわけにはいかない。
プリントは学校のものと数学のものを含めて3枚、やはりこうなると、定番になるのがこれである。
「じゃあ、真下さんの家に近い人!」
なぜかうれしそうに言う。
こういうとき、絶対こんなやつがいる。
「おい、田中。おめー、ちかいじゃん。」
「こら、言うな。」
ばれるだろ…と口元に人差し指をあてて、いうなサイン。
だが、先生には絶対ばれてしまうのだ。
「ああ、そう。じゃあ、田中君にお願いしましょうか。」
プリントを差し出してくる。
「せ、せんせい。今日は俺、用事があって。」
駄目なんです…とさしだしてくる手を拒んだ。
「用事?」
先生が内容を言うように促してくる。
だが…。
(しまった…用事といってもこれはいっちゃ、いけないねえな。嘘つかなきゃ、ならねえなあ。)
秘密のことを教えるほど、義行は馬鹿ではない。横目で知香を見ながら、必死に言い訳を考えた。
「えっと。く、靴を買いにちょっと、遠くまで行かなきゃいけないんです。」
あれこれ言う義行に先生は疑いのまなざしを向ける。
「靴なんて近くで買えばいいじゃない。」
「いい靴はそこらでは売ってないんですよ。」
「ふーん…」
それでもにらんでいる先生。
周りのみんなも心なしか冷たい目だ。
(おいおい、これじゃあ本当に俺が届けるはめになるぜ。そんなのはゴメンだよ。)
この分が悪い状況を打破するためにはどうしたらよいか。
話し合いをしても無駄であることは目に見えている。
(ならば!)
義行はここで一世一代の賭けに出た。
いすから立ち上がり、いきなり窓の方を指さした。
「UFOだ!」
人間、わかっていてもそう言われると見てしまう習性がある。
先生を含むクラスメイト達が窓に目を向けたその時だった。
「にげろぉーー」
次の瞬間にみんなが見た映像は義行が鞄を持って逃走する姿であった。
誰も反応できず、彼の背中を目で追うのみ。
義行の『大脱走』は見事に成功をおさめたのだった。
教室に残っているのは走り去っていったその余韻と呆気にとられるみんなだけ。
部屋の中は静寂に包まれた。
ちょっとしてから我に返った人たちがぎゃーぎゃーと叫びだした。
結局振り出しに戻ってしまったのだ。
「なんて、古典的な技に引っかかってしまったんだ。」
悔しそうに舌打ちをする男子生徒達。
ここで再び人選を行わなければならない。
イヤな空気が漂い、生徒の目が変わった。
ところが。
「あの、私が持っていきましょうか。」
知香が先生に向って、突然そんな事を言ったのだ。
今日二度目の静寂。
そして、周りは騒然となった。
「せ、先生。俺が、持ってきます。」
「わ、わたしで、も。いいですよ、先生。」
知香を除いた全員が先生のところにあつまり、いままでとは手のひらを返したように立候補が出る。
そんな皆のあわてぶりの理由を何も知らない知香はきょとんとしていた。
「どうしたのですか、皆さん。」
「い、いやね。」
代表として、例のごとく世島がやってきた。
知香の前に立つと緊張気味に口を開いた。
「源さんがいくと真下さんと喧嘩になっちゃうと思って。」
「なぜですか?」
「なぜですか…ていわれても。」
説明に戸惑って、自分の頭を掻く世島。
恭子が義行のことが好きだということは死んでも口にはできない。
「私は源さんとはお話をしたこともないですし、喧嘩にはなりませんよ。」
笑って、彼女は首を横に振った。
ほとほと困った世島は思わず先生に助けを求めるようにして顔を向けた。
が、すぐに世島は後悔した。
(この先生は今まで助けになったことをしただろうか。それどころか、むしろ事態をややこしくしていることばかりしているではないか。)
世島の手は自分の顔を覆っていた。
「いいんじゃない、源さんでも」
予想はできたがそれでもこたえた。
皆の顔が床と面して崩れ落ちた。
「源さん、じゃあよろしく。」
「はい。」
深いため息の中で先生からプリントを知香は受取った。
そして、
「では今日はこれで終り。号令!」
先生の威勢のいい声にクラスメイトたちは重い腰を持上げた。
明日は血の雨が降るな、誰もがそう思った。
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