第二章: 転機
1
「お…お久しぶり?」
見覚えの無い人にそういう言葉を使われると誰だって戸惑う。
たいていの人はここではぐらかしてしまう事が多いと思うが、義行は勇気を振絞ってこうたずねた。
「君…誰?」
最悪の尋ね方であった。
しかし、そんな義行の態度にも彼女は怒ることもなく、また悲しむ事もなかった。
落ち着いた表情で、その女性は義行に話掛ける。
「覚えていませんか。幼稚園と小学校のとき、同級生の源知香です。」
「源…知香?」
「はい。」
…ちんとんちんとんちんとん…(思考中)
お得意のシんキングタイム。しわの少ない頭を360度ひっくり返して考える。
「あの、幼稚園にあったもみの木の下でよく鬼ごっこをした…」
思い出すための手助けとして、彼女は昔の事を話す。
「うーーーん…」
「毎日一緒に小学校まで通いました…」
「…」
「あ、そう言えば一緒に雪だるまを作ったり、雪合戦をした事もありましたよね」
「雪合戦…?」
妙にその言葉が気になった。
(雪合戦………そう言えば…)
その時、義行の頭の中で一人の小さな女の子が浮んできた。
さんさんと降りしきる雪の中で走り回る女の子。
『ヨシちゃん!』
女の子が自分に向かって、小さなゆきだまを投げてくる…。
「ああああああああああっっっっ!!」
「きゃっ!」
いきなりの大声で知香はびくっと身を引く。
しかし、それにかまわず義行は彼女に指差した。
「チカちゃんか!!」
「あ、はい!!」
知香の笑みが再び戻ってくる。
義行は胸をなで下ろすと、今度は喜びでいっぱいになった。
「お久しぶりです。」
二度目の挨拶。
「ホント、久しぶりだなぁ!まさかここで会うなんて思わなかったよ。」
義行は知香の顔を見返すと、月日がたったことを実感した。
知香との付き合いは生まれてから小学校2年生までの間のこと。
幼稚園でも小学校でも同じクラスでよく一緒に遊んだ。
ところが小学2年生になると義行の父が転勤になり、そのまま二人も別れたのだった。
「しかし何でまた、ここに引っ越してきたの。」
義行は窓の縁にひじをついて、知香に問いかけた。
「私も、義行さんと同じで。父の転勤です。」
「ふーん。でも、この家は一軒家だろ。親がたてたんじゃないの?」
転勤なら、事情がない限り社宅なりマンションなりにはいるのがふつうである。ましてや知らない土地に家をぶったてるなんてありえない。
「はい。でも、父が東京で仕事が落ち着きそうなのでこれを機会にここに住もうって言ったことがきっかけで結局ここに住むことになったんです。」
「へぇ。」
…風がやや強くなり、手足が少しこごえてきた。
それでも二人は気にしないで窓から顔を出している。
話がとぎれ、しばらく互いの顔を見つめていた。
昔の感傷に浸りながら。
「何年ぶりでしょうね。」
目を細めて今度は知香が義行に話しかけた。
「そうだな。10年ぐらいかなぁ。」
「10年…ですか。」
10年…二人にとっての10年は長かったのか、短かったのかわからない。
だが、お互いそんなに性格が変わっていないことにほっとしていた。
もちろん、容姿は変わったわけで…。
「チカちゃん、きれいになったね。」
「えっ!」
「いやさ。こう言うのも恥ずかしいけど。チカちゃん、とっても美人じゃない。」
ぬけぬけとそんな言葉を義行が知香に投げかける。
知香はおずおずと下をうつむいて、顔を少し赤らめる。
「そんなこと、ないです。」
小さな声で答える知香。
その仕草がまたかわいらしいものだった。
「義行さんこそ、かっこいいですよ。」
反対にそう言われて義行はニヤ笑いをして、自分もまた、顔をしたに下げる。
あたりは真っ暗になって冷たい風が吹く中、この二人の間だけ光り輝く暖かさが囲んでいた。
その時。
『義行、ご飯よ。』
一階から声が聞こえてくる雅子の声。
「あ、飯だ。」
「じゃあ、私はこれで…」
「うん。」
二人は軽く手を振りながら、窓を閉めようとした。
「あ、義行さん!」
窓を閉めようとする手を止める。
「義行さんの学校は名前を教えてくれませんか?」
「え、篠原台高校だけど。」
すると安堵のため息が知香の口から漏れた。
「私も篠原台高校なんです!」
「あ、え、ええっ!!そうなの!?」
義行は手を挙げて、驚きの声を上げた。
「だったら、明日の登校は一緒に行きませんか?」
「え、手続きとかは?」
「実は今日の時点で、すませました。だから明日から登校なんです。」
うれしそうな顔で義行の顔を見つめてくる。
もちろん彼女のお誘いに断る理由などない。
「じゃあ、行こうか。」
「はい!!」
『義行!早くしないとご飯がなくなっちゃうわよ』
再び雅子の声。
「やばいっ。じゃあ、これで。」
「お休みなさい、義行さん。」
「お休み。」
二つの窓は閉め切られ、カーテンが覆う。
「源…知香。チカちゃんか…」
ぼそっとつぶやく義行。
天井を見つめ、しばらく想いにふける。
『義行、たべないの!?』
それも母の怒声によって現実に引き戻された。
「まずい。早くしなきゃ!!」
急いで部屋から出ると階段を下っていった。
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