「前田一族」

加賀百万石の系譜

pp. 151-152, 163-170

能坂 利雄 著
新人物往来社 発行

(pp. 151-152)  

参照:北陸合戦考(pp.194)

(以下同文)

(pp. 163-170)
 利家をとり巻く兄弟の中で、不遇をかこったのは長兄の利久ひとりであった。この夫婦の間には一女をもうけたが、尾張熱田の豪族加藤隼人に嫁ぎ、養子利太を妻の実家滝川益氏からもらい、三弟安勝の女をもらって彼にめあわせた。前田慶次郎利太がこれである。彼が生来のかぶき者であったとは読書にもみえるが、拗ね者の性格をみせはじめるのは、家庭にめぐまれなかったせいであろうか。それにしても、彼は父利久に随い能登に来て利家に仕えた。『三州志』には「能州松応村に在り」とみえるから鹿島郡北三郷の内の沢野村の小字、松尾村のことであろう。知行高もこうしたところからみると実に少なく、剛勇比類ない彼としては実に不本意だったかもしれない。しかし程なく前田氏が加賀を領有するに及んで彼らは加賀に移ったらしい。末森城合戦の時において利久は留守居役として登場するほか、尾山城から進撃する利家の先発隊の中に慶次郎利太の名がみえる。その翌十三年氷見の菊池入道武勝が降る時、城代として利太が阿尾城を固めているのが『三州志』にみえる。
 「公(利家)すなはち阿尾城に利益君(慶次郎利太)、高畠九蔵、片山等甲士千余を置きて守らしめ、尾山へ旋城す。」とあるのがこれだ。したがって、佐々成政を降伏させる秀吉大軍のパレードの時は、やはりここを守って動かなかったとみるのが適切であろう。
 彼は九州への討伐軍に加わったかどうかは不明である。彼が前田家を捨てて出奔したのを、義父利久の死亡という事件を境にするのは無理だろうか。利家が、長兄利久の葬儀に参列したとする『村井重頼の覚書』もさることながら、その実は上洛中で、政務多端な身を北陸に迎えてはいなかった。病篤い長兄の臨終に駆けつけてもよかったとする利家に対する慶次郎の不満が、ついに前田家への退去を決意させたのではなかろうか。
三十数年疎遠のままになっていた落魄の長兄一家が、前田家に客分として仕えるようになったのも、慶次郎の妻の実父が七尾城代の前田安勝であった関係と、荒子城代であった奥村氏の推挙によったとみなければなるまい。慶次郎の住んだ松応村が七尾城に近い鹿島郡内にあったのもそのせいであろう。しかし彼は捨てた。非情とも映る利家に対して、捨てて惜しくない地位であり、同家への執着だった。妻子もこの時捨てたとすれば、これらの行為は彼の反逆を物語る第一歩ともなろう。
 自ら牢人となり、転じて利家が最も苦手とする上杉景勝に仕えて「天下は広し」とうそぶいた。『三壺聞書』にある彼の一面をのぞいて次に紹介する。
「慶次郎は信長から扶知をもらっていた。彼は若い頃から異風な人で、聚楽の風呂へ入った時、小風呂の内へ小脇差をさして入った。風呂の中へ物騒なものを差してくるので人々は気遣いして出ていったが、慶次郎はすましたもので、小脇差をすらりと抜いて垢を掻いているのをみると、それは竹刀であった。伏見の御城で太閤へお目見得の時、大撫付、かま髭、上髭にて、ながながしい長袴をつけて御次まで出てきたので浅野弾正や、獅子内匠あどがこれをみて、なんの有様か、第一長髪では御目見得はできないと詰め寄れば、かしこまりましたといって、付け髪や、懸け髭を取り払った。彼は剃り立てた頭をつるりと見せてこれでよろしいかといった。形式にとらわれた者どもが文句をつけるだろうと計算の上の振舞いらしいので、笑った者もいたが多くの大名衆は興ざめした顔になった。また京の室町通りを古い紙衣にしなの皮で編んだ烏巾を着、脇差を一本腰にぶちこんだ姿で歩いて、ぶらりと呉服屋に入った。肥えた男が店で足を投げ出して商売をし、恰度傍の者となにかを雑談していた。慶次郎は近づいて、あ、この足も売っているのだな、おい亭主これはいくらだ、いか程で売るのか、どうしても買いたいといえば、亭主は笑って、そうじゃ百貫出せば売ってやらんでもない、と足をひこうしたが、慶次郎は膝頭をしっかりと押えて、この行儀悪い足を買い求めたりと叫んで足を引かせなかった。そして供廻りの者に屋敷へ帰って金子をもって参れと申し付けたので、さすがに肥った亭主も驚き、今のは冗談だといったが、商人は店が戦場と心得て取り引きをする真剣な場所であるのに、冗談とは何か、どうあっても足を買い取ると言い張ってきかない。町中の寄合衆がでて詫びたが話がまとまらず結局は町奉行の仲裁でようやく話がついた。それ以後、噂がひろまり不様な格好で商売する者がなくなった。
 この慶次郎は加州で三人の娘をもっていたが、一人は北条采女の妻となり、その次は戸田弥五左衛門に嫁ぎ、末の娘はお花といって前田利長の妾の姫であったが、後に山田弥右衛門に遣わされた。戸田戸田弥五左衛門には娘二人あって、一人は清泰院様の御召仕えの今井の方、一人は吉田又右衛門の妻となった。
 以上が全文の要約である。逸話として残る奇行はむろんこれくらいに留まらない。

(以下省略)



作成:2002/02/24

海外旅行保険の加入はコチラ! そろそろ結婚適齢期??? 過払い金の回収ならこちら
[PR] | 店舗設計監視カメラESTA 申請トイプードル ブリーダー吉祥寺越谷豊洲本厚木中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレード海外現地情報ハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - タイムシェア - 評判 - Timesell - 格安国際電話 - ホノルルマラソン - サイトパトロール - 誹謗中傷 - 宿泊料金比較 - デルタ 航空券 - 宿泊料金 比較