「北陸合戦考」
pp.194
能坂 利雄 著
新人物往来社 発行
(pp.194)
四月中旬、利家は越中氷見-阿尾城の菊池入道武勝に密使を派し、前田家加担を誘って成功した。同月十二日能登路を羽咋から飯山に向けて進発した利家は、六千の軍勢とともに上庄谷から阿尾城に入った。阿尾城は石動山と神保の居城守山城との中間に位する海域で、軍事上重大な意味をもつ地点であった。恐らく今にも秀吉の大軍がくるという密書の内容に菊池氏は脅え、降伏なら今のうちだ、利家のバックに一蹴されてはたまらないと考えたのであろう。それでも前田氏に抵抗する、というより菊池氏に逆意を抱いたものがいたというので家屋に火を放ってこれらを一掃した。 無論これらを含め、前田氏の阿尾入城に及ぶ作業は簡単に行われたのでない。前田氏の一隊を津幡に集めておき、今にも倶利伽羅峠を突破する気配をみせ、佐々勢の注目をそこへ集めておいて、側面に回って成功したのである。その報せは直ちに守山城の神保氏春から富山の成政のもとへ届いた。成政は無気味にも沈黙したまま動かなかった。利家は阿尾城に前田慶次郎利太を置き高畠九蔵、片山など一千余の兵をもって固めさせ尾山城へ引き揚げた。
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