「小さな教室・大きな教室」
もうずいぶん前の話になりますが。。。
ある地方の山の中にある人口6000人くらいの小さな町でのことです。
地元の高校を出て自営業の父の手伝いをしていた青年の話。。。
彼は中学入学と同時に「軟式テニス部」に入部した。
その後 高校でも続け 卒業後もずっとテニスを続け 町の代表選手として 成績はイマイチだったが、毎年大会に出場していた。
町では テニスの選手としてある程度の名前は売れていた。
その彼に 教育委員会から電話があった。
「今度 町民教室として「テニス教室」を開きたいから 体育指導員になってくれないか?」
彼は テニスができるのならと 快く引き受けた。
体育指導員ってナニ? (教育長からの辞令で任命される 非常勤公務員。任期は二年)
後で 教育委員会の者に聞いたが 意味がわからず
体育協会は、任意の団体で主に 競技会とか運動会とか 大会を開く団体。
体育指導員は、教室とか 講習会とか 地道に活動している団体。。
彼が 体育指導員のなった当時は 15人の登録があり みんな各種スポーツの専門があった。
野球、バレー、バスケット、陸上・・・とバラエティに富んでいたが いざとなると 仕事とかで都合付かない人が多かった。
年度始まりの会議で年間のスケジュールを組み
一般の人を対象に「バレーボール教室」「軽スポーツ教室」「ゲートボール教室」。
子供たちを対象に「ソフトボール教室」「テニス教室」「バレーボール教室」が決まった。
各教室とも 初心者を対象にしているので 基礎からの講習になる。
各教室とも 専門の体育指導員が指導に当たり 他の指導員がサポートに回っていた。
彼も 専門以外の教室では 自分も生徒になったつもりで いろんなスポーツを基礎から覚えられるので楽しんで参加していた。
教室は開設されれば毎年5回ずつ 3年間は続けることになっていたので 翌年からはある程度 教えるまでになっていた。
彼も自分担当の「テニス教室」では 張り切って指導していたが、人に教えるということが難しいことを身にしみた。今までは 自分が楽しむためにスポーツに接してきたから 指導するという経験が無かった。
人の教室を見て覚え、人に相談して学び、アドバイスを貰って修正する。その繰り返しで なんとか教室を乗り切った。
今度は彼は 人に教えるという喜びを覚えた。
でも 悲しいことに指導員のメンバーが仕事の都合、結婚とかで減っていった。
補充しようにも 声はかけるがみんな「指導する」に敬遠するみたいでなかなか集まらない。
結局残ったメンバーは5人。彼もずっと指導員をやり続け 副委員長のポストに就いていた。
当時の委員長さんと、今後について話し合った結果
「もう 指導員が教えることはしないで 専門の講師を依頼しよう!自分たちは 教室を開く専門職になろう!」と。
ところが 翌年の初めに委員長さんの親が倒れて そのまま辞めてしまった。