映画製作にあたって・・・
文化祭委員を中心に次々と映画制作に関する準備が進んでいる。毎日放課後七時くらいまで残って念密な打ち合わせが行われている。
映画製作の上で最も重要な物、それは脚本である。映画製作は脚本を作ることから始まり、それが映画に関わる全ての物事を左右してしまう。つまり、僕らの文化祭はこの脚本に掛かっていると言っても過言ではないのである。
この最も重要な役目を買って出てくれたのが我がクラスの勇気ある女性二人組。二人とも当然、脚本制作は始めてなので何かと文化祭委員や監督と相談しながら骨組みを作っていく。けれど、テーマがテーマな物だからひとつひとつのことを真剣に話し合っていく。そうすると、いつもたいして脚本が進まないうちに日が暮れて、カラスが鳴き出してしまうのである。
そうこうしているうちに、文化祭まで残り二週間弱になってしまった。But!まだ脚本ができていないのである。しかも文化祭委員はある問題について、夜中の九時頃まで、もめにもめていた。
その問題とは、クラス全員に役を与えるのかどうか、ということ。
説明。まず一つ目の意見。クラス全員に役をあたえるのは脚本が進みづらくなるし、あまり学校に顔を出さない生徒もいるので撮影のスケジュール的にも無理がある。そこで、考え出されたのが、
@クラスの中の20名は役につけて、残りの生徒は役名のないエキストラという形を取るという方法。
二つ目の意見。文化祭を機会に普段学校に来られない生徒も一緒に思い出を作りたい、別に毎日クラス全員そろわなくても、一日だけでもそろえばその日にまとめ撮りすれば問題はない。そこで、考え出されたのが
A クラス全員に役を与える。エキストラはなしで、全員に台詞を与えるという方法。
この二つの意見は正直、どちらも説得力があり、文化祭委員の間だけでは決めかねる門題だった。@の方は、『映画の質』をあげたいという人の考え方で、たしかに20人だけをメインに撮れば脚本は書きやすいし、スケジュール的にもうまくいくと思われる。つまり、学校に来られない子のことを考え出すとキリがない、というかやっぱり全員が同じ日にそろうのは難しい、という現実的な考え方。Aの方は、『映画の質』にはこだわらずに『クラスの質』で勝負、とでも言うか、『自分達の思い出の質』をあげたい、みんなでいい思い出を作りたいという、ある種、理想的な考え方。
なんだか双方の話しを聞いていると、どちらにも一理あり、なるほど、なるほど、とただ頷いてばかりである。これは悪いことではなく、むしろそれだけ僕らが真剣にこの映画に対して取り組んでいるのだという実感である。But!時間がない。ああ、あまりにも時間がない!
そこで担任の先生が尿結石の為に欠席だというホームルームの時間を利用して僕ら生徒だけでこの二つの意見について話し合ってみた。
その結果、様々な意見が出てくる出てくる。取りあえず、下にまとめてみた。
@ ・ 画面が重くなり、一人でも休むと四十人の映画じゃなくなる。
・脚本が本当に四十人で書けるなら別にいいけど。
・映画として辻褄のあわないシーンがでてくるよ。
・確かに四十人の方が楽しそうだけど、映像的には解りづらい。
・みんなが映画に出たいわけではないから、エキストラでもいいと思う。
・二十人の方が、まとまりがある。
・俺はエキストラがやりたいぜ
A ・ 20人の映画だとクラスの映画じゃなくなるぜ。
・20人だと一体感がないじゃん。
・20人がスケジュールに併せて来る保証もないじゃない
・学校に来られない子にエキストラはあんまりだ。
会議は実にもめた。みんな映画を成功させるというひとつの目的のために主張する。出席していた全員が意見を言い合った。正直、黒板に意見をまとめている最中、クラスがひとつにまとまっていくのを感じた。意見は分かれているのだけれど、みんな願っていることは一つだ。
最終的に@的な考え方は0人になった。これはクラスの話し合いには珍しい現象である。普通、どんなに片方が説得して意見をつぶそうとしてもなかなか決着はつかず、最終的には多数決になる。文化祭の企画や映画の内容についての話し合いでもそうだった。けれど、最後には@の考え方をする人はクラスからいなくなった。
僕は話し合いを見ていて決め手になったと思われるAの意見を取り上げてみた。
それは、
・休んでいる子が来ないからスケジュール的に無理、ではなくて、来 てもらう努力をする!
・休んでいる子が来やすい環境を作ろうぜ!
という意見である。この二つの意見が全ての様な気がする。普段、学校に来られない子に対して僕らが出来ること。来られない子がいるという前提で映画を作るよりも、来られる環境を作って、一日でも来てもらう、その意気込みで映画を作った方が絶対に気持ちいい。学校に来られない子は実際、今、こうして僕らが話し合いをしているときでも、家にいて、ご飯を食べたり、本を読んだり、悩んだり、考え事をしているのだ。何故学校に来られない理由を学校に来られない子達に押しつけてばかりいられるのだろうか(嫌、いられない!)僕らは何か彼らの為にできることはないのだろうか。
その疑問の果てにでた答えがこれである。もう一度繰り返す。
・休んでいる子が来やすい環境を作ろうぜ!
僕らは『映画の質』よりも『クラスの質』、『思い出の質』で、この大きな、あまりに大きな、『イジメ』という問題に立ち向かって行かなければならない。問題は山積みである。まだ撮影を始めていないし、イジメについての話し合いも滞っている。しかも、担任は尿結石・・・。けれど、悲観は決してしていない。今日の話し合い、クラスの全員が、学校に来られない子も巻き込んで、ひとつになろう、という意気込みがある限り、僕らの映画が失敗するわけがないじゃないか!。
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