始めは、小学校2年のときだった。
その時、一番の親友だった子が学校を休んだ時が始まりだった。
学校へ行ってクラスに行った。8時30分からの10分間の自習時間。
一人の男の子が「何でお前は学校に来たんだ」と私に向かって言った。
すると、一人また一人と同じことを言ってくる。
「あいつが休んだのに、お前は学校になんて来るな。今すぐ帰れ」。
いつの間にかクラス中から「帰れ!」という言葉が…。
何も言い返すことの出来なかった私。
泣きそうになりながらも、その場を耐えていた。
クラスの中でもリーダー格の男の子が
「こいつも学校に来ない方が良かったと思う人?」って聞いたら、
いっせいにみんながわたしの方を向きいろいろ言い始めた。
何で私がこんな目にあわなければならないのだろう。
そう思いながらじっと我慢していた。
その日の帰りのホームルームの時、隣の席の子がいきなり、
わたしの足をけりはじめた。
けど、言葉が出ず痛みを耐えつづけた。
次の日、親友は学校に来た。そしてまた、「帰れ」と言われた。
そのときは私だけではなかった。親友も言われたのだ。
けど、親友は「ごめんなさい」とひとこと謝ると、
みんな何も言わなくなった。
この親友はクラス中から嫌われていた。そのために、
学校を休むたびに私はみんなからいろいろ言われるようになった。
しだいに、親友からもいろいろ言われるようになった。
ある日、私は習い事があったために、一人で先に家に帰った。
その次の日
「何で先に帰ったの?先に帰ったんだから全部荷物持ってよね」
そう言われた。
学校に着くと、うわばきがなくなっていた。
探したら、ゴミ箱の中にあった。
その時をさかいにして、ときどきうわばきがなくなるようになった。
ある日、国語の時間、図書室で読書をすることになった。
休み時間の間に図書室に移動することになっていた。
私も休み時間中に移動した。国語の時間が始まり読書をし始めた。
この日は一冊だけ本を選び感想文を書くことになっていた。
私はすぐ読みたい本が見つかり教室へ一度戻った。
戻った理由は、先生に頼まれたものをとりに行くためだった。
もう一人の女の子と2人で戻ってみると、
わたしの机の上に算数の教科書がポツンとあった。
教科書の中を見てみると、すべてのページが破かれていた。
私はすぐに、破かれた紙と教科書を持って戻った。
そして先生に話をした。
「誰がやったんだ」と聞いても「知らない」の一言が。
急に涙が出てきた。結局、誰がやったのかも分からなかった。
今でも、そのときの教科書を捨てずに持っている。
ショックだった。くやしかった。
これをさかいにして、突然みんなの態度が変わった。
そして、平和な時間が戻った。
小学校3年のとき、かばんをとられたりくつをかくされたりした。
ある時、何人かの子が「左手出して」と言ってむりやりうでをまくられ、おさえつけられた。一人の子はとがった鉛筆を持っていた。
「今から注射します」
そう言った彼女は、わたしの左手を鉛筆でさした。
うでのところには一本の線が入った。
10センチぐらいの傷が出来た。手のひらにもだ。
痛くて泣きだした私を見ながら、みんなは笑っていた。
親にも言えず、必死に隠した。そして、またつらい日々が始まったのだ。足をけられ、顔をたたかれ、頭をなぐられ。
それでも私は、学校を休まなかった。
4年生になると、一度もつらい目にあうことはなかった。
そのまま、小学校を卒業。
ドキドキ、ワクワクしながらの中学校生活がスタート。
小学校の頃は、色々あったから、
今度は楽しい3年間にしたいと思いながら。
けど、その反対。体育の時間になると、
「足太いね」って友達から言われるようになった。
男の子からも「デブ」などと言われるようになった。
お弁当の時間になると「まだ食ってる。足りねえんじゃね〜」とか
「全部食ったぞ」とか言われた。そのうち、
「野菜が入ってない」「冷凍食品はダメ」「量が多い」などと
言われるように。お弁当にケチをつけられるのがくやしかった。
お母さんが一生懸命作ってくれたお弁当なのにって。
最終的には、幼稚園生がつかうお弁当箱になった。
でも、最後はお昼を食べることができなくなっていた。
それは、ある日の一言が原因で。
「お前は何も食わなくてもいいんだ。脂肪があるから死なねーよ」。
この言葉で心の中に深い傷が出来た。
私は、カゼをひき2日間学校を休んでしまった。
3日目に学校に行き授業を受けていた。
数学の時、ある問題を答えることになった。
しかし私は、2日間休んだせいで授業内容がわからなかった。
その結果答えることができなかった。
すると、「お前こんな問題もわかんねーのかよ」と言われ、
クラス中から笑い声が…。
けど、先生は注意などせず、
しかも何もなかったかのように授業を進めていた。
わたしの前にも女の子が一人あてられていた。
けど、その子が答えられなかったため私にまわってきた。
そのこの時は誰一人笑いもしなかったのに。わたしの時だけ。
授業が終わり休み時間になると、みんなから「バカ」と言われ笑われた。半分、涙目にもなりながらじっと我慢していた。
そして次の日から学校には行かなかった。
週に一度ぐらいは行っていたが、
あとはずっと自分の部屋に閉じこもっていた。
2学期からは1日おきのペースで行くようにはなった。
しかし、お弁当にはケチをつけられ、問題を間違えると笑われ。
時々いたずら電話までかかるようになった。
ある日から私は「おじょう様」呼ばわりされるようになった。
これは、小学校のときからずっと言われてきたことである。
その理由は、いくつかある。
一人っ子・家が大きい・部屋が広い・庭つきの一軒家・
金持ち・ほしいものはなんでも買ってもらえる、
こんな理由から、いつの間にか
「おじょう様」と呼ばれるようになっていた。
すごくいやだった。
私は普通の家の子なのにどうして…いつもそう思っていた。
3学期は2度しか学校に行っていない。
行けなくなっていた。私は入院することになっていたので、
ほぼ毎日病院通いをしなければならなかったのだ。
中学2年生になると、担任はあの数学の先生。
その先生が原因でクラスにはあまり行けなくなった。
この頃から、クラスに行くと気分が悪くなったり胃がいたくなったり、
息苦しくなったり、頭が痛くなったりするようになっていた。
そして、保健室へ行く回数が増え、
私は、中2の1学期後半から保健室登校していた。
私は毎日この頃からビネツが出るようになり、
心までか、体までつらくなっていた。
2学期からは自分の部屋で一日を過ごすことが多くなり、
「自殺」という言葉が何度も頭の中をよぎっていた。
この時は、食事もまともにとれなくなっていた。
お菓子や菓子パンをほおばっていた。
一歩も外に出られなくなっていた。
あまりにも学校に行かなくなったので、
週に一度、担任が家に来るようになった。
会いたくないときは会わなかった。
けど、部屋の前まで来て
「一日でもいいから学校においで。戻っておいで。みんな待ってるから」 いつもそう言っていた。
私は、自殺しようとカッターを持ち出し手首を切ろうとしていた。
けど、このままじゃいけないんだと思い一度は思いとどまった。
けど、気がつくといつも死ぬことしか考えていなかった。
自然に遺書まで書いていた。そしてまた…。
その時は痛みも何も感じなかった。
血が出ていても痛いと思わなかった。これで楽になれるんだなと・・・。 親がわたしの態度がおかしいと心配して部屋に来た。
顔をたたかれ、ようやく我にかえった。
そして、今まであったことを全て話し、
フリースクールへ行きたいと話した。
2学期後半からフリースクールに通い始めた。
カウンセリングを週1度うけながら。
私は高校には生きたいと思っていた。
だから、家庭教師をつけ一生懸命勉強した。
音大に行くのが私の夢だった。ピアノも今まで以上にがんばった。
そして、私立の音楽高校に進学した。
しかし、ここでも色々あった。
仲間はずれにされ、「あんたとなんて話すことない」と言われ。
授業中もメールはする、お菓子は食べる、うるさい。
私はまじめに勉強したいのに。いつの間にかカラに閉じこもっていた。
そして、体調を崩すようになった。
おなかが治らなかったので色々検査をしたが、異状なし。
あまりにも治らず、精神科へ行くことにした。
今まであったことを全て話した。すると、自律神経失調症とわかった。
私は、安定剤を半年ぐらい飲むようになった。
このままでは、夢に近づけない。
そう思った私は、行ける日は学校に行った。
帰りのホームでのこと。私は電車を待っていた。
すると2人同じクラスの子が来たが、私がいたために逃げていった。
次の日からほとんど学校には行けなくなり、進路変更を考え始めた。
親と相談し、精神科の先生とも相談。
フリースクールに行っていた時のカウンセラーにも相談。
進路変更をいう道を選んだ。
今、この学校来て良かったと思っている。
今までのつらいことは忘れることは出来ていない。
それに、自律神経も治ったわけではない。
だから、時々体がつらくなる。
色々なつらかったことは、いつか役に立つと思っている。
この経験を生かせればと思っている。
私は、中学の終わりにクラスのみんなから手紙をもらった。
今でも持っている。けど、いい迷惑だった。
よくあんなことが書けるなと・・・。
あれだけ色々いやな目にあわせておきながら、
今さらと思う文章だった。
人を傷つけるってどういうことなんだろう?
どんな気持ちで人を傷つけているのだろう?と思う。
私が負った傷は心深くまで。
その傷は今でも残っている。
その性で、大勢の中が苦手になり
自分のカラに閉じこもったままだ。
人と話すことが、人と付き合っていくことが恐くてたまらない。
私は自分のペースで変わっていけたらいいなと思っている。
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