『不定期連載・メイドさん雑学』
その1 メイドさんの制服
メイドさんが大好きという人、こんにちは。
さて、いきなり本題ですが、メイドさんはやっぱりメイド服を着ていないとメイドさんとは言えませんですよね? では、メイドさんのお仕着せ、通称『メイド服』は一体何時頃出来たものでしょうか?
制服として着用する様になったのは十九世紀頃であり、それ以前は要するに私服で、時には女主人と見分ける事が出来ない位でした。
では、何故制服着用を義務付ける様な事になったのか。それは産業革命にあります。
近世までは、ヨーロッパには上流階級と下層階級の二つしか存在していませんでした。しかし産業革命に伴い、『中産階級』『中流階級』と呼ばれる中間層の階級が誕生したのです。彼等は元々下層階級として位置付けられていた人々でしたが、急激な近代化・工業化により段々と富を得て財産を持つ様になり、貴族や紳士達と同じく使用人を置く身分となっていったのです。そして彼等は生活様式も上流階級のものを真似ていったのですが、仮にも女主人であるものが、下層の出自である召使いなどと間違えられるのは屈辱的であると、元からお仕着せのあった男性使用人と同じ様に、メイドさんにも制服を着せる事となったのです。
そこで彼等は、一世代前に流行したドレスを、正式な礼服としてメイドさんのお仕着せのスタイルに採用しました。以来、メイドさんのお仕着せは、女主人の流行よりも少し遅れたデザインのものを着る様になっていきました。十九世紀初頭にはメイドさんのお仕着せが使われ始め、次第に午前はプリント地の、午後には黒いドレスに純白のキャップにエプロンというスタイルが定着していきました。十九世紀末には、男性使用人の花形・従僕の代わりを勤めるパーラー・メイドが飾りリボンやキャップを身に着けていますが、これも30年前に淑女が身に着けていたものだったそうです。
尚、十八世紀頃には『ミルク・メイド・スタイル』という酪農で働く乳搾りの女性の格好を真似たものが流行しましたが、これもドレスの上にモブ・キャップと飾りエプロンを付けたものです。これは暫くの間流行りましたが、十九世紀頃までには廃れていき、そしてその名残がメイドさんに受け継がれた様です――つまり昔のメイドさんの格好が女主人の手を経てから現在のメイドさんへと受け継がれたと言う訳です。
因みに十六世紀頃からドレスの袖口や裾、襟刳りなどから下着の装飾として使われているフリルやレースを見せるという事が流行しました。その名残が、何重にも重なる袖口のフリルや、スリットが開いた様なデザインのスカートの下からアンダー・スカートが見えるという、中世のお姫様が着るドレスのイメージがあります。ドレスの襟刳りが深いV字型に刳られ、そこからレースやフリル、刺繍、ピンタック、飾りリボンなどで飾られたシュミーズの胸の部分を見せていましたが、次第に“見せる”専用に作られた逆三角形型の下着が登場します。十八世紀頃には前述の通り『ミルク・メイド・スタイル』によって飾りエプロンの流行が最高潮になっていきましたが、この“見せる”下着がドレスの中から外へと移り、元々サロン・エプロン型だったエプロンにくっついてサロペットエプロンとなっていったのです。よく洋画などで肩紐の無い、ピンで留める胸当てのみのサロペットエプロンが登場しますが、これは初期の頃のサロペットエプロンの形そのままなのです。ついでに言えば、十八世紀の飾りエプロンには宝石まで縫い付けられていたそうです。
さて、もう一つ、メイドさんのお仕着せには別の血筋があります。十九世紀中葉にクリミア戦争が起こりました。そして、フローレンス・ナイチンゲールが“ノブレス・オブリージュ”を掲げて看護婦達を従軍させたのです。それまで『看護婦』と言えば、チャールズ・ディケンズの小説に登場する『ギャンプ夫人』の名が看護婦の代名詞として語られる様に、飲んだくれで使えない、卑しい女性の職業であったのですが、ナイチンゲールの活躍以降、看護婦は一躍花形の職業に躍り出たのです。そしてその制服は某医薬品のマスコットが着ている様な、黒いドレスに純白のキャップとエプロン。しかし誰しもが看護婦になれる訳ではありません。職業としての看護婦の流行は、その制服を真似る事も流行にしていきました。そして十九世紀当時、女性の最大多数を占めていたメイドさん達が、お洒落の一環として看護婦の制服を真似ていったのです。ついでに言えば、少し遅れてウェイトレスさんもこの真似をしていきました。
因みに、病院は元々教会に付属した施設でした。医学が発達した現在と違い、中世では病気になれば、医者には掛からず、僧侶に祈祷して貰っていました。祈祷に訪れた病人の看護や介護の為、病院が設立されたのですが、彼等を実際に看護・介護したのが病院の尼僧――そう、看護婦の前身はシスターなのです。こうして、シスター→看護婦→メイド&ウェイトレスという、働く女性の制服の系譜が誕生します。
更に言えば、ヨーロッパの民族衣装は十九世紀頃に完成しましたが、これは元々は都市部の市民層が着ていた衣装であり、そこから農村部に移って定着したそうです――どうやら、農村部から口減らし同然に奉公に上がったメイドさん達が、都市部で女主人の着ている衣服のデザインに触れ、それを真似したまま、田舎へ戻って生まれた様です。ある意味分かり易いのは、フランスの民族衣装でしょう――黒いドレスに飾りエプロン、糊を利かせてパリッと堅くした白レース製の帽子。何をいわんや、ですね。
女主人の思惑と、メイドさん自身のお洒落が生み出したのが、メイドさんのお仕着せという訳です。そして様々なアレンジを経て、現在のメイド服となっていくのです。
・追記(2005.04.10.)・
主人側から制服を着せる意図は、要するに雇う側とそれに隷従する側との区分にあります。この思想は元来あった『下層階級は危険な存在』から来ており、労働者階級の出自であった使用人達を監視し、自身が他人に隷従する存在である事を思い知らしめる為にも必要だった訳です。現在のメイド服に落ち着く前は、その区分として、当時迫害の対象であったユダヤ人に課せられた区別の印と同じものが考えられていた様です。
尚、エプロンに関しては、十九世紀フランスに於いては、メイドさんのエプロンは下着を連想させる為に男性が劣情を催していたそうで、この辺エプロンの歴史が地続きで生きていた事も伺えます。
・参考文献・
森薫+村上リコ/著『エマ ヴィクトリアンガイド』エンターブレイン(BEAM COMIX)
nuc財団法人、日本ユニフォームセンター『ざ・ゆにふぉーむ』源流社
ダニエル・プール『19世紀のロンドンはどんな匂いがしたのだろう』青土社
アラン・コルバン、杉村和子/監訳『娼婦』藤原書店
丹野郁『総合服飾史事典』雄山閣
小林章夫『地上楽園バース』岩波書店
ロバート・ダーントン/著、海保真夫+鷲見洋一/訳『猫の大虐殺』岩波書店
井上泰男『ふだん着のヨーロッパ史 生活・民族・社会』平凡社
角山榮、川北稔『路地裏の大英帝国 イギリス都市生活史』平凡社
→ひとつ戻ります。
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