激情の館

NO 3

 


  棚には多くのリアルな昭和初期の遺物が残されていた。

これこそまさに俺が求めていた空間!

 

 

 

   
  この棚には法学やら数学やら語学やらの難しげな本が結構あった。

誰のだったんだろうか?

 

 

 

   
  富士山にも登ったらしい。

しかも日付は昭和11年。

廃墟でこんなにも歴史の古い遺物を見るのは初めてだ!

2階は昭和初期の遺物が満載。

かなり興奮してきた。

 

 

 

   
  孫六さんが写真を見つけたらしい!

 

 

 

   
  そこにはティッシュに綺麗にくるまってフィルムが入っていた。

軍服姿の少年も写っていた。。。

 

 

 

   
  小説みたいなのを発見した。

しかも赤字で「特別攻撃隊」と書いてある。

ちょっとドキッっとした。

 

 

 

   
  ちょっとググッてみたら「岩佐中佐」というかたは実在の人物で、群馬県前橋市の出身らしい。そして海の特攻で亡くなったらしい。。。

画像では全然分からないけど確か刊行は昭和19年だったような。

特攻。まさにこの家のご子息も特攻で亡くなったのだ。
当時を物語るリアルな資料を見るにつれだんだん鬱になってきた。

しかし、追い討ちをかけるようなさらに驚愕の遺物を発見した。

 

 

 

   
  手紙だ!

書物に紛れて何故か一通の手紙が。

俺は恐る恐る読んでみた。
それは非常にリアルな内容だった。。。

この国、この町、そしてこの家は確かに戦争という悲劇の時代を通過しているのだ。ここにあるものが明確にそれを物語っている。

 

内容を少し見たいかたはココ

 

 

 

   
  不意に部屋の隅に目をやるとこんなものが。

ココにそぐわない現代の遺物にげんなり。

こんなとこ誰も来ないと思ってたけど意外と来るんだね。

 

では、そろそ撤収します。

 

 

 

   
  この家でどれほどのドラマがあったのかは分からないけど、ほんの少しだけ垣間見れたような気がします。

この現状を就職とともに出て行ってしまった養子の方に是非見ていただきたい。そして何かしら感じ取ってもらいたい。

 

 

 

   
 

帰りはやけに切なく映るな。

さようなら。

そして、ありがとう。

 

お し ま い

 


 

総括

わたくしこんなにも猛烈にドラマティックな廃墟は初めてだったかも知れません。
最初に発見した時は「うぉー!凄ぇ!」ってな塩梅で潜入意欲満々だったんです。レポでは裏側の画像しかないけど、正面がほんとに凄いんです。不気味。ああぁ撮っときゃよかったなぁ。今度機会が会ったら撮ってきますね。ホント凄いから。
でですね、ちゃっかり仕事中に聞き込み調査とかしてたんです。気になってしょうがなかったから。そしたらこの家には冒頭に書いたような経緯があったわけで・・・。
まぁ今回3人だったんで潜入できました。ソロでは200%無理でした。この廃墟の歴史的背景を知ってるだけに、最初に足を踏み入れたときから妄想度MAXでなんか嫌な感じなんです。正直うしろめたいんです。で、追い討ちをかけるように情報が事実であることを示すような遺物がぞくぞくとでてくるわけじゃないですか。「靖国神社」の写真をみたときは本気で帰りたかったですね。ソロなら完全に撤収してたけど、今回は3人なんで続行できました。孫六さん、えーさくさんありがとう!
なにしろ内部は意外と遺物満載で驚きました。しかもそれが昭和初期とかのもので鬼のように古いんです。廃墟探検でこんなにも歴史の古い遺物を発見したのは初めてでかなり興奮し、感動が込み上げるものがありました。
しかしながらやはり精神的にはヘヴィーな物件でしたね。この家は戦争という悲劇的で異常な時代に翻弄されたのです。当時の多くの一般家庭がどのような状況下にあったのかということが、今回の探索で少しでも理解できたような気がします。合掌。

 


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