Spiritual Utopia
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扉を開けた時のゼフェルは、随分驚いた顔をしていたのだろう。
「こんにちは」
屈託なく、実に爽やかに笑顔を見せる彼女に。
「お、おう」
思わず、返事をして。
それから。
勢い良く回転した脳が、記憶と思考の全てを動かして信号を送り、そこで出されたデータは体中を巡って、最後に口にまで上る。
「何でおめーがここにいるんだよ!?」
無意識に、声が大きくなった。怒鳴るような物言いに、彼女は少しだけ怯えたようだったが、ゼフェルが素のまま驚いているのを見て取ったのだろう。ほにゃ、と小首をかしげた。
さらりと、ゆるく孤を描いて明るい金色の髪がすべり落ちる。
「ねえ、ゼフェル。入ってもいいかしら」
扉を開けたまま、彼女を見つめて。固まったように動かないゼフェルの、質問には答えない。
「ああ、悪ぃ」
そう言ってから、ゼフェルははっとしたように突然扉を閉めた。
「きゃっ」
いきなり勢い良く扉が閉められて。彼女は外に取り残された。一瞬何が起こったのかわからず、まばたきをして。もう一度、ノックをしようとした、時。
唐突に。
扉が再び開かれた。
「……何か、ご用で、ございます、か」
ぼそぼそと、ゼフェルがつっかえながら言うのに。彼女はきょとんとする。いつもと喋り方が随分違う。少々それに戸惑って。
その姿に深く溜息をつくと、ゼフェルはぶっきらぼうに言葉を放った。
「おめー……じゃなくって。何で陛下がこんなトコにいんだよっ」
一応。敬語でも使おうと試みたものは、すっかり消え失せて。つい、馴染みのある物言いになってしまう。アンジェリークは、どうやら全然気にしていないようだ。
「何でって、ゼフェルに用があるんだけど」
「それなら、呼べばいいじゃねーか。こんな所、ジュリアスやロザリアに見つかってみろ。一体何言われるか、わかったもんじゃねぇ」
きょろきょろと執務室前の廊下を見渡し。極力押さえた声で――いつの間にか声が大きくなっていったが――ゼフェルは言うと、彼女――女王陛下、アンジェリークだ――の腕を取り、自分の執務室へと引っ張った。
中に引き入れ扉を閉め、ほっと、溜息。
「大丈夫よ。ジュリアスは今日、執務である星に飛んでるの。ロザリアは今頃、エステね」
実ににこやかな顔のまま、アンジェリークがそんな風に説明する。
「……」
「どうしたの? ゼフェル」
「……疲れたんだよ」
「大変。私、出直した方がいい?」
疲れの原因は他でもない、アンジェリークなのだが。ゼフェルは彼女に見えないように、またしても溜息。
「で。一体何の用だよ」
聞くと、アンジェリークは手にしていたそれをゼフェルに差し出した。
「何だよ、ソレ」
「うーん、玩具、かな」
大きさは丁度、アンジェリークの片手に乗る位。筒状で、両端が丸い。楕円と言えばいいのか。小さなボタンがついており、筒の端は万華鏡のように中が見えるようになっている。といっても筒の中は暗く、一体何が入っているのかはわからないが。
ゼフェルはその筒を受け取ると、興味深そうに眺めた。筒自体は淡い青色で何の変哲もない。念のためボタンを押してみるが、カチっと音がするだけで、何も起こらない。
どうやらここが壊れているらしい。
「それをね、直してほしいなって」
「何に使うんだよ、コレ」
「ボタンを押すと、ライトアップするの。すっごく綺麗なの」
「ただの電気かよ」
そっけなく言うと、ゼフェルは筒の中を覗こうと目を細める。真っ暗で、見えるものは闇だけだ。どうやら、ここが光ってライトアップするらしい。
「接触が悪いだけじゃねーのか」
携帯しているドライバーで器用に筒を開け、中身を確認していく。ひとつひとつの部品は随分貧弱で、作りも簡単だ。
「出来そう?」
横から覗き込んで、アンジェリークが聞く。
「できねーなんて、言ってねーよ」
「じゃあ、お願いね」
まだ何も言わないゼフェルに、ちゃっかり頼んでしまう辺りが上手い。
カチリ。部品を確認しながら、直していく。構造自体は捻りもなにもなく、ただ、接触部分が磨り減ってしまっていた。そこを変え、また元のように戻していく。
カチャリ。
かなり原始的な作りだ。いかにも大量生産されたような、安物。玩具というのには、少々脆すぎる気もする。子供だましだ。
カチャリ。
螺子を締め、ゼフェルは傍らでじっと作業を見ているアンジェリークに、問う。
「そんなに大事なモンかよ」
アンジェリークは、目を瞬かせた。
「そうよ。とても、大切なの」
カチャリ。
最後の、筒の蓋が填まる。一通り確認し、出来栄えを確かめて。
「ほらよ」
ぽん、と。軽く投げられた玩具を、アンジェリークが両手で受け取る。
「有り難う、ゼフェル」
にこりと笑って。
カチリと。ボタンを押した。
――思わず、見入った。
天井に映し出された、それに。
アンジェリークがボタンを押すと、筒はまばゆい光を放った。ライトアップし、それはそのまま天井に達した。
そこに多分、筒の中にあるのだろう、風景を映し出した。
ゆらゆら揺れる、草花。
立ち並ぶ、家。
走り回っている人影。
動く、時間。流れる、時間。
あたかも。
その中にいるかのように。思えてしまう。
作り物めいた中にいるのが解っているのに。投影された偽物にすぎないのに。ゼフェルには、記憶の片隅にもない筈の景色なのに。どこかで見たことあるとすら、思う。
天井を見上げたまま、アンジェリークがふふ、と笑う。
「ただの玩具よ。これは、私が住んでいた街なの」
遠く離れたその地を。何度思っては泣いただろう?
越えた時の流れを。何度嘆いたことだろう?
ゼフェルは、思い出す。
機械に埋め尽くされた、遠きあの地を。
灰色に滲んだ空。無機質な中、佇んでいた自分。それを、幸せだと感じていた頃の。
懐かしい、記憶。
今はもう、どうなっているのか、わからなくとも。
――でも。
目を閉じれば、そう。
確かなその足の踏んだ大地を。
今でも鮮やかに思い出せる。
「――これはね、大切な私達の住む、宇宙なの。決して忘れない、大事な思い出」
筒の放っていた光が、徐々に薄くなる。
いつまでも、天井に反射しているわけではなく。
静かに、ゆっくりと消えてゆく。
名残惜しそうに天井を見上げたまま。
アンジェリークが、小さく、言った。
「いつか……これが、理想郷になるかもしれないでしょ?」
消え失せた常世の夢を。
ゼフェルはいつまでも見つめていた。
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