チャリダーのささやき





 この自転車旅行記は東京都立大学1年次に在学中の1996年3月、住んでいた大学の寮がある八王子から、高校の同級生の住む京都までを自転車で旅した際の旅行記である。



3月10日(日)

 朝7時半に起床。昨晩は荷物を括りつけるのに手間がかかり、結局寝たのは夜中の2時。目覚ましは6時にセットしておいたが、「2度寝」をしてしまった。出発の日の朝なのに・・・・。

 トーストを食べ、準備を整え午前9時、「いざ京都へ」向けて出発。低速になったり、立ちこぎをしたりするとバランスが悪くなるが、リアキャリアに積んだ荷物の影響はそれ程でもない。

 出発して1時間、129号に少し入った時の事だった。後ろの荷物が地面とこすれる音がする。「何だ!」と思い、徐々にブレーキをかけて恐る恐る後ろを見るとキャリアの上の部分の留め金がはずれて、キャリアごと荷物がのけ反っているではないか!これだから旅は何があるかわからない。少々焦りながらも、とりあえずはロープでくくりつけて、再び出発。途中、伊勢原のダイエーで部品を調達し、事なきを得た。しかし、この旅の波乱を予感させるハプニングであった。

 正午頃、秦野のローソンで昼食をとり、休むのもほどほどに再び出発。だんだんとアップダウンの激しい道になっていく。それからの3時間は地獄であった。下りはもちろん楽だが、登るのがつらい。特に御殿場にはいるまでは"登るだけ"なので、足がパンパンになった。こまめに休憩をとりながら進む。御殿場を越えれば、あとは"下るだけ"のバイパス。かなりスピードが出て、距離を稼ぐことができた。4時過ぎにはもう沼津に入る。1号線にとうとう合流。しばらく進んだところで怪しかった雲行きがとうとう泣き始めた。まだ小降りのうちに海を見る。大いに感動・・・するのもほどほどに銭湯を探す。しかし、沼津市街からだいぶ離れてしまったため、そんなモン無い!田舎、田舎、田舎・・・。雨も強くなり寝る場所もままならず、とりあえず東田子の浦駅に待機。ここはもう富士市。雨はやむ気配なく、寒い。コンビニで立ち読みをして時間をつぶし、結局駅の前の神社の境内にて1夜を過ごす。幸い雨は止んでくれた。

本日の走行距離 約105km



3月11日(月)

 今朝は6時に起床。昨晩寝袋の中に潜り込んだのは9時半頃だったか。と言っても寒くて寒くてあまり眠れなかった。寝袋だけではとても寒さはしのげそうに無い。途中で毛布を購入しなければ。

 コンビニで朝食をとり、午前7時、東田子の浦駅を出発。筋肉の張りはさほどでもないが、今日は無理をせずにゆっくり行こうと思い、バイパスには乗らず下の道をゆっくり進む。それでも快調に進み、9時過ぎには清水駅、10時には静岡駅につく。かなり良いペースだ。「これじゃ、余裕で浜松だな。」

 静岡までの途中、同じく自転車で旅をする「チャリダー」と2回すれ違った。すれ違い様にお互いピースをする。実は前日にも一人とピースをし合っている。旅人同志の心が触れ合い何だか心が暖まる。

 1号線を進み、小さめの峠を楽に越えて僕は藤枝市へと向かう。が、このあたりから先程の余裕がぶっ飛んでいき始めた。"向かい風"である。それも強い風だ。坂を登るときは、「その先に下り坂がある。」と思えるから精神的に持ちこたえられるが、この風は気が滅入る。それに加えて、膝に痛みが走り始めた。かなりのスローペースで藤枝を越え、島田市内に入る。この頃にはもう、膝は激痛と言える程になっていた。

 島田駅前でカツ丼をかっ食らい、午後1時出発。、向かい風はますます激しい。膝をかばいながら、死ぬ思いで1号線に入る。ここはバイパスになっていて、自動車専用道路だ。本当に決死の覚悟である。しかもここからはず〜っと上り坂。最初の2〜3分頑張ってみたがすぐに諦め歩き始める。結局1時間ほど歩いた。途中せまいトンネルを3つ抜けたが、そん中歩くときは参ったなー。ホント口では言えないほど恐かったよ。

 そんなこんなで、下り坂を風を正面に受けながら進み、午後3時、ようやく掛川市内に入る。掛川、牧野さん(バイト先の先輩)の故郷。思ったほど栄えていないが、駅舎は木で出来ていて雰囲気は良い。駅前のユニーで念願の毛布を購入。薬局では、痛みを直接和らげるというTVCMでお馴染みの「バンテリンコーワ」を購入し、早速塗って見る。この薬にはその後もだいぶお世話になった。午後4時、掛川を出発。今日は磐田がゴールになりそうだ。

 相変わらず風の強い1号線をスローペースで進み、袋井を抜け、午後5時半に磐田駅前に到着。昨日は結局風呂に入れなかったので、まず風呂に入ろうと思い、タウンページを開くが・・・何と銭湯の欄には磐田市の記述が無い!道行く人に聞いても、「銭湯?聞いたこと無いね。」・・・・・・・・。これでは磐田で寝る訳には行かない。この瞬間、僕は浜松行きを決意した。さらばジュビロ、さらばオフト!

 メシを食ってたりしたら、時間はもう6時を回っていた。夜は走るな、と若登からクギを刺されていたが、止むを得ない。実際、夜間の走行は危険であった。風はもうおさまっていたが、40分近く走り、天竜川を渡る1km近い橋を渡るときは怖かった。その橋を渡ると、そこはもう浜松市だ。地元の人に銭湯の場所を聞いて、ようやく「末広浴場」に到着。格別に気持ちの良いお湯だった。

 ひょんなことから、そこの番台のおばさんと仲良くなり、何と脱衣所に一晩泊めてくれることになった。しかし布団は出してもらうは、お茶やお芋まで出して頂いて、本当にお世話になりました。京都土産を送るつもりです。結局床についたのは、このノートを書き終わった午後11時半過ぎだった。明日はいよいよ名古屋だ!!!

本日の走行距離 約110km



3月12日(火)

 今朝も6時に起床。おかげさまでぐっすり眠ることが出来た。礼状を書いて、朝食をとった後、7時20分出発。程なく1号線にはいるが、今日は昨日にもまして風が強い。強烈な西風だ。10〜20分走ったところで歩き始める。177番を聞くと、何と静岡県西部には「強風波浪警報」が出されていた。1時間半ほど歩いたところで、緩やかな上り坂が続いていた道がやっと平坦になったため、再び走り始める。9時半過ぎ、ようやく浜名湖弁天島に到着。海浜公園でくつろいでいると、気さくなおじさんが話しかけてくれた。聞くと、この浜名湖あたりに吹く風は「遠州のからっ風」といって有名だそうだ。もっとも、今日の風は特に強いそうだが。しばらく休んで、10時過ぎ、再び走り始める。途中でハーブ茶を仕入れたりしながら、豊橋へ向かう。風は依然強い。超スローペースを保ちながら、ひざの痛みと闘いつつ、豊橋市内に着いたのは2時半頃になってしまった。大幅な遅れである。今日は夜に勝負をかけるつもりで、スローペースで体力を温存する。

 くるまやラーメンでねぎ味噌ラーメンを食べ、店のおじさんの「岡崎までは平坦な道だよ。」の声に後押しされて1号を直走る。しかし、道は途中から永遠と続く緩やかな登り坂へと変わっていった。風が強いと少しの登り坂でも辛い。結局また歩き始める。「おじさんの嘘つき!」

 どれくらい歩いたろうか。おそらく1時間以上は歩いていたであろう。ようやく峠の頂点にたどり着き、久しぶりに自転車にまたがる。しかし、下り坂が続いているのにスピードが・・・出ない。なんとか、ようやく、とうとう、岡崎市に入る。市の中心部に入ったのは6時頃だった。岡崎から名古屋までは30kmはある。日は既に落ち、あたりは夕闇に包まれている。しかし、ここまで来たら行くしかない!意志は固い。気合いを入れる。今日溜めておいた元気をここで一気に爆発させようと、自転車に乗り込む。

 夜の走行は危険だ。自転車で走るときはたいてい車道の左端、路側帯を走るが、路側帯は狭いところが多く、すぐ右横をトラックがけたたましく駆け抜けていく。自動車の側からして見れば、俺みたいな存在は危険でしょうがないであろう。それは充分分かっている。だけど今日は名古屋まで行ってやる!この旅一番の気合いをいれる。風はいくぶん収まり、走行に支障はなくなった。今日初めてスピードが出た!集中して、緊張して走らなければならないため、こまめに休憩を入れながら、少しずつ名古屋に近づく。

 岡崎から走ること約2時間、時間は午後8時少し前、とうとう「ここから名古屋市」の標識が・・・。「やったー。」思わずガッツポーズを何度も何度も・・・。今日のこれまでの苦労のおかげで、熱い感動が込み上げてきた。

 今日の宿は、中京競馬場近くのオールナイト営業の健康ランドである。実は昼過ぎにも豊橋市内で似たようなところに入って、ゆっくりお湯につかり疲れを癒していた。お風呂はいいね〜。日本人だよ、やっぱ俺は。さっそくチェクインし、風呂場へ。体を洗い、薬湯につかり、すっかりのぼせたところで風呂場を出る。そのあとゲームコーナーへ行ったが、そこで麻雀ゲームにはまってしまい、夜中の1時半頃までそこにいてしまった。眠い目をこすりつつ、2時少し前に休憩室にて就寝した。

本日の走行距離 約95km



3月13日(水)

 今朝の起床は7時半。昨夜麻雀にハマッテしまったせいで、起きるのも遅くなってしまった。朝風呂に入ろうかとも思っていたが、時間が無いので早々にチェクアウトする。風呂に入れて1晩寝れてそれで2800円。まあ安いものだ。

 いつも通りコンビニで朝食をとり、自転車にまたがる。風はあまり気にならないが、膝の痛みは相変わらずだ。そういえば階段の昇り下りも辛かった。名古屋の中心部を快調に抜け、一宮へ向かう。1号線とはもうおさらばだ。今日のルートは、岐阜市内経由で大垣から米原へ抜ける予定であった。しかし一宮で休憩している時に、突如地図上に近道を発見。岐阜市入りを諦め、大垣への近道ルートへと向かう。

 風は追い風へと変わっていたので、走りは順調どころかそれ以上だ。こういう走りをしているときは膝への負担もかからず、痛みも感じない。午後1時前、大垣に入る。うどんやで昼食をとるが、そこで食べた味噌煮込みうどんの味は、さぬき民芸の方がずっとおいしかった。

 2時半前に、関ヶ原の峠にさしかかる。今日はここがヤマだ。地図で見るとかなりきつそうな坂に見える。頑張らねば。

 登りにさしかかる前、2人組みのチャリダーに出会った。千葉から来て、何でも四国まで行くのだそうだ。兄弟らしい。何と弟のほうはママチャリ!健闘を誓って別れる。

 関ヶ原駅まで緩やかな登りが続いた。追い風にも助けられて難無く登り切れた。「何だ、この峠たいしたことないやん。」と思っていると、ところがどっこい、その先には辛い登り坂が容赦なく待ち構えていた!気合い一発、歯を食いしばって登り切ったが、すぐに息絶え、しばし休憩。上半身裸になって汗を拭き、水を飲む。10分後出発。途中『京都 88km』の標識を見て、なぜか大笑いしてしまった。『京都』が標識に出てきたのは初めてだったからだ。いよいよ京都にタイヤが届く範囲になってきた、と実感する。

 4時過ぎ、順調過ぎる程のペースで米原にはいる。これだと楽に彦根に入れそうだ。今日は彦根で寝ることに決める。5時、彦根駅着。

 時間がだいぶあるので、観光することにした。思えばこの旅、ゆっくり「観光」など全くしたことがなかった。彦根城を眺め、琵琶湖を望む。たぶん、俺の人生で琵琶湖を見るのは初めてだろう。ちょうど夕陽がきれいな時だった。その美しさの素晴しいこと!感動した俺は、とうとう使い捨てカメラを買ってしまった。「思い出は心の中だけに残す」のが主義なので、カメラは持ってきていなかったのだ。夕陽と湖をバックに、愛車の勇姿をフィルムに収める。湖畔のきれいな公園を今日のお宿に決めて、市内に戻り銭湯でゆっくりする。♪いいゆ〜だなぁ〜っははは〜

 駅でこの日記を書いたのち例の公園に戻るが、懐中電灯の明りが付かない。とうとうぶっ壊れてしまったか。自転車のライトを頼りに、暗闇の中寝袋を敷き、すぐに潜り込む。毛布のおかげで暖かく、よく眠ることができた。明日はとうとう京都入りだ。

本日の走行距離 約90km



3月14日(木)

 朝、波の音で目が覚める。結局、誰に襲われる事もなかった。野宿は治安が良く無いとできない。ふと気がつくと、散歩をしているおじさんたちが俺のほうを変な顔で見つめながら通りすぎていた。足早に琵琶湖を後にする。朝食後、午前8時出発。今日は気楽に走る。風はやや向かい風だが、気にする程度ではない。午前中の早いうちはさすがに寒く、膝の痛みも増す。だらだら走って、12時過ぎに大津駅前に着く。コンビニ弁当を食べ、ちょっと休憩しようとゲーセンに入る。経つこと1時間。また麻雀にはまった俺は、焦ってゲーセンから出た。「2時半には着く」と山口には電話してあったから、あと1時間しかない。急いで出発する。

 距離的にはもうそれ程でもないが、山越えがある。最後の難関だ。京都はもうすぐそこだ!と思ったら、10分ほど走ったところでもう京都府に入ってしまった。記念写真を撮ったが、何か気が抜けた感じがしていま一つ喜びが湧いてこない。登り坂も大してきつくなく、あっという間に京都の繁華街へ出た。途中で手土産を買い、山口の家に着いたのは午後3時半頃になってしまった。

本日の走行距離 約70km



終わりに・・・・・

 今回、僕がこの旅に出た訳は、級友と4人で自転車で横浜に行ったときに、何とも言えない爽快感を味わってしまったことにある。その時の思いがあるからこそ、自転車で旅行したいという、ある種の思いつきを実行に移したのであった。京都までの道のりは決して平坦なものではなく、苦難の連続であったが、それを一人で乗り越え、目的を果たし得たことは僕にとって大きな意義のあるものとなった。八王子から京都までの約500kmは、その数字以上に、僕の人生の中で大きな部分を占めるに違いない。若者よ、冒険者たれ。少年よ、大志を抱け。今を生きよ。今しか出来ない事があるのだから。

 最後に、自転車の解体の仕方など、この旅にアドバイスをしてくれた○○若登、嫌な顔一つせず家に泊めてくれた京都の○○浩平、暖かな声援を送って励まして下さったさぬき民芸の皆様、他この旅でお世話になった全ての皆様方にお礼を言って、このレポートを終わらせたいと思う。本当に、みんなありがとうございました。



付録

 次の文章は、さぬき民芸の文豪・○○利光氏が、僕の旅行先からの毎日のTELを参考に(あくまで参考に)して作成してくれた文章です。余すところ無く集録しましたので、ごゆっくりお楽しみください。



大志の自転車旅行
京都までの熱き道のり



3月10日(日)

 八王子に背中で別れを告げ、走り続けること100km、沼津の先の富士市に着いた。まだ身体は元気だが1日目なのでこの位にしておこう。今日は神社に泊まることにした。夜更けの神社はミステリアスだぜ。凍死しないでね



3月11日(月)

 浜松に着きました。2日間で200kmも走っているのにまだまだ声が元気だ。本当に京都に向かっているのだろうか?と思わせるほどに。2日ぶりに風呂に入ることが出来た。近くに銭湯があったからだ。そこの番台のおばさんに見初められ、1晩泊めて頂くことが出来ました。お湯はとても気持ち良かった訳で、屋根のある所に寝れるわけで、静岡の人の心はあたたかです・・・母さん。



3月12日(火)

 「少年よ大志を抱け」クラーク博士も言っておりました。私、大志は野望を胸に今、京都に向かっております。強風注意報が発令され、向かい風に幾度となく飛ばされながらも名古屋に着くことが出来たのです。今日はここにある健康ランド(2800円)に泊まります。周りには浴衣姿の婆さんがたむろっています。

 札幌はまだ雪ですか?名古屋の寒さも厳しいです・・・父さん。



3月13日(水)

 名古屋はミャーミャーとうるさかったが、ここはとても静かです。そう、静寂の町彦根に着きました。毎日100kmも走るとさすがに疲れます。本日は湖のほとりで寝ることにします。月の明りが湖面を照らし、コバルトブルーの光を醸し出している。今、私は自然を独り占めしている。明日の朝、小鳥のさえずりとまばゆい朝日が私を目覚めさせてくれるだろう。そして少し早めのモーニングコーヒーを飲み、小鳥たちにこう甘くささやく。

 「また逢えるかな?」・・・



3月14日(木)

 ついに京都に到着した。長い道のりだった。ちょっとしたシェイクダウンのつもりで京都の街を流してみる。この日が来ることを信じて、昨日も、その前の日もペダルをふみ続けた。宇治茶をすすりながら今までのことを回想してみた。充実した5日間だった。



 これを読んだ若者たち、オレに続け!今しか出来ない事があるのだから。

 オレを目指せ! オレをうやまえ! オレにあこがれろ!

 オレにホレろ! オレに抱かれろ! そしてオレを越えろ!

 そんなオレに魅せられた諸君(特に女子)。君たちの心のメッセージをオレのロッカーに入れておいてくれ。写真同封なら返事確実です。それじゃあこの辺で・・・アディオス!

 作・真実の報道Mr.T




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