はじめまして、殺人鬼です。
え、唐突ですか?
すみません、でもこれ、しょうがないんです。
普通自己紹介のときって、まずは名前、次に職業を言うもんじゃないですか。
この法則からいくと、私の場合は一行目みたいになっちゃうんです。
だって私は名無しの殺人鬼ですから。
職業が殺人鬼なんて不思議ですか?
でもそういう人、意外と多いですよ。だってそれじゃなきゃ、世の中にこれだけサスペンスとかホラーが蔓延するわけないじゃないですか。
殺人鬼は今人手不足なんです。でもなかなかなり手がいないみたいですけどね。
ま、それもしょうがないですよ。殺人鬼は一部のメジャーを除いて、かなり劣悪な就労条件ですから。
一部のメジャーってのは、有名なところで言えば、ジェイ○ンとかフレ○ィとかシザー○ンとかです。本名が出ちゃうとまずいんで伏字にしてあります。念のため。
彼らはギャラいいですよ。あ、言い忘れてましたけど、私は彼らとは古い付き合いなんです。私、殺人鬼としては結構古株のほうでして、一般社会ではマイナーですけど、業界の中では名無しの殺人鬼としては結構名前が通ってたりするんです。
文に凄い矛盾があるぞ、ですか? まあいいじゃないですか。
それでですね、ちょっとイメージ崩しちゃうかもしれませんけど、この前みんなで久しぶりに会ったんですよ。
場所ですか?
赤提灯の下がってる居酒屋のカウンターです。店の名前は言えませんけどね。新宿の歌舞伎町にあるんです。
ごめんなさいね、イメージ崩れちゃったでしょ。でもね、ついでだから言わせてもらえば、ジェイ○ンは焼き魚が大好きなんです。あの白いマスクの間から上手に食べるんですよ。中でもぶりの照り焼きには目がなくて、それさえあればほかのつまみはいらないってぐらい好物らしいです。
ちなみにフレ○ィはしめさばが好物です。あの鉤爪でちょこちょこって引っ掛けてね、それは器用に口に運ぶんですよ。ま、さすがに最初はあの顔でそれをやられると不気味でしたが、そのうち慣れました。よく見ると結構可愛いんですよ、しぐさが。
あと、シザー○ンは揚げ豆腐が、私は鳥のモツ煮がそれぞれ好物です。別にどうでもいいことですが。
みんな殺人鬼なんて職業をやってますけど、ほんとは素朴ないい奴ばかりなんです。ほんとですよ。
話が脱線しましたね。
とにかく久しぶりに彼らと会って話したとき、みんな意見が一致したんです。
『最近は殺人鬼の扱いがなっちゃいない』って。
あ、痛い。ううう、腰が……。
心配してくれるんですか? ありがとうございます。
いやね、私、今ロッカーの中にいるんです。とある病院の掃除用具がしまってあるロッカーです。ここが狭いの狭くないの。いや、はっきり狭いんですけどね。もうかれこれ五時間近くこんな狭いところに潜んでるんで、身体中の節々が痛くなっちゃって。
片足は清掃用のバケツに入ってるし、狭い中こんな大きなチェーンソーなんか持ってるもんだから、身体に当たってチクチクするし、頭にはモップの柄がグリグリあたるし。
あ、痛い。ううう、腰が今グキッって。
ハァ……。
そう、つまりそういうことです。なにが不満かって、殺人鬼のこういう扱いが不満なんです。
ホラーとかでよくあるじゃないですか、こういうシーン。
静かな室内。
標的の人物がキョロキョロしながら暗闇の中を進む。
そして、ロッカーに手をかけて開けると――。
バァン!
大きな音と共に私たち殺人鬼が登場するっていう寸法です。
皆さん、あのシーンのために私たち殺人鬼がどれだけの労力を払ってるか知ってます?
くるかどうかもわからない標的を、狭くて居心地の悪いロッカーの中でずっと待ってるんです。足ガタガタ、身体チクチク、頭グリグリの状態を五時間も我慢して待ってるんです。それがどれだけの苦痛か、あなたわかります? わかってくれます? いや、あんたはわかってない。わかってねえよ、ちくしょう。
――ハアハアハア……すみません、思わず興奮してしまって……読者の方に向かって乱暴な言葉を……。
でもね、サスペンスとかホラーって、殺人鬼のナンセンスな登場シーンが多すぎると思いませんか?
突然主人公の真後ろに立っているだとか、突然人気のない寂しいところで主人公に襲いかかるだとか。
ああいったシーンの裏には物凄い矛盾がひそんでいると思いませんか?
なるほど、所詮お話だから別に構わない、ですか。
まあそりゃ、みなさんはいいですよ。できあがったお話を、ただ漫然と空調設備の聞いた場所で眺めてりゃいいんですから。ですけどね、ああいったシーンの裏には、私たち殺人鬼の涙ぐましいまでの努力が隠されているんですよ。知ってました?
例えば、突然主人公の真後ろに現れるシーン。
あれね、主人公が部屋に入ってきたとしますよね。そうすると、私たち殺人鬼はとりあえず隠れるんです。なんせ、突然真後ろに立ってなきゃいけませんからね。大変ですよ。
主人公がいろいろと動き回るたびに、見つからないようにこそこそ隠れまわって、ひたすら主人公がぼんやりとする瞬間をうかがうんです。
でもね、明らかに雰囲気が異様でいかにも危険そうなところで、油断してぼんやりしてくれるのんびりとした人なんて、今日びそういてくれるもんじゃありません。たいていの場合はうまく後ろに回り込めずに、そのまま主人公がその場を立ち去ってしまうんです。
それまでベッドの下だとか、クローゼットの中だとか、カーテンの裏だとか、もうとにかくいろんなところをこそこそ動き回ってた私たち殺人鬼の虚しさと言ったら……。
その上責任者の人は「最近の殺人鬼は腕が悪い。私が若い頃の殺人鬼たちはそりゃもう見事な動きを見せてくれたもんだ」ですよ。
そりゃね、昔はのどかで人が人を疑うなんてことがなかったから、こんなシーンも成立しやすかったかもしれませんよ。でもね、今は現代ですよ? 世紀末ですよ? 中学生がナイフで人を刺しまくって、同級生から何百万何千万って大金を脅し取る時代ですよ? そんな時代にそんなのどかな人がいると思いますか? 道ゆく小学生にだって油断しないようなこの時代に、そんな殺人鬼に都合のいいご都合主義的にのどかな人がいると思いますか? ねえ、いると思いますか?
いるわけないじゃないですか。これはもう脚本に無理があるとしか思えませんよ。それなのに、それなのに、あの野郎……ぎりぎり……。なあ、おめえの脚本に無理があるって考えたことないのか? なあ、ないのか? 少し冷静になって考えてみろよ、おい。ちくしょうめ。殺人鬼を甘く見るんじゃねえぞ。
――ってハッ。
す、すみません、また取り乱してしまって……。
でもあと一言、あと一言だけこれについて言わせてください。いつも思うんですよ。そんなしちめんどうくさいことをする必要はまったくないって。
部屋の中で銃を手元に置いて待ってればいいんです。それで主人公が部屋の中に入ってきたら、真正面から問答無用で乱射する。サイレンサーをつけてればなお結構。これでOK。確実です。
でもね、これってダメらしいんです。ある人に言わせると「美学がない」ってことらしいんですけど。もっと美しい殺し方が望ましいらしいんです。
でも殺人に美学ってなんですか? そんなもんあると思います? ないですよね? そうだよ、美学ってなんだよ、美学って。殺人に美学もけったくそもないっぺ。な、あんたもそう思うっぺ? そうだっぺ?
――ハッ、ま、また。
いけないいけない。おちつけーおちつけー。
…………ふう。
どうもこの話になると興奮してしまっていけません。
さて、話のつづきですが……。
「ねえスティーブ、あたし怖いわ」
――ハッ。
しっ、ちょっと静かにしてください。
「大丈夫さ、ジェニファー。なにが出てきてもオレが守ってやるよ、ベイビー」
…………。
遂に……。
遂に、遂に……。
遂に遂に遂に遂に遂に!
遂に標的が来た!
長かった。
五時間はあまりに長かった。
足ガタガタ、身体チクチク、頭グリグリの状態を五時間!
でも私は耐えた!
やるぞ、やってやるぞ。
この苦悩とストレスと虚しさと心の虚無をすべてあいつらにぶつけてやる!
じっちゃんの名にかけて……じゃないや。
名無しの殺人鬼の名にかけて!
「でも、いかにもなんかが出てきそう」
ギク。
「大丈夫だって。ジェニファーは臆病だなあ」
「まあひどい。スティーブったら」
「ハハハ」
「ウフフ」
ホッ。
どうやら大丈夫のようです。
よ〜し、こっちに来い。近づいてこい。
「あ、スティーブ、あれ見て」
「ん、どれ?」
「あれ、あのロッカー」
ギクギク。
「ああ、あれか。あれがどうしたのさ、ベイビー」
「これがホラーだったら、あのロッカーからなんか出てくるところよね」
ギクギクギク。
「ハハハ、これが純粋なホラーだったらな。でもこれは純粋なホラーとは違うから大丈夫さ」
「それもそうね」
え、純粋なホラーじゃない? なにを言ってるんだか。これは純然たるホラーの世界ですよ。その証拠に私という殺人鬼がちゃんといるじゃないですか。まったく、最近の若い奴らは自分が所属している世界もちゃんと把握してなくて困ります。
最近はジャンルが細分化してるから、彼らにも同情の余地はありますけどね。
まあいいです。相手はすっかり油断してます。ロッカーにも近いです。
チャンス!
バァン!
私はロッカーを飛び出しました。
目の前には金髪のオニーチャンとブロンドのオネーチャンが立っています。
チェーンソー、スイッチオン!
ウィ〜ンウィ〜ンウィ〜ン!
心地よい振動が私の身体に伝わってきます。
さあ怖がりなさい、命乞いしなさい、泣いてわめきなさい。
許してなんかやんないですけどね。
ところが意外なことに、彼らは私の姿を見て突然笑い出しました。
「ぶわっひゃひゃひゃひゃ」
「うわっひひひひ」
なんです? なにがおかしいっていうんです?
私はあまりといえばあまりな二人の反応に茫然としました。
確かに私は今回、自分の姿をまだ見てませんよ。メイクさんにメイクしてもらって、衣装さんに衣装を着せてもらったんですけど、その間ずっと目隠しされてまして、気がつけばロッカーの中でした。なんかやたらとかさばる格好だなってちょと疑問に思ったりもしましたよ。でも、仮にもこれはホラーですよ。ホラーで殺人鬼を見てそんな笑っちゃまずいでしょう。わざとらしい驚きまでは求めませんけど、せめて黙って逃げ出すくらいはしないと。
「ぶわっはっはっはっはっ」
「うひひひひひ」
ですが二人はあいもかわらず笑い転げています。
チャンスといえばチャンスなんですが、それよりも私は自分が今どんな格好をしているのかが気になりました。
私はそっと窓のほうを見て……そして愕然としました。私の手からチェーンソーが床に落ち、ブブブブブという鈍い振動音を放ちはじめました。
窓に映っていた私の姿。
白塗りの顔。
落ち武者のようなざんばら頭。
ショッキングピンクの羽織袴姿。
頭に締めたハチマキ。その上に踊る『SAMURAI KAMIKAZE FUJI SUSHI GEISYA』の文字。
な、なななななんだこれは。
ハッ、ま、まさか。
ア、アレなのか?
視聴者に強烈な刺激を与えることができればそれでOKという。
製作者が自己の欲求のままに作ればそれでOKという。
どんなに自己満足やひとりよがりに陥っても許されるという。
殺人鬼が強いショックを受けてしまうため、事情を伏せたまま作品世界に放り込んでしまうという。
あの、あの『スプラッターホラーコメディ』とかいう、ぶっちゃけた話なんでもありのアレなのか?
あああああ……。
ア、アレに出されるようになったらその殺人鬼はもう終わりだという……。
私は目の前でヒーヒーと笑い転げる二人を無視し、そろりと窓に向かいました。
この階は八階です。
私の頭に思い出が甦ります。
何作目かでニューヨークに出張することになったジェイ○ン。私が「おめでとう。これで君もアメリカメジャーデビューだな」と言うと、彼は「これも仕事だからな」と寂しげに笑っていました。あのときは彼のその寂しげな表情の意味がわかりませんでした。でも今わかった。
いつもいつもわけのわからない夢オチにされてしまっていたフレ○ィ。人気シリーズのラスト作に出演した後の彼の言葉。「あんなもんはホラーじゃねえ。まるっきりSFじゃねえか。古き良きホラーはどこにいっちまったんだ。まあ、そんなこといっても、今の世の中じゃ悪しき懐古主義なんて言われて即座に否定されちまうがな」
フライパンで頭を殴られようとも、崖から突き落とされようとも、最後まで殺人鬼をやり遂げたシザー○ン。「健康なのにずっとびっこをひいた真似をするのが大変でした。上の人が言うには、そのほうが雰囲気が出るらしいそうですけど」
私と同じ名無しの殺人鬼たち。最後に主人公と視聴者の憎悪と嫌悪の念を一身に受け止める名無しの殺人鬼たち。
そう、メジャーでもマイナーでも、私たち殺人鬼に大差はない。ただこの消費社会の中で視聴者に強い刺激を与えつづけ、飽きられたらいいように使いまわされる。犯罪者だから転職も許されない。
それが私たち殺人鬼の宿命。
そして私も今……。
後ろからあいかわらずの二人の笑い声が聞こえる。
私は窓を開け、最後の殺人を行った。(了)