いが醒めるまで



 オルバースの街は今日も薄明るい夜を迎えていた。
 道を行く人々の顔があちらこちらのネオンに瞬間照らし出されては消える。
 街の裏路地を行く二つの人影が、一軒の店の前で立ち止まる。
「結局ここに来るんだよね」
 と、若い青年の声。
「今日は、特別よ」
 応じるのはややハスキーな女声だった。
 立ち止まったその二人が顔を見合わせ、同時に扉から身を引く。少し遅れて若い男二人が転げだしてきた。共通して顔色が悪い。飲み過ぎ、というよりは酔いが醒めた、まさにそんな顔つきだった。
「……く、来るな」
 一人が店の中に向かって手をかざしている。もう一人は腰が抜けた状態で這って逃げようとしていた。
「どうぞまたいらして下さい。ただし、命は大切に」
 中から落ち着いた男の声がした。そしてその声は笑みを含んで続ける。
「いらっしゃいませ、H・H(ダブル・エイチ)、フローラ。とんだところをお見せしました」
 声をかけられた二人は顔を見合わせ、へたりこむ男達には目もくれず、中に入っていった。
 店内はカウンターに七席、四人程がかけられるテーブル三脚、それほど広いわけではない。
 週末ではないのだが今夜は割と込んでいる。
 テーブルは満席だった。一つはまだ飲みかけのグラスが二つ置いてある。先ほどの二人連れだろう。薄いブルーに短髪を染めた陽に焼けた青年が、手早くテーブルを片づけた。
「いらっしゃいませ、お二人とも」
 古くからの顔馴染みである青年は白い歯を見せて笑い、トレーを片手にさっさと店の奥に引っ込んだ。
 いつものようにカウンターには人影がない。この店「クリスト」では半ば暗黙の了解のようにカウンターは空いていることが多かった。
 この席に座るのは、店主を知らないか、或いは知っている者に限られるのだ。
 二人は慣れた様子でカウンターに腰掛けた。
「H・H(ダブル・エイチ)はいつものでいいのね?」
 確認するような声ではなく、確信を込めたフローラの問いだった。
 問われた背の高い青年、は軽く睨みつけ、舌打ちする。それは同意の合図だった。
 姉弟か、ともすれば恋人のように見えるこの若い二人が、実は大都市オルバースきっての傭兵だと見抜けるものはまずいない。
 カウンターに腰掛けた二人の前に、無言で主人は飲み物を置いた。中肉中背、年齢は見た目には四十程か、白髪交じりの髪を七三に分けている。満員になっても二十人は入れないだろう薄暗い店内。しかし時折見回す主人の灰色の瞳は、客一人一人の動き一つすら見逃していないのだった。
「あちっ」
 H・Hは口に運んだ飲み物を危うく落としかけた。
「ったく、猫舌ならばホットミルクなんて頼むもんじゃないわよ?」
 自らはブラッディ・マリーの赤い液体に口を付けながらフローラは笑った。笑みを浮かべた唇の方がよほど赤いくらいだ。
「仕方ないだろ。アルコールは嫌いだ。それにここのミルクは特別うまいんだよ。そんじょそこらで手に入るような……」
「はいはい、もう何度も聞いたわ、その話は」
 まだ湯気を立てる白い液体に恨めしそうな視線を投げるH・H。くすり、と笑いフローラは主人を見遣った。
「クリスト」
 艶っぽい声で呼びかけると、主人はグラスを磨く手を止めた。
「飲みに来ただけかと思っていました」
「情報がほしい」
 単刀直入に今度はH・Hが囁く。クリストの瞳孔が瞬間収縮したかのようだった。カウンターの二人は無論その様子に気づいた。三人から暫く会話が途絶えた。店内のざわめきが耳のいいH・Hにはやけに大きく聞こえた。
「注文、いいかい!」
 赤ら顔の大男が節くれ立った手を挙げる。
 先ほどの青年が奥へ通じる扉からさっと出てきて、愛想良くオーダーを受けると素早く引っ込んでいった。
「サミーは相変わらずね」
 フローラが青年の後ろ姿を見遣っていう。
「ええ、よく働いてくれています」
「どちらの『仕事』も、でしょうね?」
 その問いに対してはクリストは元の穏やかな表情で薄く笑っただけだった。
 ふぅ、とミルクに息を吹きかけ、やっとH・Hはカップに口を付けて、やや上目遣いでクリストの目を見る。
「僕ですら到達できないんだ」
 ふてくされていうH・Hに、
「H・H、〈ハッカーの中のハッカー〉のあなたが……ですか?」
 呆れたようにクリストは、にやりと笑う。
「だとすれば、この間の二人のことですね」
 カウンター越しの二人は黙って目を見合わせる。
「かなわないわ、クリスト。さすがは『鏡の目を持つ者』ね」
 クリストはフローラを制するように人差し指を口に当て、更に声を低めた。
「フローラ、わたしは一介のバーのマスターですよ。人を見るのも商売です。あなた方が客人を連れてくるのは珍しかった。どうしたのか? そう思うのが普通でしょう」
 クリストは二人にしか聞こえない特殊な低い声でいった。
「それで、どうなの? 彼等はこの都市『オルバース』の伝説そのものだわ。ビクトール長官にもダイレクトに繋がる。あたし達の比じゃない」
「そうともいえないでしょうが……」
 クリストは新たなグラスを磨きながら言いよどむ。
「伝説だというなら、あなた方もある意味『伝説』ですよ、フローラ」
 H・Hが素通しの眼鏡を外した。
「あなたもだ、クリスト。この街には情報屋と名乗るものは腐るほどいる。だが殆どは偽情報を本物と信じさせられている。最も嘘と本当の境目なんてオルバースでは怪しいモノだけどね」
「そうね」
 フローラが同意を示す。
「そして真の情報を掴みつつ、今まで生き延びている情報屋は、あたしの知っている限りただ一人」
 二人の視線をクリストはしっかりと受け止める。
「知らないことは知らない、わたしはそういいます」
「いえるのも『力』があるからよ。知らないなんて、普通の情報屋が口にしてご覧なさい。失うものは小さくないわ。大きければ命そのものよ」
 やれやれ、といったようにクリストは肩をすくめる。
「オルバースは二人の人間の思惑が複雑に絡み合った都市です」
 唐突に話し始めたクリストの言葉に、二人は驚きもせず耳を傾ける。
「一人は現市長であるビクトール。もう一人はこの都市そのものの機能全てを司るコンピュータシステム『フリオス』の研究開発者、三神真悟。蛇足になるでしょうが、フリオスはいまやオルバースだけではなく他都市でも重要なシステムになっています」
 H・Hが軽く人差し指の爪を噛んだ。先日の「闘争」を思い出したのだ。コンピュータのプログラムで全く歯の立たない部分があったなど、ハッカーとして一流の傭兵でその名を知られるH・Hには初めての、そして屈辱といってもいい経験だった。
「マエストロ・ミカミ。そう桐(きり)はいっていた。桐は自分が三神の標的にされていると知っている。桐は多分……」
「H・H。桐は、桐よ」
 フローラが珍しく語気を強くする。
「桐が誰であろうと、あたしは信じたい」
「でもフローラ、あなただって知りたいはずだ。桐の正体、それにヴィスタ」
「『オリジナル』ですね」
 静かにクリストがいう。H・Hは軽く息を呑む。
「……その名は、僕らですら殆ど聞かない。やはりあなたは」
「わたしの名はクリスト、H・H、ただのバーテンダーですよ」
 言い返そうとするH・Hの言葉を遮るように素早くクリストはいう。
「『オリジナル』というのは、全くのオリジナル、という意味です。この世界で、つまり今やオルバースだけではなく世界をも動かしている『フリオス』の加護を受けずに生きられるもの」
「そんな、不可能だわ。しかも傭兵で、などとは」
 フローラがグラスを置く。殆ど溶けて形を無くしている氷が微かな音を立てた。
「フローラ、いるのですよ、その存在が『オリジナル』ヴィスタ。伝説の傭兵といわれるゆえんなのです。おそらく桐ですら何らかの影響を『フリオス』から受けている、いや、もしかしたら桐こそがフリオスを……」
 そこまでいってクリストは黙りこくった。身を乗り出しかけたH・Hをフローラが制す。
「フローラ、何を……」
 フローラの視線がH・Hの向こうを射た。
 七人がけのカウンターの最も扉に近い右端に男が座ったのだ。薄暗い店内で、短い鍔のある帽子を目深にかぶり、表情は全く伺い知れない。
「キールを」
 聞こえるか聞こえないかの声。クリストは黙って薄赤い飲み物を差し出した。
 男は自然に銃を胸元から取り出すと、目の前のワイングラスを撃ちぬいた。銃声はしない。弾丸はあやまたずクリストの左胸に吸い込まれていった。
「クリスト!」
 H・Hが叫ぶ。普段からこの店で起こる様々な出来事を目にし、それでもそつなく仕事をこなすサミーが、髪の色と同じくらい蒼白になり裏口へ通じる扉から飛び出してきた。
 店内はサミーの取り乱した様子と、カウンターの異様な空気に一気に騒然とした。それまで談笑していた客が我先にと出口へ殺到した。
 時間にして数十秒だろう。後にはカウンター席の三人とサミー、そして胸に手を当て、信じられない、という表情で立ちつくすクリストだけが残された。
 店を飛び出した誰かが市警に知らせたのだろうか。遠くでサイレンが鳴った。しかしこちらへ向かう様子はなく、逆に遠ざかっていく。
 ここオルバースでは、とりわけこの店「クリスト」があるような裏通りでは良くあることなのだ。人が、一人消えていくことなど。死も生も隣り合わせでありながら、死は生きている人間にとっては最も遠い存在なのだ、とりわけ他人のそれは。
 立ちつくしていたクリストは胸を押さえる。押さえた部分から赤い染みが広がっていく。
「マスター!」
「来なくていい」
 駆け寄ろうとしたサミーをクリストは苦しげな表情で厳しく止めた。そして視線を帽子の男に移した。
「……あなたが、三神真悟。初めてお目にかかります」
 ぴたっとした黒いパンツに包まれた長い足を組み、腰掛けたままのフローラのその手には既に銃が握られている。照準は男の眉間にぴたりと合わせられ、H・Hは立ち上がった姿勢のまま動かない。自分の立ち位置も含めてフローラの狙いは計算されているはずだからだ。
「……三神真悟、いえ、マエストロとお呼びした方が良くて?」
「どちらでも、お嬢さん」
 あからさまな揶揄がその口調には込められていた。きりっ、とフローラが唇を噛みしめる。油断ならない相手だ。こうして銃を向けているのに、自分が有利には決して思えない。
「止してください、うちの店でのトラブルは困ります」
 苦しそうなクリストに、しかしH・Hもサミー同様に近寄れない。三神は今度は彼の横っ腹に銃口を向けている。
「今はあなたが不利です、三神」
「ほう、どうして」
 フローラに銃を向けられても動じない三神が、このとき初めてクリストに疑惑の目を向けた。
「この二人の傭兵を一度に相手にするからか?」
 小馬鹿にしたように三神がいう。それに対してクリストは首を振った。
「ここがわたしの店『クリスト』だからですよ、あなたは黙ってここから立ち去るか、それとも永遠に消え去るかです」
「生憎と、他人に自分の意志を決められるのは嫌いなんだ」
 顔にうっすらと浮かべた、悪魔的な笑み。
「ならば仕方がない。フローラ、銃をしまいなさい」
「どうして!?」
 叫んだのはH・Hの方だった。クリストの静かな要求にフローラは黙って応じる。相手がまだ銃を握っているのに、ハンターであるフローラが銃をひくなどとは。
 さすがに三神の表情も硬いものになった。
「貴様、本当にただの情報屋なのか」
「マエストロ、あなたを、いや、あなたが良く知る者がやってきます。選択を。ここはあなたのせいでより強く『フリオス』の影響下に入っている。わたしの知っているフリオスに関する噂が本当であるなら、あなたは指先一つでフリオスの全機能を動かせる。フリオスは接続しているあらゆるネットワークを通じて、特殊な仮想場を創り出せるのでしょう?」
 三神は面白そうにクリストの言葉を聞いている。構わずクリストは頭上に薄ぼんやりと光を放つ証明を見上げた。
 その明かり一つといえど、都市の電気系統を司るフリオスの制御を受けているのだ。
「よって今この店は三神、あなたの思うとおりの場になっているはず。あなたに弾丸は当たらず、あなたの狙いは命中する。フローラが先刻引き金を引いていたら、命を落としたのはフローラ、もしくは近くにいたH・Hだったでしょう。しかしまもなくこの場は通常場に戻る。戻す者がやってきます」
「桐か、なぜそんな情報をわたしに伝える?」
「わたしは店と、この友人たちを護りたいだけ。小市民のささやかな願いだと存じますが――」
 三神は銃をしまい、立ち上がった。サミーがさり気なく扉へ移動した。
「全て把握していたわけか。その傷も、ダミーだな」
「あなたの得意技でしょう、ホロ映像は」
 苦しそうだったクリストは何事もなかったように微笑んだ。
「さあ、どうしますか」
 三神の決断は次の行動に迷う傭兵二人よりも早かった。
「飲み物とグラス、そして情報料だ」
 紙幣が束で置かれた。
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
 クリストが頭を下げる。サミーが扉を開ける音がし、そして閉められた。
 ふう、とフローラとH・Hは息を吐いた。サミーの顔はまだ幾分青ざめてはいたが、クリストが無事な様子を確認すると、普段通りカウンターを片づけ始める。
「ミルクを温めなおしましょう、H・H」
 何事もなかったようにクリストはH・Hのカップを取り上げた。
「……、おい、ホロ映像だったんじゃないのか? どうしてカップを持てるんだ?」
「誰が、ホロだといったのですか? 彼が勝手にそう思いこんだだけです」
 落ち着き払ったクリストはいつもの穏やかな微笑を浮かべていた。
「傷は?!」
 白いシャツには、一点の染みもなかった。
「いらっしゃいましたね」
 その言葉と同時に『クリスト』の扉が開いた。
「お、久しぶり」
 カウンターの二人の姿をめざとく見つけ、声をかけたのはヴィスタだった。
「ヴィスタ? 一人でどうしたの?」
 フローラが先ほどと変わりのない姿勢のまま首だけをヴィスタに向けている。
「一人じゃないぜ。何だよ、二人とも。顔つきが恐ろしいぜ。どうかしたのか?」
「マエストロが来ていましたね」
 ヴィスタの後ろから、黒衣に身を包んだもう一人が呟いた。
「桐!」
 どうして、と言う言葉を二人は飲み込んだ。どちらが? という疑問が先に立った。
 クリストの言葉が本当ならば、どちらかがフリオスの影響を弱めたはずだ。まだクリストには聞きたいことが山ほどあったのに、当の本人達が顔を出したのではそれはできなかった。
「三神真悟が来ていたというのか」
 ヴィスタの表情も険しいものになった。
「あんた方、目を付けられたな、この間の件で」
「違いますよ、ヴィスタ、桐」
 話しかけたのはマスターであるクリストその人だった。
「私達の名を?」
 桐の持つ銀色の瞳がサングラスの向こうで光ったようだった。
「クリスト、まさか」
 H・Hの驚きの表情。それを笑顔で受け、カウンターに腰掛けたヴィスタと桐に、クリストは和やかにいった。
「お噂は聞いています。ご挨拶は初めてですね。わたしはクリストと申します」
「クリスト、聞いたことがあります。情報を扱えばその真偽を的確に見分けるという『鏡の目を持つ者』。あなたのことですね」
 桐がいつものように静かにいう。
 クリストは一礼した。
 ヴィスタは驚いた表情も隠さず、子供のように瞳を大きく見開いて、好奇心のこもった目でクリストを見た。
 驚いたのはフローラとH・Hも同じだった。クリストという男が、直接的にではないにせよ自ら素性を明らかにすることは、まず無かったからだ。
「……あんたが、そうだったのか。じゃ、狙われたのは」
 ヴィスタは桐の方を見ながらクリストに軽く親指を向けた。桐は相変わらずの無表情だが、カウンター越しにクリストを見つめると、珍しく厳しい口調でいった。
「三神を甘く見ない方がいい。彼はいかなる手段を使ってでも邪魔者は許さない」
「わたしはただの情報屋です。だからそれは知っています。ただ、降りかかった火の粉は自分の手で払います。甘くは見ません。現にあなた方が来なければ危なかった。感謝したいくらいですよ、神にね」
「へえ、あんたは信じているのか、神を。この『オルバース』の神はフリオスだぜ、ただのコンピュータシステムさ」
「あなたはなぜその神の加護を受けないのです、いや罰すらも、ですね、ヴィスタ?」
 ヴィスタは人懐こい笑みを口に浮かべる。右頬にある五センチほどの古い傷がその表情に凄味を加えていた。
「それは……」
 そして無言でカウンターに並ぶ酒を見つめている桐の方を見遣った。
「気に入らないから、だろうな。自分の命運を神であろうと、他人に決められるのは嫌いだ。自分の意志は自分で決める」
 その言葉を聞いて、フローラとH・Hは思わず顔を見合わせた。
 それでは先ほどの三神と同じだ。だが、人は誰でもそういう感情を持っているものなのかも知れない。ただ、口にしないだけで。
「桐、あなたもそうなのかしらね」
 フローラがふと漏らした言葉に、向き直った桐はサングラスを左手でかけ直して見せた。
「『鏡の目を持つ者』。情報料は高いと聞きます。飲み物は、どうですか?」
「何なりと、桐。あなたに支払えないものなど、無いと思いますが」
 何だ、この普通のやりとりは。
 ヴィスタと知り合ってからの桐は、以前より人間味が増した気がする、桐のこの言葉を聞いて、H・Hは気抜けしたように思った。
 これなら、別に情報なんていらないかもな、いつか、本人から事情が聞けるかもしれない。ヴィスタのことも、まあ、いいかな。何となく、彼は嫌いになれない。
 自分こそもしかしたら「好き嫌い」が激しいのかな、そう思うH・Hだった。
 H・Hは再び目の前に置かれた湯気が立つカップに目を遣った。また火傷しそうだ。
 だが「飲まないのか?」とヴィスタに問われると、何だか意地になって口を付けたい衝動に駆られる。ヴィスタには負けたくないような気になるのだ。
「飲むよ」
「やめときなさいって」
 まるで最初のやりとりだ。新たに二人が、いや、クリストが加わり、五人になったというのに、何も変わっていない。
 楽しいじゃないか、この世界も。
 アルコールを口にしているわけでもないのに、ほろ酔い気分のH・Hだった。もしかしたら、先ほどの三神との遭遇による緊張が切れた反動なのかも知れなかったが。
「あぢっ」
「もしかして、猫舌なのか? 子供みたいだな」
「大人とか、子供の問題じゃない」
「やめなさよ、二人とも」
 桐は四人の中で一番右端に座り、黙々とグラスを傾ける。桐が頼んだのは生(き)のレッドウィスキーだった。
 クリストはまたグラスを磨き始める。
 サミーがすべてのテーブルを磨き上げた頃、扉が開かれた。
 カウンターの四人は誰も振り向かない。
 新たな客がバー「クリスト」を訪れ始めたのだ。オルバースでの一夜を酒と料理で過ごすために。
「いらっしゃいませ」
 静かなクリストの声と、サミーのにこやかな笑顔が客を迎える。
 オルバースの夜。
 ネオンの輝きが消えるまで、後まだ数時間ある。

 了



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