古都バガン@(ミャンマー)


今をさかのぼること1千年以上前。ミャンマー(元ビルマ)の中央西部あたりに、パガン王朝という王国があった。当時のビルマは、以前は隆盛だったヒンズー教や大乗仏教が衰退し代わりに小乗仏教(上座部仏教)が広まりつつある時期だった。11世紀半ばの第42代目王アノヤターは、小乗仏教を信仰するタトォン王国を征服して小乗仏教と同時にあまたの先進文明を取り入れ、パガン王朝を隆盛に導いた人物であった。彼はバガンをビルマ最初の統一王朝としたことで知られる。彼の治世中にはパゴダという仏塔が多く築かれ、それは後のパガン王によって継承されることとなる。
しかし殷賑を極めたパガン王朝は、アノヤター王から200年ほど過ぎた後に突如として没落する。ナラティハバティ王の時代の1287年、フビライ・ハーン率いるモンゴル軍が侵攻してきたのである。
当時世界最強の名を欲しいままにしていたモンゴル軍の力は圧倒的であり、滅亡には至らなかったもののパガン国は壊滅的な打撃をこうむった。パゴダは破壊され、要塞が寺院に取って代わった。
モンゴル軍の支配は約11ヶ月で終わりその後は3代のパガン王が即位したものの、もはやパガンが往年の栄華を取り戻すことは二度となかったのである。。。

 

・・・ヤンゴンからバガンに向かった私達。ちょっと郊外に行くと舗装道路などないこの国、長距離バスの揺れのヒドさはもう大したもんでありました。慣れてるのか、乗客はみんな大人し〜く乗ってましたが。

バガンについてまず驚いたのが、「馬車だらけだ!」ということ。最初は観光用かと思ったんですが、そりゃ大違いだったのですね。ここバガンでは、馬車が日常的な交通手段として使われているのです。乗用車はむしろ少数派で、庶民の足は近距離なら自転車、中距離なら馬車、そして遠距離(他の街に行くような)なら長距離バス、というわけなのです。
現地の人の話を聞いて推測してみたんですが、その理由は主に2つなのでは、と。
ひとつには、現在のミャンマーでは車は高すぎてなかなか庶民の手に届かない、と言うこと。おまけにガソリンは配給性なので高い金を出して買う魅力が薄い、ということもあります。
もうひとつは、かつて英国の植民地だった頃に馬車が一般化してその伝統が一部の地域では未だに続いているのではないか、ということ。もっともこれは全くの想像なんですが。
面白いのが、フン害防止のためにすべてのお馬さんのお尻には袋が付けられていて、フンをしてもそこに落ちてたまるようになっているのですね。うまい工夫で、いわば馬のおむつというところでしょうか。

というわけで、さっそく馬車に乗ってぽっくらぽくぽくバガンの街を一通り見てまわり、ついでに安い宿も見つけてそこを拠点にしようということになったのであります。

しっかし、馬車は良いですね。馬車の後部に後ろ向きに座るんですが、「ぱっか、ぱっか、ぱっか、ぱっか」という馬の足音を聞きながら目の前を流れては去り行く風景を眺めていると、なんだか違う時代にタイムスリップしてしまったような不思議な感じがしますです。たまに背中から聞こえてくる馬のいななき、御者の声。あ、他の馬車とすれ違った。私達と同じように後ろ向きに座った現地のおぢさんが笑いながら手を振ってくれますが、それもすぐに遠くなる・・・。
ぱっか、ぱっか、ぱっか、ぱっか、つつましやかな町並みが流れ去り、ロンジー姿の女の子が流れ去り、学校帰りの子供達が流れ去り、大声で笑い合うおばあちゃん達が流れ去り、馬の手入れをする御者の兄ちゃんが流れ去り・・・「ああ、こんな生き方もあるんだな」と私はぼんやりと思いながら、普段はうるさいくらいにぎやかな相棒も妙に黙りこくったまま、ぱっか、ぱっか、ぱっか、ぱっかと、馬車は走るのです。

古都バガンについてはやや長くなりそうなので何回かに分けてお話したいと思います。短い滞在でしたが私はこの土地が大好きになりました。そして相棒にとっては、ある不思議な出来事のために、おそらく一生忘れられない土地になったことでしょう。

今回はひとまずここまで。
(2001.12/4)

 

 

 

 

 


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