ぽっくらぽくぽく馬車に乗って安ホテルについた私達。「安ホテル」と言っても外観はなかなか立派なものです。ホテルの従業員もフレンドリーな兄ちゃんばかり、悩みの種の食事もホテルで食べる限りは洋食なので口に合う。すっかり気に入ってしまいました。
バガンには2つあります。古のバガン王朝の遺跡の近くに位置する「オールド・バガン」と、そこからやや離れたもっと大きな「ニュー・バガン」と。私達が訪れたのは小さな街、オールド・バガンのほうでした。
初日はこの街をぶらぶら散策。そこたら中にいる馬車やお馬さんを眺めたり、店をひやかしたり、小さな小さな小学校(?)を覗いたり。一部屋しかない暗い教室の中で、女の先生が英語を教えておりました。くりんくりんの瞳をした元気一杯の子供達が、元気一杯に勉強しておりました。なんてこたない平凡な光景、でもなぜか胸がじ〜んとくるような光景でありました。
ホテルから歩いて行ける近さに大きな河がありまして、東南アジアの河の例に漏れず例の赤茶色の水なんですが、そこの船着場に船が来る。河川での交通や物資の運搬がけっこう重要なようで、人々がうわっと群がって大騒ぎになる。ど〜考えても何の関係も無い子供や老人まで集まって、まるでなにかのイベントのようでした。
黙々と荷物を運搬する船員、なにやら熱心に商談している商売人、抱き合って再会を喜び合う家族・・・船を指差して議論している明らかに無関係なおぢさん達、河に豪快に飛び込んで体や頭を洗う子供達、「船になぞなんの興味も無いよほほん」みたいな顔をしてそっぽ向いてたばこ吹かしている老人(じゃあなんでここに来たのだ?)、まぁ色々であります。
街を歩いていると、二人ともロンジーで変装(?)しているのにも関わらず一発で外国人だとばれちゃうようで、興味津々といった感じで人々が眺めます。排他的な目や奇異の目ではなく、なんつーか「珍しいお客さんを迎えるような」感じ。興味があって話しかけたいんだけどシャイなもんだから話しかけられない、そんな感じなのですね。まぁ観光地だから観光客は大事にされるという面もあるんでしょうが、どうも私にはこの国の人々の気質のような気がします。
あと、「異国に対する憧れ」をびしばし感じました。外国旅行など夢のまた夢(経済的にも政治的にも)というこの国の現在の状況のためなのでしょう。
子供達は皆積極的で、こちらが外国人だと見るやちょこまか近寄ってきて習いたての英語で「はろー、ほわっつゆあねーむ?ほえあどぅゆかむふろむ?」などと話しかけてくれます。も〜、可愛いことったら!(^
^) 子供達が乗ったバスとすれ違う時、皆好奇心一杯の目で私達を見るんですが、手を振ると皆思いっきり元気にぶんぶん手を振って笑顔を返してくれるのです。やー、可愛いなぁ。(^O^)
これは私の考えなんですが、その国の精神的な健全度は子供達の顔に端的に現れるのだと思っています。好奇心一杯で元気一杯、くりんくりんの瞳と心の中に太陽を持っているような輝く明るさを持ったこの国の子供達を見る限り、問題は色々抱えていても、この国の社会の未来は明るいとつくづく思うのです。
日本に帰ってきた時に一番に感じたのが「子供達の暗さと表情の乏しさ」でありました。もちろん大人がそうだから、なのでしょうが。。。
ケータイ、パソコン、テレビに車、コンビニ、ゲーム、ビデオにCD、DVD・・・モノで溢れかえった便利の国、日本。不況のなんのといっても、街を歩けば光と音の洪水、餓えるどころか膨大な量の食べ物がためらいもなく廃棄されています。アジア随一の経済力を持った日本と東南アジア最貧国のミャンマー。かの地の一般的な人々から見れば日本はおそらく夢の国に映るのかもしれません。
でもね・・・と私は思うのです。でも・・・どんなにきらびやかに見えたとしても、子供達の顔が暗い国は、やっぱり将来も暗いんだろうな、と。
何かをその手でつかもうとすれば、それと引き換えに今まで握っていたものを手放さなければなりません。そして、今まで握っていたそのものの価値は、往々にして手放してから初めて気付くものです。
私達がつかんだものは何だったのでしょう。そして、それと引き換えに手放してしまったものは何だったのかな。本当に、これで良かったのかな。。。
バガンを思い出す時、そんなことをふと考えたりするのです。

↑古都バガンの夕暮れ。ここにはもっと長く滞在したかったなぁ。
(2002.1/9)