現存十二天守唯一の山城。麓からの比高では日本一高所に現存する天守である。戦国時代、毛利VS織田の要地となる。江戸時代も中国地方の外様大名を抑えるための要地で幕末期には板倉勝静を輩出。藩政改革を成し遂げた山田方谷を長岡藩家老・河井継之助が訪れる。
天守閣(重文)
二ノ丸より
重要文化財の遺構
二重櫓(重文)
二重櫓(重文)
天守より、二重櫓
二重櫓
土塀
土塀
手前の土塀が現存部分。奥は復元部分。
石垣
三ノ丸、厩曲輪石垣
大手門跡より三ノ丸石垣
黒門跡
中太鼓櫓跡
大松山城
本丸付近
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