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| 2003.11.15〜16 前日に予定外の飲酒に至ってしまい、夜中の出立が不可能に。天気予報もよくなかったので福井行きは中止にしてしまおうと思っていた。それにしては外の天気は結構良い。天気予報を見てみると西日本から徐々に天気が崩れてくるとのことで雨が降ってくるのは夜になるかもしれないということで、朝食をとってあわてて家を出た。あわてていたせいで、携帯用パソコンも読みかけの文庫本もすべて置き忘れてきてしまった。財布の中身もちょうど二万円しか入っていない。岡谷IC前でガソリンをいれ、さらに所持金が目減り。今回の旅はひたすら節約に努めるしかない。天気はまずまず。快調に中央道を南下。飯田−中津川間の恵那山トンネル付近で対面通行だったりしたが、さほどの遅れはなかった。こまめにハイウェイラジオをチェックしていると名神高速の渋滞情報が飛び込んできた。昼前に福井に着かないようでは困るので、急遽、予定を変更。土岐ICでおりて国道21号で岐阜を目指した。現在読み進めている「国盗り物語」に縁の場所をチェックしようと思い立つ。行きがけの駄賃で、国宝犬山城には立ち寄る。無料だと思っていた駐車場はしっかりお金を取られた。200円だからさほど痛くはない。国宝の四つの天守閣の中ではもっとも小ぶりだが、なかなか趣がある城だ。回縁に出られる国宝天守はここだけだ。青空が広がっていて心地よい。続いて国盗り物語の中心的城といえる岐阜城。岐阜公園の駐車場は1時間以内なら無料。車を停めてロープウェイ乗り場に駆けつけるとちょうど発車するところ。最高のタイミングだ。ただ、ここのロープウェイは短い割には高い。往復1050円。痛い出費だ。岐阜城はこれで3回目、天守に入るのは2回目だが、中の展示はしっかり見た。斎藤義竜なんか前回はすっぽかしたが、今回はきちんと読んだ。やはり、歴史小説を読んでから縁の場所に出かけるほうが細かいところまでよく理解できて楽しくてよい。下に下りて博物館もと思ったが、1時間を越えてしまいそうだったのでなかなか見事な菊の花を眺めただけで我慢する。道三と濃姫の菊人形などもあって実にタイムリー。板垣退助の銅像は見つけることが出来なかった。事前に下調べをしてあればもう少し細かい城までチェックできたと思うのだが、ハイウェイラジオを聴いての予定変更なのでるるぶすら持っていない状態ではどうしようもない。仕方なく、清洲城を目指す。行きがけにツインアーチ138と尾張一宮・真清田(ますみだ)神社には足を伸ばした。ツインアーチはJAFの会員証提示で割引になるのだが、駐車場まで戻るのが面倒くさく通常料金を払ってしまう。ツインアーチの展望台で毎度おなじみの観光タワーのパネルを見ていたらいつの間にか20に増えている。何が増えているのだろうとつぶさに眺めていたら、岐阜県海津町の水と緑の館。清洲城の次に向かうしかない。清洲城に向かう途中、午後2時を回ったところで昼食をとる。ランチタイムで1000円で結構な食事が出来た。清洲城は私のロードマップには載っていないので新幹線から見えることを頼りに見当をつけて向かったがわからない。本屋に入って地図を確認して何とかたどり着いた。わからないときには道路標示もぜんぜん見つからないのに道がわかると道路標示もやたら目にはいるようになる。清洲城は石垣も含めて完全に撤去されてしまった城なので遺構は全く残っていない。石垣もすべて復興したものだ。長浜城より石垣はだいぶましだが、天守最上階の花頭窓なんか壁に貼り付けただけの安っぽいつくりだ。木造にはなっているが、歴史的に考証はほとんどないも同然。続いて海津町に向かう途中、祖父江町を通る。4善光寺のひとつ、祖父江善光寺がある町ではないか。これはよっていくしかない。長野や甲斐の善光寺に比べれば小さいが、なかなか立派な建物だ。勿論、戒壇巡りをやってみた。蛍光のプレートをお守りとしていただけるのだが、それを右手にはめていざスタート。真っ暗で全く何も見えない。しばらく進むとなにやら光が見えてくる。鍵のあるところには極楽浄土の世界が表現されていた。これなら、鍵を見落とすこともないだろう。さて、もうだいぶ時間に余裕がない。木曽三川公園に着いたときにはかなり薄暗い4時半になっていた。水と緑の館の展望台は五稜郭タワーに形が似ている。高さも似たようなものだ。ここもJAFの割引が効くのだが、利用できなかった。展望台からは木曽、長良、揖斐の三川が寄り添うように流れる景色が楽しめる。公園内には輪中の農家、水屋なども復元されていた。翌日は丸岡城と一乗谷朝倉氏遺跡ははずせない。しかし、天気予報は京都側の方がよかったのでなんとも迷うところだが、とりあえず当初の予定通り福井に向かう。時間にゆとりがあったので、可能な限り下道。国道258号、途中から県道で関ヶ原に抜け、関ヶ原からは国道365号。木之本ICから北陸道に入って、賤ヶ岳SAで夕食。あさり、ムキえび、イカなどの海鮮たっぷりの大名ラーメン。可もなく不可もなくといったところ。ついでに翌日の朝食も調達。敦賀名物笹寿司を購入した。敦賀辺りの宿を調べておけばよかったと思ったものの後の祭り。福井にて宿を求める。9時には就寝。 |
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| 5時前に起床。朝風呂に入って用意を整え、5時半には出発。敦賀ICで高速をおり国道27号。2時間もあれば天橋立に着くのではという見通しは非常に甘かった。やむなく、開通したばかりの小浜西ICから舞鶴東ICまで高速を利用。天橋立の対岸にある丹後一宮・籠(この)神社に8時に着く。ここの駐車場は何と600円も取られてしまう。ここに車を停めて傘松公園のケーブル・リフトを利用する人もいるので仕方ないのだろうが、神社だけによる人にとっては非常に割高感がある。お守り、絵葉書、パンフレットを購入して智恩寺へと向かう。こちら側が駅もあり、天橋立の表玄関。智恩寺横の駐車場も同じく600円を取られるのだが、こちらではリフトも利用するのでさほど割高感がない。まずは、智恩寺の多宝塔をチェックして回旋橋が回るところも眺めることが出来た。駐車場でもらったリフトの割引券を利用。たった50円の割引ではあるが。リフトは8時40分からの営業。10分ほど待つ。天橋立ビューランド側からみた天橋立は縦に見えて又覗きをしても面白いのではないか。それに引き換え、傘松公園側は横一文字に天橋立が見える。個人的にはビューランド側の景観の方が好き。宮津と舞鶴は隣同士なのに30km以上も離れている。開通していた京都縦貫道の宮津天橋立ICを利用することにした。綾部JCTを経て舞鶴東ICまで。ETCカードでの支払いが出来るかどうか心配だったが、OK。ここで現金1400円を支払っていたら金銭的に破綻をきたしていたところだ。舞鶴では金剛院の三重塔がお目当て。前回、文化の日に来たときでも結構いい紅葉を見ることが出来たので今年は期待して向かったが、気温があまり下がらず、色づかないまま散ってきてしまっているという。今年の紅葉ははずれのようだ。三重塔から本堂にかけての山腹の楓は細川幽斎が植えたのだという。明智光秀の盟友、細川藤孝その人。国盗り物語の後半にはかなり出てくる。ここから小浜へも再び高速を利用。小浜で若狭一宮・若狭姫神社に寄ったところでぽつぽつと雨が降り出した。たいした降りではなかったが、続く若狭彦神社を出るときにはかなりの降りとなっていた。幸いにしてすぐ近くの次の神宮寺に着いたときには小降りになっていた。神宮寺は奈良の東大寺へ水を送る寺として有名だが、団体客が大型バスで乗り付けていたのには驚いた。そこまでメジャーな寺だとは思わなかった。重文の本堂の中では、団体向けに説明が行われていた。次の団体もやってきて結構な賑わい。のどが渇いていたのでお水送りの井戸の水を飲んでしまった。飲用不可とは書いてなかったので大丈夫だろう。次は国宝建築を抱える名刹、明通寺。駐車場は大型バスであふれかえっていた。本堂の中も人でびっしり埋まっており、三重塔へ向かう人が絶えることがない。前回来た時は閑静なたたずまいを楽しむことが出来たのだが…。ここは坂上田村麻呂の創建と伝えられている。蝦夷征伐で多くの人々を殺戮してしまったことが発願の元だとか。806年の創建。アテルイ・モレの処刑の4年後だ。こんなところでアテルイとのつながりを見出せるとは思わなかった。観光スポットは混雑しているものの国道27号の流れはスムーズ。12時には敦賀に着く。モスバーガーにて昼食。三大松原のひとつ気比の松原と越前一宮・気比神宮に立ち寄る。気比神宮を立ち去ろうというとき又雨脚が強くなりかけた。時間もないことだし、近くにある金ヶ崎城は今回はパス。本当は朝倉氏に庇護された足利義昭の逗留地で国盗り物語縁の地なのだがやむをえない。又の機会に訪れたいと思う。敦賀ICから北陸道に入るとかなりの雨の降りとなった。ここから先が今回のお目当ての場所になるだけに不安と落胆は隠せなかったが、北陸道を北上していくと雨は上がっていた。丸岡ICで下り、丸岡城へ直行。三度目の丸岡城だが、天守に登って修復の終わった石瓦などもじっくりと見てきてしまった。鯱も石でできている。過去二回は逆光に悩まされたが、曇天ではその心配もなし。満足の丸岡城訪問となった。これで、今年に入ってから現存十二天守の内、姫路城を除く11城を巡ったことになる。あとは一乗谷は絶対行きたいのだが、丸岡城から向かう途中に曹洞宗の大本山・永平寺があるのを見逃す手はない。とはいうものの駐車場400円、拝観料500円は所持金が尽きかけている状態ではかなり厳しかった。ここも有名な観光スポットだけあって人であふれかえっていた。重要文化財に指定されるような歴史的な建造物は全くないにもかかわらずこの混雑。全国に冠たる修行道場として名の通っている寺なので建物を見るのが目的ではないのだろう。ちなみに建物や仏像は撮影OKだが、修行僧にはカメラを向けないで下さいとのこと。拝観順路の長い回廊の階段など、ぴかぴかに磨き上げられていて見事なものだ。雨こそ降っていなかったがかなり薄暗くて、撮影した写真の3分の1はピンボケのため削除。残した写真も殆どがピントの甘いものばかりである。これはちょっと残念だった。いよいよ、特別史跡・一乗谷朝倉氏遺跡へ向かう。国盗り物語で明智光秀がかなり長逗留しているところだ。(現在4巻の光秀が朝倉を見限り織田への仕官を決めるくだりまで読み進めている。)永平寺有料道路を通って直行したが、通行料410円は痛い出費。一乗谷にも何台か大型観光バスが停まっていた。朝倉館跡から巡る。唐門前で記念写真を撮る人が多く、人足が途絶えるのをしばらく待つ。庭園の写真は永平寺と同様、殆どピンボケだった。国盗り物語で愚物と評されている朝倉義景の墓の写真もぼけているがこれは残しておいた。団体を追い抜いて、210円を払い復元町並も散策。所持金はついに1000円を切ってしまった。一乗谷朝倉氏遺跡の発掘調査はまだまだ続いている。さらにすばらしい史跡公園となっていくことだろう。一乗谷の奥には一乗滝もある。佐々木小次郎が燕返しを編み出した場所として大河ドラマ「武蔵」でも描かれており佐々木小次郎の銅像もあった。ここまでで帰路に着くこととする。昨晩入れたガソリンが底を尽きかけていた。現金が殆どないので宇佐美のプリカが使えるスタンドを目指して福井ICをパス。国道8号に出て宇佐美のスタンドを見つけることができて事なきを得た。プリカの残額も500円ほど。こんなに金に窮してしまう経験は殆ど記憶にない。鯖江IC前のローソンでカードで飲み物を調達。あとは、北陸道→米原JCT→名神高速→小牧JCT→中央道→岡谷JCT→岡谷ICとノンストップで帰るのみ。金がないので夕飯は家で取るしかないのだ。午後4時半に鯖江ICに入り、途中岐阜羽島−一宮間で6kmの渋滞にもあったが、15分で渋滞を抜けることができた。恵那山トンネル付近の一車線、および片側交互通行もスムーズに抜けていく。反対車線は12kmの渋滞だった。トイレの心配も眠気の心配もなく至ってスムーズなドライビング。お茶や買い置きしておいたブラックブラックガムがかなり役に立ったと思う。岡谷ICまで3時間半かからなかった。午後8時に家に着き、大河ドラマ武蔵をはじめから見ることができた。 | |||||||||||||||||