2004.6.12Sat〜13Sun


6月の土日には稲沢市のあじさいまつりで性海寺に赴くことだけは大分前から決めていた。しかし、梅雨入りしたばかりとあって天気予報は芳しくない。紫陽花に雨は風情があるにしても少しでも雨の少ないところを狙うべく、愛知県との組み合わせで初めは福井方面を狙っていた。週間予報はころころ変わっていくが、静岡・岐阜・三重の天気予報はいずれも芳しくない。ところが、金曜日にいたって三重県の日曜の天気に晴れマークが出現。土曜日は相変わらず雨予報だが、近隣の天気予報をチェックすると滋賀県は土曜日も天気が良かった。ということで紆余曲折の末、土曜日に愛知・滋賀、日曜日に三重県に赴くこととした。

今回は目的地が比較的近いので朝5時の出発。岡谷ICから高速に乗り込む。重く立ちこめていた雲に所々青空が見えるようになり、愛知県ではすっかり青空が広がっていた。雨を覚悟していただけにうれしい誤算だ。春日井ICでおり、まずはガソリン補給。激戦地でかつてはかなり安かった地なのに今ではリッター109円。ちょっとがっかり。最初の目的地は密蔵院。7時に到着。午前中に尾張の重文木造塔を全部回ってしまおうという魂胆だ。密蔵院の多宝塔は亀腹が木のまま。愛知県の多宝塔にはよく見られる。

続いて名古屋市内の重文木造塔。県道で昭和区の興正寺・五重塔。この寺は尾張徳川家の菩提寺でもある。ここから次の観音寺に向かう途中、熱田神宮にも立ち寄る。神宮コレクションも大分たまってきた。明日、神宮の中の神宮をゲットしたら、もう神宮のページを作るしかない。観音寺は通称・荒子観音。大河ドラマ「利家とまつ」で有名になった、あの荒子である。前回来たときは多宝塔の屋根の葺き替えが完了したばかりで真新しかったが、すっかり落ち着いた色合いになっていた。近くには前田利家生誕地碑もある。小さな神社で荒子城跡でもある。さらに名古屋市の北西隣り、甚目寺町の甚目寺。ここの重文・三重塔は初めて見たときはずいぶんとずんぐりむっくりとした印象だったが、見慣れてくると大して違和感はない。逓減率が大きく、最上層はかなり細め。

いよいよこのドライブ最大の目的の性海寺。稲沢あじさいまつりはこの日、イベントが組まれており、かなりの混雑。二年前に訪れてたときは空梅雨であじさいもさえず、人出もさほど多くなかった。あじさいまつりをターゲットにしているのは、この期間中は本堂に安置されている重文の宝塔が公開されているからである。といっても撮影禁止なので、外からこっそり。しかも手ぶれのひどい写真にしかならないというのに…。外に出て重文の多宝塔をチェック。裏手に回ると、大塚古墳があるが、紫陽花の花で彩られていた。稲沢市にはもう一つ、重文の多宝塔が万徳寺にもある。これで尾張の重文木造塔7つをすべてチェックし終えた。時刻は11時を少し回ったところ。一宮ICから名神にのり養老SAで早めの昼食。軽く豚トロ炙りチャーシュー醤油ラーメン。魚のだしでさほどしつこくない。

雨のはずの愛知で青空が広がっていたというのに、午後から晴れ予報の滋賀に近づくと曇天が広がっていた。これだったら、無理して足を伸ばさず、岐阜あたりで手を打ってドライブ・東海編としてまとめれば良かったが、後の祭。愛知県内で回ったところはどこも、再訪の場所ばかりであったのでここらで初めての場所をと思って佐和山城を目指すが、ハイキングにはかなりの時間を必要とするようなのであっさりパス。近場の大洞弁財天の本堂は重要文化財。なかなか趣のあるたたずまいで満足。井伊神社はさび付いた鉄骨の覆屋で覆われていたが、保存目的なのだろうか。大分長いこと放置されているように見えるのだが…。さらに隣の龍譚寺には石田三成の座像がある。清涼寺は井伊家が石田三成を弔うために建てた寺でかの井伊直弼も参禅したという。

滋賀県内でも木造塔を可能な限りチェックしようとたくらむが、まず、多賀町の多賀大社。初めての神社だが、なんと拝殿、本殿は修復中。しかも雨まで落ちてきた。天気予報はあまりにひどすぎる。

国道306号沿いに湖東三山を巡る。西明寺は三重塔と本堂が国宝で仏像も充実しており、なかなかすばらしい寺。本堂前に広いスペースがあり、三重塔は少し高い台上にそびえているのでとても写真が撮りやすい。西明寺は長い参道を上らなくても近くまで車で乗り付けることができるのだが、次の金剛輪寺はかなり長い参道を上って行かなくてはならない。本堂は国宝。お目当ての重文・三重塔は樹木に隠され余りよく見えない。前回は年末に訪れたため、写真が撮りやすかったのだ。お城と同様、旬の季節は冬と言うことか。湖東三山・締めは初めて訪れる百済寺。木造塔がないため今までパスしてきてしまった。国の文化財指定を受けている建物がないため、西明寺、金剛輪寺と同じ500円の拝観料はちょっと高い気もするが、庭園の展望台からの眺めは最高。天下遠望の名庭といわれるだけのことはある。

ここから一気に特別史跡・安土城を目指すも道を間違えて近江八幡市に入ってしまったため、予定を変更して長命寺を目指す。重文の三重塔の写真は無事撮れたが、相変わらず、三仏堂の修復は続いていて鐘楼あたりからの伽藍の写真が撮れなかったのは残念な限り。安土城はまだ発掘が続けられている様子。大手口から上っていくとまず伝前田利家邸跡、続いて伝羽柴秀吉邸跡が向かい合っている。急な石段をどんどん登って織田信忠邸跡の角を曲がり、いよいよ本丸へ。天主台周りは樹木が茂っており壮大なその全貌を一望するわけにいかないが、天主台に上ってみるとかなりの規模であることがわかる。安土城だけは天守ではなく「天主」という漢字を使いたい。帰りは百々橋口へおり、ハ見寺跡と、三重塔をチェック。今回は曇天でとても写真が撮りやすかった。

大分時間が遅くなってきた。あわてて安土城考古博物館、信長の館へ向かったが、わずかに16時30分を回っていて入館を果たせなかった。道を間違えて長命寺に先に向かってしまったことが悔やまれる。さらにだめもとで向かった石部町の常楽寺も当然のごとく、入山できず。遠巻きに写真を撮ることしかできなかった。

この日の宿は名阪国道沿いの健康ランドに定めてある。石部町から中央競馬の栗東トレーニングセンター前を通り、大津に出て国道422号、信楽からは国道307号、さらに国道422号で三重県阿山町。名阪国道に出て投宿。



朝風呂が6時からということで出発を遅らせる。露天風呂からは見事な青空が望めた。6時30分過ぎ、出発。まずは近くの伊賀一宮・敢国神社。ただ、写真を撮影したのみ。ここから、一気に志摩半島のはずれ、大王埼をめざす。上野東ICから国道422号で青山町。そこから国道165号をひた走り、久居ICから伊勢道に乗る。終点伊勢ICを突き抜け、伊勢二見鳥羽道路も突き抜ける。伊勢戦国時代村の安土城がまぶしかった。鳥羽市まで国道42号、その先は国道167号。阿児町の賢島の少し手前で国道260号に折れ、ようやく大王町。到着はほぼ9時ちょうど。三重県も長野県に引けをとらない広大な広がりを持つ県だと言うことを痛感。

大王埼灯台は三浦半島の観音埼灯台並みに駐車料金500円を取られ(奥には300円の駐車場もあった。くやしい。)、結構歩かされるところも観音埼並み。内陸方面はすばらしい青空が広がっていたが、太平洋側は雲が広がっている。参観灯台も残すところあと二つ。長野県から一番近い御前埼と最も遠い平安名埼。次のターゲットは当然、御前埼というものだろう。

来た道を戻る。磯部町では志摩一宮・伊雑宮(いざわのみや)に立ち寄る。伊勢神宮内宮に準じ唯一神明造りの正殿。お守りも伊勢神宮と全く同じものだった。ここからは伊勢神宮内宮に通じる県道を行く。

伊勢神宮は正式には単に「神宮」というのだそうだ。お守りも単に神宮とだけ記されている。内宮(ないくう)は皇大神宮(こうたいじんぐう)とよばれる。駐車場へと続く車の列に並ぶ根性はなく手っ取り早く有料駐車場へと車を入れた。参拝客の多さはさすがといった感じ。宇治橋から正宮まではかなりの距離を歩くことになる。やっとたどり着いてみたら、正殿は撮影禁止とのこと。あまりもったいをつけるのはやめにしてほしい。別宮・荒祭宮もチェックしてみた。

続いて外宮(げくう)・豊受大神宮。こちらにはかつて一度来たことがある。伊勢市駅の真ん前で交通至便。無料の駐車場にも簡単に車を駐められた。内宮よりは参拝客は少ない。こちらも正殿は撮影禁止。別宮のチェックは怠らなかった。勾玉池では菖蒲が咲き誇っていた。

次の目的地は松阪市。県道でのアプローチ。途中、ケンタッキーのドライブスルーで昼食調達。松阪市では本居宣長記念館に車を止め、入館。ここでは、松阪市内の見所マップなどももらえ、特別史跡・本居宣長旧居の鈴屋との共通券にもなっているのでお薦めだ。記念館に展示の冊子には重要文化財指定のものがいくつもある。記念館を出るとすぐに鈴屋。屋敷内を通り抜けると松阪城内に出る。石垣しか残っていない城だが、なかなか見事な石垣だ。本丸、天守台を通り、歴史民俗資料館、市役所前を通り、本居宣長旧宅跡。松阪城内の鈴屋はここから移築されたものなのだ。この旧宅跡も特別史跡。旧宅跡前の道は非常に狭いのだが、観光バスまで入り込んできて迷惑この上ない。せっかくの趣深い通りが台無しだ。松阪市内は徒歩での散策をお願いしたいものだ。本居宣長の墓がある樹敬寺までだって楽に歩いていける。ここから城に向かって戻れば、御城番屋敷だってチェックできてしまうのだ。

松阪から津に向かっては国道23号。津城だけを目的とする。再建の三重櫓だけは全国城郭管理者協議会加盟の城の中ではかなり見劣りがしてしまう。城内には藤堂高虎の銅像が建つが、時の有力者について回った日和見主義者では今ひとつ支持は得られないであろう。藤堂藩は幕末の鳥羽伏見の戦いでは見事に幕府を裏切っている。新選組の藤堂平助が殿様の御落胤ということなら新選組ゆかりの地であるかも…。

せっかく城が続いているので、少し離れた場所になるが、上野市へ向かう。伊勢道、名阪国道でさほど時間はかからなかった。伊賀上野城も駐車料金500円が必要。どうも三重県は駐車料金を徴収するのがお好きらしい。第2日曜は骨董市とのことでかなりの人出でにぎわっていた。伊賀上野城は竣工直前に暴風で天守が倒壊し、天守のない城として存続したが、昭和に入って川崎克が私財を投じて建設した木造天守を持つ。模擬天守と言って良い天守だが、それなりに年月を経ており風格がある。しかしこの城の見所は大阪城に次ぐ高さを誇るという高石垣。外から堀越しに見ても対して感動はないが、石垣の上から堀を見下ろすとかなりの迫力だ。高所恐怖症の私には耐えられない。南西角は身を乗り出すこともできるのでくれぐれも落ちないように注意。北西角の石垣は崩れそうなので近寄れないようになっている。城内の松尾芭蕉を記念したという俳聖殿はチェックしておいたが、忍者屋敷やら、芭蕉記念館はパス。もう一ヶ所、回りたいところが残っているためだ。

最後の目的地は鈴鹿市の伊勢一宮・椿大神社(つばきおおかみやしろ)。名阪国道、東名阪で鈴鹿ICで降り、山に向かってひた走る。時刻は16時過ぎ。ここの祭神は猿田彦大神。アニメ「火の鳥」の猿田彦が連想されてしまう。お守りはゲット。

やはり広大な三重県を一日で回るのは無理があった。新選組サミットで桑名のパンフレットをもらってあったのだが、またの機会にとっておこう。ガソリンを四日市東で入れることにこだわったため、下道を行く。国道1号はそれなりに混んでいて時間がかかってしまった。ガソリンを入れ終わったところで時刻は17時。四日市東ICから名古屋西JCTまでの東名阪は驚くほど車の流れが良かった。いつもは名古屋西付近でかなりの渋滞に巻き込まれるのだ。伊勢湾岸道の開通のおかげなのだろうか。ETC搭載なので料金所での待ちもなし。楠JCT、名古屋高速空港線、小牧IC、小牧JCT、中央道、岡谷JCT、岡谷ICとトラブルに巻き込まれることなくスムーズに帰ってくることができた。四日市から2時間半の所要だった。

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