2004.6.26Sat〜27Sun


400回の記念献血は大分前から鳥取をターゲットに定めていた。しかし、先週末の厚床における免停があり、高速道路を延々と走るリスクは避けたい。特に相性の悪い岐阜県警管轄の中央道と名神は禁忌したいところ。日曜日も業務を行っており比較的近場の栃木県赤十字血液センターという切り札をここで使ってしまうことにした。昨年秋に「剣の天地」を読んで故郷群馬を巡りたいと思っていながらここまで果たせなかったこともあり、これでやっと想いが果たせるというものでもある。なお、群馬栃木両県は古代に於て毛野の国(ケヌのクニ)と呼ばれていて、群馬がカミツケノクニ、栃木がシモツケノクニ。両県を結ぶ鉄路が両毛線と呼ばれる所以である。

宇都宮に午前9時に着いていればよいので朝5時10分の出発。国道142号、県道で佐久ICから上信越道。関越道、北関東道を経て伊勢崎ICで降りる。県道と国道50号で佐野藤岡ICから東北道。佐野SAでお気に入りの佐野ラーメンを朝食にいただく。時刻は8時過ぎ。今までの利用は午前6時前で非常にすいていたのだが、かなりの混雑。速攻で平らげて宇都宮へ向かう。鹿沼ICで降りて、まず向かったのは二荒山神社。日光のは「ふたらさん」と読むが宇都宮のは「ふたあらやま」一宮がなまってうつのみやとなったという説もあり、こちらも下野国一宮である。駐車場に300円かかり、お守りも1000円もするので印象はよろしくない。世界遺産の日光二荒山神社の方がはるかによい。

時刻が9時を回ったのでそろそろ血液センターに向かう。宇都宮市の南寄り。HPの地図を見てあっさりたどり着いた。外観はあまりぱっとしないが、中はなかなか美しい。新システムで既に回っていたが、至ってスムーズに献血を終えることができた。これで献血400回達成。記念のおちょこもいただいた。処遇品はカロリーメイトとキシリトールガム。

何度も訪れている栃木県だが、一度も訪れたことのない栃木市。いつも東北道利用で通過してしまうのだ。今回は宇都宮から県道を利用。例幣使街道の宿場町で舟運も発達して栄えた商都。蔵の街として売り出している。蔵の街駐車場は私が駐車して満車に。なかなか観光客でにぎわっている。まず、蔵の街美術館へ。ここに入館することで駐車場代は無料。内容はアール・ヌーボーの巨匠、エミール・ガレ展。ひとよ茸ランプは諏訪の北沢美術館でも見たことがあった。ここから巴波川(うずまがわ)沿いに散策。横山郷土館のたたずまいは良かったが、中には入らず川沿いを歩く。塚田歴史伝説館付近の景観は旅行情報誌にもよく掲載されている。その塚田歴史伝説館は一つ人形が故障しているとのことで100円バック。三味線を弾くおばあさんロボットの近くのおじいさんまで人形だったとはしばらく気がつかなかった。駐車場の方に戻って少し進むと山本有三ふるさと記念館。まだ、彼の作品は一冊も読んでいないのでせめて路傍の石ぐらいは読まなくては…。

栃木市を後にして次は佐野市と田沼町の境にある唐沢山城。関東7名城の一つ。山城だが、頂上の方まで車で上れるのでさほどつらくない。頂上の本丸は唐沢山神社になっており、平将門を討伐した藤原秀郷が祀られている。炎立つ第1部の主人公、藤原経清の祖先だ。佐野市内ではるるぶに載っていたラーメン屋で昼食をと考えたが、12時過ぎでは既に長蛇の列。処遇品のカロリーメイトを昼食にして館林を目指す。

館林ではまず、茂林寺。上毛カルタの通り、分福茶釜で有名な寺だけあって、境内には狸の像が並んでいる。300円を払って分福茶釜も拝観してきた。図書館のあたりが、館林城跡。土橋門が再建されているが、遺構は少ない。茂林寺は狸の伝説だが、館林城には稲荷明神の霊験伝説が残る。もうひとつ、上毛カルタネタで田山花袋記念館へ。「田舎教師」「蒲団」などの作品で今ひとつぱっとしない。一応、記念館のお向かいの第2資料館にも足を伸ばしてみる。田山花袋の胸像、移築された旧居、これまた移築された旧上毛モスリン事務所などが並ぶ歴史の森である。

こうなると更に上毛カルタネタで太田の大光院・子育て呑龍。北関東では珍しいほど規模の大きな寺院だ。家康がその出自を捏造し祖先とした新田義重の菩提寺として江戸幕府の庇護をうけたたまものだ。初代住職は呑龍上人で貧民の子弟を弟子として引き取って養育した徳をたたえられ「呑龍さん」の愛称で親しまれている。この大光院から山を登っていくと関東7名城の一つ、金山城。これも唐沢山城同様、山城だ。今までチャンスがありながら訪れることができないでいたが、上っていって吃驚。群馬県では第一級の石垣が復元されている。しっかりとアスファルト舗装なんかされていて整備されすぎている気もしなくはないが、沖縄の城並の石垣を堪能することができる。更に上部の本丸跡は新田神社となっていて、復元の手はまだ入っていない。駐車場からかなり上ってきているので、非常に蒸し暑い折りでもあり、汗びっしょり。麓で買った500ccのアミノスカッシュはあっという間に空になった。

既に夕刻だが、日は長い。いよいよ念願の上泉伊勢守縁の地を回る。まず大胡城。地図に載っていなかったので心配だったが、現地にしっかり表示があり、難なく到着。剣聖・上泉伊勢守秀綱の居城である。方形の台状といった単純な形。草ぼうぼうで整備の手は入っていない。

モスバーガーで夕食をとった後、だめもとで前橋市内の上泉居館をめざす。よくわからなかったが、偶然、墓所は発見できた。菩提寺・西林寺は城内にあったというから、このあたりが居館であったと見て間違いないだろう。寺は工事中だったが、裏手に墓所と顕彰碑があった。群馬県の偉人としてもっと大々的に取り上げてほしいのに全く何の案内もないなんて…。駐車場が殆どなく、車で入って行くにはつらい細い道だから人々が殺到してしまったら大変だとは思うけど…。せめて池波正太郎の「剣の天地」を読んだ人間が訪れてみたいと思ったときに何とかたどり着ける程度の案内はほしい気がする。

翌日に備え宿は沼田で。山間の小都市に週末のみとはいえ2000円未満で仮眠設備を利用できる温泉施設があるとは驚きだ。


前夜、21時前に就寝しただけあって、朝5時の起床でも何ともない。朝風呂に入り、6時前に出発。天気予報とは裏腹に青空が広がっている。まず沼田公園の沼田城跡へ向かう。沼田城は関ヶ原の時点では真田昌幸の長男、信之が城主。移築再建された鐘楼があるが、群馬県はどうも景観ばかりに気が向いて史実をおろそかにしてしまう傾向が強いように感じる。

沼田IC近くのコンビニで朝食を調達。月夜野ICまで関越道を使って目指すは名胡桃城。秀吉の裁定を反故にして北条方が急襲したために小田原征伐につながった秀吉の天下統一のきっかけとなった城だ。連郭式の縄張りで本丸、二の丸、三の丸が直線的に並び間に堀が走っている。へんてこな構造物のないなかなか趣のあるたたずまいの城だ。近くに塩原太助馬つなぎの松もあったのでちょっと寄り道してみた。

そのまま県道を渋川まで突き抜ける。晴天が広がっていたのになにやらかき曇ってきて渋川あたりでは、小糠雨が降り出した。榛名山麓を回って箕郷町の箕輪城。上泉伊勢守が仕えた長野業政の居城だ。群馬県内の城の中では名城の誉れが高い。関東7名城の中には含まれないが、関東8名城には数えられている。真っ先に本丸に向かったが、なんと工事中。それとも発掘中なのか。以前訪れたとき発掘調査中だった三の丸方面から大手に当たる虎韜門跡まで下ってみた。現在搦手とされている方が長野氏時代は大手門だったという。天気も今ひとつだし、またいずれ訪れることとしよう。

次は群馬郡の奥地の倉渕村。お目当ては小栗上野介忠順の墓だ。目指す東善寺はすぐに見つかった。かつて正月に倉渕温泉に入りに行ったとき前を何度も通っていたのだが、興味のなかったときは素通りし続けていた。郷土の偉人として上泉伊勢守ともども、もっともっとPRしてほしいものだ。銅像と墓は本堂の脇奥にある。

倉渕から高崎に向かうと再び小糠雨が降り出す。気になっていた私の出身小学校近くの忠霊塔に寄ってみた。何の案内もない。忠霊塔は日清・日露・大東亜の3つの戦争の戦没者名が記されていた。たいした数ではない。累々と屍を連ねた203高地の戦死者はこんなものではないはずだが…。そのわきにひっそりと佇む忠魂碑には「希典」の名を発見することができた。彼の揮毫による碑らしい。

高崎市内で用を済ませたあとは、特別史跡の上野三碑をチェックして回る。地図に載っていない金井沢碑は現地の表示がわかりやすかったが、地図に載っている山上碑は現地の表示が不親切。金井沢碑は国分寺建設15年前の民間における仏教の普及を物語る碑文内容。山上碑は古墳脇の墓碑に類するもので埋葬者を特定できる貴重な事例という。覆屋で保護されている。上野三碑だけでなく日本三大古碑にも挙げられる吉井町の多胡碑にはなんと撮影禁止の表示が。前回来たときにはそんなものはなかったのに。(証拠はこちら)多胡碑記念館内のレプリカも撮影禁止。あまりもったいをつけるのはやめてほしい。多胡碑記念館で求めた絵はがきに天守様建物があったので、山道を上って攻めてみる。すっかり霧に包まれていた牛伏山展望台。天守閣とは謳っていないが、歴とした模擬天守だ。歴史ある山城跡にこういうものを建てるのは本当に感心しない。山を下りてからモスバーガーで昼食。

昼食をすませて隣の甘楽町へ。「剣の天地」に出てくる長野業政の娘婿、小幡信貞に縁があるかと小幡の甘楽町歴史民俗記念館に寄ってみた。果たして信貞の赤具足があり居城の国峰城の想像図などもあった。信貞は信玄に通じ、一度は国峰を落ち延びるが、後年、箕輪落城に功をなす。そして上泉伊勢守は諸国を流れて新陰流を柳生石舟斎に伝えることになるのだ。「剣の天地」の中の重要な城、国峰城に意を決して向かう。しかし半端な悪路ではなかった。折れた枝や竹で車体はこすられ、落石すらある未舗装でヘアピンカーブの道。頂上の本丸を目指して御殿平も抜けていく。頂上まで325mの表示。ここから先は車は無理。雨もかなり強くなってきたので引き返すこととする。捲土重来を期したいとは思うが、甘楽町にはもう少し整備してもらわないと。整備されすぎても趣がなくなるがここまで手つかずだとちょっとおいそれとは踏み込めない。要害堅固な山城だということはよくわかった。

雨の為、早々に帰路につく。富岡ICから上信越道で八風山トンネルを抜けると道は乾いていた。ところが国道142号ではすさまじい土砂降り。へんてこな天気の一日だった。

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