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2005.2.12 Sat〜13 Sun |
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| 前夜、早々と就寝して、最近では記憶にないほど、たっぷりと睡眠をとった。6時過ぎ、出発。ガソリンを補給し、タイヤの空気圧も確認。(かなり抜けていたのだ。)7時過ぎ、フレンドリーにて朝食。ジョイフルより高いが、味はまずまず。 あまり早すぎても拝観が始まっていなければどうしようもないので、寄り道をちょこちょこしていく。前日立ち寄った建部大社のほど近く、瀬田の唐橋。石碑に三大名橋と堂々とかかれてしまっているが、三名橋に数える人はあまりいないように思う。錦帯橋は必ず入るみたいだが。ただ、歴史上重要な橋という事では間違いなくこの橋を入れねばならない。江戸時代あたりの三名橋ならば日本橋、瀬田の唐橋、錦帯橋になるのだろうか。江戸時代の三名城に姫路城が入らないのと似ている気がする。コンクリートの橋も城も今の時代にはありがたみがあまりないものだから、色々、混同混乱が起こるのではないか。 神宮コレクションのために近江神宮へ向かう途中、膳所城址もチェックできた。ちょっとした公園になっている。近江神宮の祭神は大化の改新で有名な中大兄皇子、第38代天智天皇である。大津京の故地に滋賀県民の熱意で太平洋戦争前に作られた新しい神宮だ。8時半前で当然、お守りを買う事ができない。 先月、パスした国宝の日吉大社は是非見たいところ。坂本の観光駐車場に車を駐め、坂本の街並をしばし楽しむ。日吉大社前の参道の石垣など、伝統的建造物群保存地区に指定されている。伝教大師最澄生誕の寺、生源寺にも立ち寄る。伝教大師産湯の井戸が残っている。 9時になるころを見計らって日吉大社へ。本殿が国宝の神社は結構あるが、周りを拝殿や回廊で囲まれていて写真撮影ができないところがかなり多い。日吉大社の国宝・本殿は西本宮も東本宮も間近にまで近寄れるし写真撮影もOKなのでうれしい限りだ。二棟の国宝物件のほか、重文の建造物も数多く持っているが、近々、楼門などの檜皮葺の屋根の葺き替え工事が行われるようである。工事開始前に訪れる事ができたのはラッキーだった。 坂本と言えば坂本城を居城にしていた明智光秀。菩提寺にして墓もある西教寺ははずせない。重文の本堂の左手前、石垣前に明智光秀の墓はあった。せっかくなので客殿の拝観もしていく。長浜の大通寺と同様、伏見城から移築されたもので古色蒼然として趣のある襖絵、天下人・秀吉の御座の間など堪能できた。琵琶湖湖畔の坂本城址に行くついでに坂本城の遺構と伝えられる門がある来迎寺にも立ち寄ろうと思っていたが生憎、門は修復中だった。坂本城址には殆ど遺構は残っていない。城址碑と明智光秀の石像が立っている。 近江八景の一つで非常に有名な満月寺・浮御堂。にもかかわらず今まで一度も訪れた事がない。浮御堂は湖側が正面になっているため、船にでも乗らない限り正面から浮御堂全体を拝む事はできない。曇天の下では今ひとつの景観。ここからは、琵琶湖大橋もよく見える。渡るためには200円かかるがもう渡る気満々である。 琵琶湖大橋で東岸に渡ると後は湖岸を北に走る。近江八幡市の長命寺。三仏堂の屋根の葺き替えが終わったという情報を得ていたため、2004年に続いての訪問だ。念願の鐘楼堂からの写真を撮る事はできたが、今度は鐘楼堂が修復に入っている。 近江八幡は街並も魅力があるが、何はともあれ、ロープウェイの架かっている八幡城攻めを目指す。ところが何とロープウェイ施設の工事のため、今月25日まで運休。落胆は隠せないが、見所の多い近江八幡は半日以上掛けってじっくりと楽しみたいところ。いつかそのうち訪れる事になると思う。 安土は今回で3度目の訪問だが、今まで安土城しか見ていない。安土城以外の物件をしっかり網羅したいところ。まずは安土駅近くの城郭史料館。1/20の安土城の模型が売りで模型の内部を見せてもらう事もできる。「どうぞ、写真もお撮り下さい。」とおっしゃっていただけたので遠慮なく、フラッシュをたいて撮影してしまった。ついでだったので、駅の反対側の織田信長像もチェックしたが、あまりかっこよくない。 安土町の観光マップを城郭史料館で頂いたので満を持して桑実寺経由で観音寺城を目指す。膳所城、坂本城と冴えない城が続き、八幡城にも振られた後だったので、本格的山城は望むところ。しかし、桑実寺は安土町の重要な観光スポットだというのに駐車場が用意されていない。仕方ないので、少し離れたグランドの駐車場に駐めたが、基本的には安土町の観光は列車で訪れレンタサイクルを利用せよという事なのだろうか。 何はともあれ、桑実寺。麓に「桑実寺まで20分」の表示があったが、気にしない。実際そんなにかかるわけないとたかをくくっていた。駐車場がなく、かなりの長い石段を登らなくてはならないという事で、訪れる人がかなり少ないのだろう。石段の隙間には美しい苔に覆われていた。南北朝時代に建立された本堂は重文。室町幕府12代将軍足利義晴が3年間、仮幕府を開いた歴史を持つ由緒ある寺である。 ここから山頂の観音寺城を目指す。冷蔵庫の中のような気温であったが、汗をしたたかかいてしまい、新品のD70にかかってしまった。鳥取城クラスの厳しさであった。ただし、鳥取城ほど素晴らしい眺望は得られない。わずかではあるが、石垣は残っていた。下りの道ですっかり汗が冷えてしまった。駐車場から桑実寺を経由しての山頂の往復、所要は1時間強だった。 時刻は13時を遙かに回っている。次の目的地、信長の館の前にレストランがあったので、そこで昼食。すりごまがたっぷりかかっている戦国焼定食、肉嫌いの私だが、非常においしく頂けた。信長の館は2004年6月のドライブで入る事ができなかったので狙っていたのだが、本懐を遂げる事ができた。セビリア万博の日本館に出展されたという安土城天主。期待を裏切るものではなかった。フラッシュ撮影禁止なので手ぶれになっているとは思うが、色々写真を撮って回った。 安土城考古博物館も前回見る事ができなかったスポット。第1常設展示はどこにでもありがちな弥生・古墳時代の展示。第2常設展示がこの博物館の売りになるだろう、中世山城から近世の築城に至るまでの城郭の展示。安土城の金箔瓦もここのものが一番しっかりと金箔が残っている。また、安土城も観音寺城も地形模型が展示されていた。観音寺城は私が攻めた桑実寺からの道は搦手に当たるらしく、観音正寺側の正面から攻めれば、いくつかの曲輪、遺構が見られるらしい。痛恨の極み。桑実寺はなかなかいい雰囲気だったので後悔はしていないが、もう少し、山頂周辺を探索しておけば良かった。 最後に日本最初のキリシタン神学校・セミナリヨ趾の碑をチェックして帰途につく。15時に八日市ICより名神に。多賀SAでお土産と飲み物、おやつを調達して後はノンストップ。いつもの渋滞スポット、岐阜羽島や一宮JCTもスムーズにスルー。中央道はスキー帰りの車で下り線は渋滞していたが、上り線は至って快調。18時前に余裕を持って帰宅。 二日間に及ぶドライブで滋賀県のみをターゲットにしたのは今回が初めて。それでもまだまだ見たいスポットは山ほど残っている。前記の近江八幡は言うに及ばず。佐和山城、小谷城の二つの山城なども手強そう。国宝の数ばかりではなく滋賀県の奥深さを痛感している。司馬遼太郎が「街道をゆく」の初回で湖西のみちを取り上げ、どうにも近江が好きと言わしめてしまうのもわかる気がする。 |
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