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2005.4.30 Sat
ここ2年ほど、ダービーの日に所用があり参戦がかなっていない。有馬記念の入場券が前売りでなくなり、前売り入場券が必要なレースがダービーのみとなってしまったため、自然、前売り入場券を入手するため石和WINSに繰り出すことからも遠ざかってしまった。久しぶりで懐かしい。7時到着を目指していけば今年度から導入のETC通勤割引も適用される。5:40出発。中央道諏訪IC−甲府昭和IC間が半額の850円に。
7時前にWINS石和に到着したが、さほど待たないうちに駐車場開門。ちなみに石和は合併により笛吹市となっている。ダービーの前売り入場券購入のために並んでいるのは私を含めて2人のみ。開場の8:40近くになるとそれなりの列ができたが、ちょっと拍子抜けしてしまった。あっさり、記念入場券をゲット。あとはダービー当日に所用が入らないことを祈るのみ。
あとは気ままに山梨県内を回る。国道20号を東京方面に進んでまずは、国宝の大善寺薬師堂。山門をくぐると灯籠が倒れていた。薬師堂は白水阿弥陀堂や大分の富貴寺大堂をイメージしていたのだが、もっと大きな建物だった。兵庫県小野市の浄土寺浄土堂クラスの規模。中には重文の十二神将が並ぶが、武田の赤備えに倣って赤く彩色されている。
更に国道を進んで大和村の景徳院。「その時歴史が動いた」で武田家滅亡が取り上げられ、勝頼の再評価がなされて墓も紹介されたので訪れてみた。甲将殿の裏手、真ん中が武田勝頼の墓だ。番組で取り上げられたとはいっても客は私1人。続く清白寺も私一人きりだった。ゴールデンウィークだというのにありがたい限り。国宝の清白寺仏殿は禅宗様式の建造物で先週、工事に入ってしまった東村山の聖福寺地蔵堂の代替といったところ。
勝頼の墓の次は信玄の墓と言うことで武田信玄廟所の恵林寺。さすがにここには大勢の人が訪れている。信玄の人気、格の違いという物だろう。四脚門は国の重文だが、歴史の舞台として脚光を浴びるのは三門。三門はかつては豪壮な建物で織田軍の引き渡し要求に応じず、兵火に包まれた三門で快川国師が「心頭滅却すれば火自ずから涼し」と唱えたという。共通券で見た宝物館はくたびれた建物だが、風林火山の旗や、楯無の鎧(レプリカ)、武田二十四将の展示などなかなか充実している。重文の信玄の佩刀もあった。続いて寺の拝観。鶯張りの廊下を渡って廟所へ。信玄の墓の更に奥の方に進むと武田家の家臣や後の藩主・柳沢吉保夫妻の墓もある。大本堂裏手の庭園を見てから外に出て、道路を渡ったお向かいの信玄館へいってみるとそこには記念撮影用の巨大な武田信玄像があった。
時間は既に正午に近いが、手頃な店を探しているうちに甲府市内に入ってしまった。とりあえず甲府五山の一つ、東光寺に足を伸ばす。ここの仏殿は重文。また信玄の嫡子・義信の墓もある。信玄との確執で死に追いやられる悲劇の人だ。武田氏ゆかりの寺をかなり回ってきてしまったので、意を決して躑躅ヶ崎館の詰の城、要害城攻略も目指すこととした。山頂には信玄誕生の地碑もあるという。18分かけて登り切ったが、息が上がり、汗まみれ。7月上旬の気温と言うから仕方ないかもしれないが、こんな体力で高千穂峰登山なんかできるのだろうか。少し心配である。山頂の主郭部は木がじゃまして眺めは余り良くない。晴れていたが霞がかかっていて富士山も見えずじまい。
下山して13:30にデニーズにて昼食。スクラッチで500円が当たった。この連休中に使ってしまおう。食後、旧竜王町、現甲斐市の信玄堤公園へ。信玄堤の存在が、山梨県民をして「信玄公」と尊称をつけて呼ばわしむるかなり大きな要因となっていると思っている。釜無川沿いのこの公園は緑がいっぱいできれいに整備されていて、多くの人がシートを広げ、思い思いに楽しんでいた。歴史的な場所を市民の憩いの場として活用するのはなかなか良い。
要害城攻略ですっかり汗をかいてしまったので、どこかで風呂に入っていきたい。最後に狙っている棒道への行きがけと言うことでたかねの湯。高根町や棒道のある長坂町は周辺町村と合併して北杜(ほくと)市となっている。この名前、どうもドクトルマンボウ北杜夫を連想してしまう。たかねの湯は市民は300円で利用できるが、市外の人は700円も取られてしまう。サウナをはじめ、きっちり全部の風呂に入っておいた。風呂上がりには小学校1年の時に給食にでて懐かしいフルーツ牛乳。懐かしい味でとてもおいしかった。
最後に兵馬を素早く戦場に送るために信玄が作ったという棒道。途中で車は進めなくなるので、しばらく歩いてみる。もっとまっすぐな道かと思ったが、沢を越えるところではかなり曲がりくねっていた。
車に戻ってみると既に時刻は17時を回っている。これで帰りもETC通勤割引だ。小淵沢IC−諏訪ICが半額の400円。始まったばかりの割引制度だが、計画的に利用していくつもりだ。
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