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2006.3.31 Fri |
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2006.4.1 Sat 5時に朝風呂に入り、6時には出発。近くのローソンで朝食をとり、あとはガソリン補給と思ったら、ガソリンスタンドは7時からだった。しばし、読書に勤しんで過ごす。第2阪奈のトンネルを抜け、近くの河内一宮・枚岡神社へ。枚岡公園の桜は咲いてはいたが、満開まではまだ少しかかりそうだった。
後はよけいな寄り道はせず、貝塚市の南大阪赤十字血液センターを目指す。阪神高速東大阪線、近畿道、阪和道、堺泉北道路、阪神高速湾岸線と惜しげもなく有料道路を利用して8:30には血液センターに到着。久しぶりの母体での献血だ。受付は1番。タッチパネルディスプレイの問診も2度目なのでスムーズ。今年2度目の血小板成分で採血機も2度目のテルシスS。今回も無事、献血を終えることができた。全母体制覇まで残り10。北海道が多いので数年はかかりそうだ。 戦国物の歴史小説を濫読していてどうしても行きたくなっていたのが、松永弾正久秀の居城、信貴山城。来た道を松原JCTまで戻って西名阪へ。香芝ICで降り、王子で昼食。満を持して信貴山へと向かう。まずは信貴山朝護孫子寺。聖徳太子が蘇我馬子と結んで物部守屋を滅ぼしたゆかりもある信貴山なので聖徳太子像もある。織田信長に攻められ焼き尽くされているので重要文化財の建造物はないが、すっかりトレードマークとなっている張子の大虎などがあり、観光客でにぎわっている。宝物館にも入ってみたが、国宝の信貴山縁起は当然の如くレプリカだった。本堂の戒壇めぐりもやってみた。ここから、空鉢堂のある信貴山城址碑まで20分とのこと。千早城に比べれば石段がだいぶ緩やかで楽なもの。松永屋敷や堀切など良好な状態で残っているそうだが、案内表示などなくどこにあるのかはわからない。堅固な山城だが、信長の大軍の前には落城もやむを得ない。 ここ数年の念願だった城を訪れることが出来、後は帰路についても良かったのだが、せっかくなので帰りがてら、桜井市の阿部文殊院には寄っていくことにした。特別史跡の文殊院西古墳がお目当てだ。なぜこの円墳が特別史跡なのかよくわからない。土台の部分が石積なのが珍しいのかもしれない。700円で境内めぐりをすると数珠がもらえるのでついやってしまった。本堂の文殊菩薩は快慶作の重文で日本一大きな文殊菩薩像。色々な所が三文殊を名乗る中、此処では、三文殊として安倍文殊院、山形県の亀岡文殊堂、天橋立の智恩寺の文殊堂をあげているが、私もこれが妥当だと思っている。更に期間限定で七まいりをやると、普段は非公開の金閣浮御堂内の阿倍仲麻呂像、安倍晴明像を拝めるということで700円を払ってやってしまった。7周回るのももどかしく、中に入ってみると小さな坐像が二つ。まあ、これはこれでありがたさは感じられる。並んでいる位牌の中にはちゃっかり阿部晋三の父、安倍晋太郎の位牌もあった。彼らは阿倍仲麻呂や安倍晴明の子孫なのだろうか。 予想以上に安倍文殊院で楽しんでしまったが、ここまで来たら長谷寺にも寄って行かなくてはもったいない。重文の登廊の佇まいはこの寺ならではの魅力である。徳川家光が再建したという本堂は2004年12月に国宝に指定されたばかり。本尊は巨大な十一面観世音菩薩だが、わらしべ長者に出てくる観音様だ。 時刻は16:30。このところ早上がりが続く遠出ばかりだったが、今回はかなりの充実感がある。名阪国道、東名阪、中央道と来た道を戻って帰宅したのは20時ちょうどだった。 |
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