2006.1.3 Tue

2005年の12月はドライブに出かけず、11月のドライブは関東・東北方面。もう、2ヶ月も中央道・名神方面へドライブに出かけていない。だらだらした年末年始の生活に刺激を与えるべく、突然思い立って、京都方面へと出かけた。夜中の3時30分に家を出てETC深夜割引を適用させる。途中、雪や雨が落ちてきたが、路面につもるほどではない。大津SAで朝食。京都南ICでおり、ガソリンを補給して国道9号、そして惜しげもなく京都丹波道で北へ行く。

亀岡をすぎると雪が降ってきた。最初の目的地、京丹波町の大福光寺のあたりでは、道も真っ白に雪が積もっている。ここの重文の多宝塔が目的だったが、雪の中の朱塗りの塔はとても映える。2001年に来たときは土砂降りの雨だったが、そのときは多宝塔がプラモデルのように軽く見えたものだ。

次の目的地は亀岡市の出雲大神宮。丹波一宮だ。2005年9月の隠岐一宮以来の一宮。複数一宮があるところすべてを網羅しているわけではないが、いよいよ、一宮のコレクションは播磨一宮を残すのみとなった。雪は舞っている程度でつもっていなかったが、拝殿は修復中だった。一宮だというのに初詣客がかなり少ない。

明智光秀が築城した亀岡城にも寄ってみるが、宗教法人「大本」の所有地となっており、なかなか見事な石垣の見える本丸あたりは禁足地となっている。引き取り手のない荒城を引き取って整備してくれたのだから文句を言うことはできないが、お城は誰でも利用することができる公園として整備されているのが一番よいと思う。

混雑しているであろう平安京はさけて京都市内とは言ってもはずれにある善峰寺へ。犬公方・徳川綱吉の生母・桂昌院ゆかりの寺で戌年のスタートにはふさわしい。見所の多い寺でコースに従って一回りしてみた。日本一の松を謳う遊龍の松は松くい虫のため15m切られたが、それでも見事な枝ののばしぶりである。重文の建造物は多宝塔のみ。「所さんの目が点」で鋳造した大仏を見つけることはできなかった。楽しみにしていただけに残念。

さらに山沿いを進んで菊花賞の時にパスした大山崎の宝積寺。ここまで、回った寺社はほとんど初詣客がいなかったが、ここはそれなりに人がいた。天王山登山を考えなくはなかったが、今回は初詣中心に考え割愛する。

次は宝積寺からほど近くの水無瀬神宮。後鳥羽天皇の離宮があった場所とのことで祭神は承久の乱で隠岐に流された後鳥羽天皇と土御門天皇、順徳天皇。いよいよ、神宮も白峯神宮と英彦山神宮を残すのみとなった。水無瀬神宮は神宮の中ではもっとも規模の小さな部類にはいるのではないか。駐車場もわずかしかなく車を駐めるのに難渋してしまった。他の神宮に比べれば初詣客は少ないだろうが、今日訪れた寺社の中ではもっともにぎわっている。奮発してお守りのほかに\2000の破魔矢も買ってしまった。

大山崎ICから京滋バイパスを利用して木造塔を持つマイナー寺院、和束町の金胎寺へ向かう。ここからは国道24号に沿って南下していく。途中、早めに昼食をとるがヒレカツ定食でかなりもたれてしまった。この寺は鷲峰山の山頂付近にあり、山を登っていくと日陰には大分、雪が残っている。寺のあたりでは霰も降っていた。重文の多宝塔だけでもよかったのだが、山頂まで登って重文の宝篋印塔も拝んできた。さすがにこの寺に初詣しようという物好きな人はあまりいない。

山を南側に下りて加茂町に入り、次は国宝の五重塔が売りの海住山寺へ。すれ違い困難な細い道を通るが、結構、車で向かう人が多い。夕方は五重塔が逆光になるので早めに来たつもりだったが、既に正午過ぎで逆光気味となっていた。ここの五重塔は屋外の国宝の五重塔では室生寺に次いで小振りであるが、なかなか風格がある。海住山寺の麓はみかの原と呼ばれ、聖武天皇が遷都した恭仁京があったところ。小学校の裏手に大極殿跡がすぐに見つかった。4年余りで廃都されたあとは、大極殿は山城国国分寺の金堂として利用されたという。加茂町には海住山寺五重塔、浄瑠璃寺五重塔の二つの国宝のほかに重文の岩船寺三重塔もある。横浜三渓園に移築された旧燈明寺三重塔も加茂町にあったもの。どうしてこの町にこんなに文化財が集中してあるのか不思議に思っていたが、かつての都だったのだから納得だ。

勿論、人気どころの浄瑠璃寺もはずせない。正月三が日は国宝三重塔内の薬師如来と本堂内の吉祥天像が特別公開されているのだからなおさらだ。浄土池を挟んで小ぶりの三重塔と本堂(九体阿弥陀堂)が対峙するこの寺のたたずまいは私のお気に入り。平安時代にたくさん作られたという九体阿弥陀如来像の唯一の現存例で、中央に丈六阿弥陀如来、その左右に4体ずつの阿弥陀仏が配されている。勿論国宝で浄瑠璃寺は別名、九体寺とも言われる。せっかくなので岩船寺の三重塔もチェック。2002年に塔内の壁画も含めて一億一千万円かけて修復・復元されたのだそうだ。

時刻は午後3時。浄瑠璃寺の本山、西大寺へと向かったが、奈良市内は大変な渋滞。ここまで渋滞なしでこれた方が幸運というものかもしれない。西大寺の近くもショッピングセンターへ向かう車が列を作り、おまけに道に迷ってしまって、西大寺に到着したときは既に16時過ぎ。拝観はかなわなかった。立派な塔の礎石と基壇が印象に残る。

国道24号をたどって夕食、そして国道24号沿いの奈良健康ランドに投宿。正月は5日まで入館料金\2000。今までずっと\1000で利用していて\2000払うのは初めてだ。久しぶりに足つぼマッサージもやってしまう大盤振る舞い。


2006.1.4 Wed

朝風呂に入って6時前に出発。ローソンで朝食を済ませ、国道24号をひた走る。8時過ぎに根来寺に到着。しばし、仮眠をとる。拝観は9時10分から。三が日は\200の特別料金だったが、この日からは通常の\500。大伝法堂から国宝の大塔の内部に至るまでくまなく見て回った。大塔には秀吉の紀州攻めの際の火縄銃の弾痕が生々しく残っている。光明殿の方に回り、庭園や行者堂、聖天堂も見て回ったが、あいにく聖天池は浚渫工事中だった。少し離れた大門までチェックして、次の粉河寺へと向かう。

粉河寺では駐車料金\500を取られてしまうが、本堂前の石段の左右に広がる名勝の石庭はこの寺ならではのもの。重文の建造物も多く参拝客は絶えない。粉河町は合併で紀の川市となっているが、同じ紀の川市内に紀州一ノ宮でいまだノーチェックだった丹生都比売神社がある。道路標示には世界遺産と記されていた。チェーン規制の高野山はパスして早速向かうこととした。本殿は社が四つ並ぶ春日造りで楼門とともに重文に指定されている。九度山から高野山町石道が続いているとのこと。九度山の真田庵だけはチェックしたいと思っていたが、参詣道の起点の慈尊院もチェックせずにいられない。

慈尊院の重文の弥勒堂には国宝の弥勒菩薩が安置されていて参詣に出かける前に拝んでいくのが習わしと言う。慈尊院境内からのびる石段を上ると丹生官省符神社。ここも本殿は重文で世界遺産に登録されている。石段途中の石鳥居の脇には一町置きに建てられている町石(ちょういし)がある。これが180町目のもの。高野山から丹生都比女神社を経て慈尊院まで一町置きにずっと町石が立てられていてそれがほぼ現存するというのだから驚きだ。177町目の町石まで高野山町石道をたどってみた。この参詣道を踏破するというのも老後の楽しみとしては面白いかもしれない。

真田庵は関が原の合戦後、真田昌幸・雪村父子が幽閉されていた居所。真田宝物資料館に入れたわけでもなく特別な感慨はない。国道24号を進み奈良県内にはいってマクドナルドで昼食。御所市でいつも気になっている水平社博物館に寄ってみたが、1月4日まで休館だった。橿原市内などかなりの渋滞だったのであとはどこにも寄らず名阪国道経由でまっすぐ帰宅。

根来寺大門

根来寺大塔(国宝)

根来寺大塔の弾痕

粉河寺石庭と本堂

丹生都比売神社

慈尊院弥勒堂(重文)

丹生官省符神社・町石

高野山町石道と町石

真田庵

 
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