2006.9.18 Mon


高騰が止まらないガソリン代に恐れをなし、ドライブを手控えていたが、真田太平記読了を祝して、近場の真田氏ゆかりの地を回ることとする。せっかくの日曜日は痛飲がたたって1日寝て過ごしてしまった。大いに睡ってすっかり体調が回復したため、早朝5時50分に出発。台風13号の接近で各地に雨が降っているが、不思議なことに上田市は1日通して曇り予報。

何をさておいても行かねばならないスポットが、真田幸村隠しの湯である石湯。しかしその前にせっかく近くを通るので、前山寺には立ち寄った。寓居からわずか50分で到着。未完成の三重塔は重文。この寺はくるみおはぎが有名だが、予約が必要だし、午前10時からなので今回は割愛。近くに塩田城もあるので立ち寄ってみたが、城址碑の上の方は個人所有の山なので立ち入り禁止となっていた。鎌倉期の塩田北条氏の居城で、真田太平記にも戸石崩れのくだりで登場するが余り執着はない。

別所温泉の駐車場では正直に400円を支払って石湯へと向かう。池波正太郎揮毫の「真田幸村公 隠しの湯」の石碑がまぶしい。150円でしばし朝風呂を楽しんだ。真田太平記の中では、真田幸村は此所で初めての情事に及ぶんだよね。小さめの湯船だが岩風呂で風情がある。信州の温泉にありがちな癖のない泉質。

国宝を抱える安楽寺の拝観は8時からなので、近くの北向観音と常楽寺を回ってみた。南向きの善光寺だけでは片詣りになると言うことでそれなりににぎわうスポットの北向観音だが、さすがに早朝は閑散としている。常楽寺の売りは石造の重文・多宝塔。常楽寺から安楽寺にかけての遊歩道からは、塩田平から上田の砥石城まできれいに見渡せた。

8時を回っているので満を持して安楽寺に出撃。全国的にも誇りうる珍しい八角三重塔を持つ安楽寺だが、真田太平記の中でも真田の草の者の宿泊場所として重要なスポットとなっている。木立の中から見る三重塔はすごく美しいのだが、写真に撮ると露出アンダー。近くによるとさえない写真しか撮れず何とももどかしい。これで別所温泉に別れを告げ、次に向かうは上田城。

徳川を2度退けて名城の名をほしいままにしている上田城だが、長野県内では余り評価が高くない。駐車場に駐めてある車も県外ナンバーばかり。大体、全国区の人気を誇る真田幸村が、長野県人にこよなく愛されている県歌「信濃の国」に出てこないのだから推して知るべしだ。真田信之が松代移封の際に持ち去ろうとして不動であった要石の真田石をチェックして櫓門をくぐると既に櫓は開いていた。迷わず、5館共通券を購入。真田太平記を読んだ直後なので展示物の何もかもが興味深い。城内にある神社は私の好みではないのだが、今回はきっちり、太郎山に抜け道が続いているという真田井戸もチェックしてみた。西櫓横から下におり、ぐるっと遊歩道を歩いて、再び城内に戻り山本鼎記念館へ。山本鼎の農民美術はさらっと鑑賞して隣の上田市立博物館。大坂夏の陣屏風や歴代藩主の甲冑に見入ってしまう。

上田城の近く、宝泉寺には真田信幸の正室、小松殿の墓がある。死没した鴻巣で三つに分骨され、鴻巣、沼田にも墓があるという。本多忠勝の娘で徳川家康の養女として嫁いだだけあって、宝泉寺には葵の御紋が光り輝いていた。案内に従えば、宝篋印塔の墓に容易にたどり着く。上田城を東側に回り込むと、信幸も政務を執った上田藩主居館跡もある。ここは、現在、上田高校になっている。

10時を優に回っているので満を持して、池波正太郎真田太平記館へ。私が大学時代以降、ずっと過ごしている信州をこよなく愛し、私が生まれ育った上州が舞台の作品をいくつも著わしている池波正太郎氏は今では私にとって最も大きな存在の作家となっている。大河小説「真田太平記」でも上信二州は舞台の中心。上田に真田太平記館が建てられたのは必然というものだろう。新潮文庫のカバーの絵の原画が展示されていたが、池波正太郎氏の筆になるものとは知らなかった。十二支分の年賀状もあり、氏の絵画における造詣の深さが伺える。近隣の城址のビデオをチェックしたあとは、特別展の〈写真展〉池波正太郎〔忍者もの〕の舞台を歩く。池波正太郎の忍者小説「忍者丹波大介」と「火の国の城」に描かれた舞台「京都・大阪・上田・甲賀・熊本・丹波山村」などが写真で紹介されている。両書とも読破しているので興味津々。忍者の武器なども展示されていた。忍忍洞はさらりと通過して、蔵の中のシアターで35分のビデオをじっくり鑑賞。真田太平記のストーリーはだいぶはしょられている部分があるが、週刊朝日連載時のイラストがふんだんに使われていてしっかり楽しめる。隣の蔵はそのイラストのギャラリー。期待通りの真田太平記館であった。

すっかり長居をしてしまったので、既に正午をまわっている。近くのそば屋で昼食。出石に伝授した本家の信州蕎麦を上田の地ではずすわけにはいかない。食後は少し北に行くとある大輪寺。ここには真田昌幸の正室、山手殿(寒松院)の墓がある。昌幸の浮気にジェラシーストームを炸裂させる強烈な性格の奥方だが、晩年はなかなか味のある存在だった。

国道18号を少し東に進むと、今度は信濃国分寺。重文の三重塔目当てで2度ほど訪れたことのある国分寺だが、ここも真田太平記ゆかりの地。関ヶ原後に信幸と昌幸の対面が行われている。幸村に「信之」への改名を告げるのも此所だった。毎月8日に金光明経の読経が行われ八日堂と通称されるお寺である。古代の国分寺は現在の国分寺より南に下った所にある。上田市立信濃国分寺資料館にも5館共通券で入れるので寄ってみたが、私以外には全く客がいなかった。勿論、真田太平記館系の展示があるわけではない。上田城と真田太平記館のみで5館共通券500円の元はとれてしまうので、ここまで足を伸ばす人はかなり少ないのだろうと想像される。

いよいよ、上田の市街地を離れ池波正太郎真田太平記館と並ぶ本日のメインターゲット、砥石城へ。ロードマップに載っていないのでたどり着けるか不安だったが、案内表示もありすぐにたどり着くことができた。武田信玄が信濃の制覇を進めていた頃、村上義清の出城だった砥石城は戸石城とも表記される。順調に勢力を拡張してきた信玄が村上義清に手痛い痛撃を受けた上田原の戦いに続き、村上義清に完敗した戸石城の戦いを戸石崩れと言いならわしているが、真田太平記は「砥石城」の表記を採用しているため、城の表示案内板は殆どが「砥」の字に直されてしまっている。数日雨が降っていないと見えて砂が乾いており非常に滑りやすい。馬場跡の米山城との分岐から砥石城まで15分の表示。実際にはそんなにかからなかったが、かなり急峻な上り坂で、すっかり疲労困憊してしまった。その先の本城跡、枡形城まではなだらかな道で一息つける。枡形城からは真田氏発祥の地を見下ろすことができる。来た道を戻って米山城にも足を伸ばしてみた。ここには村上義清の碑が建っている。米山城、砥石城、本城、枡形城の4城を合わせて砥石城、または砥石・米山城と総称するそうだ。戸石崩れの翌年、真田昌幸の父、真田幸隆が謀略によって砥石城を手中にしている。真田太平記では勿論、真田氏の重要な拠点となっており、第1次上田合戦では信幸が、第2次上田合戦では幸村が砥石城に入って素晴らしい戦果を上げている。

砥石城攻略という宿願を果たしたあとは、平成の合併によって上田市となった旧真田町へ。いわずと知れた真田氏発祥の地である。真田氏記念公園という小公園には幸隆・昌幸・幸村のレリーフがあったが、信幸が除外されているのは何とも残念だ。そしてお屋敷公園へ。ここには、真田氏歴史館と真田氏館跡がある。真田氏歴史館の展示は、真田氏一色でNHKドラマ「真田太平記」で使用された甲冑や、昌幸、信幸、幸村の肖像、大坂夏の陣図屏風などお宝が満載。非常に楽しめた。真田氏館跡には皇大神宮が建てられているが土塁など、比較的良く残されている。ほど近くの真田氏本城跡にも足を伸ばした。平時は居館、戦時にこの本城に籠もるという。ここからは砥石城が非常によく見える。

まだまだ時間にゆとりはあるので真田幸隆、昌幸の墓のある長谷寺、そして昌幸の兄で長篠合戦において討ち死にした信綱・昌輝の墓がある信綱寺にまで立ち寄った。真田氏の墓がある寺は建物が新しく今ひとつ風情に欠けるが、信綱寺の黒門はなかなか素晴らしい佇まいだった。

1日、すっかり楽しむことができたので翌日に備えて沼田へと向かう。上田と沼田を結ぶ道としては日本ロマンチック街道があるが、軽井沢経由というのは気がすすまない。素直に国道144号で鳥居峠を越えていくことにする。この道が真田氏が上田と岩櫃、沼田を行き来する時に通った道なのだから。鳥居峠には猿飛佐助修行の地の大きな看板もあった。

嬬恋村を経由して長野原町からはロマンチック街道の国道145号となる。長野原町には私が小学校時代に幾度となく連れて行ってもらっていた川原湯温泉がある。せっかく風呂道具をつんできているので、公共浴場・王湯に入っていくこととした。71℃〜80℃という高温の温泉のため、加水しているが、強烈な硫化水素の臭いが立ちこめている。草津近辺の温泉に特徴的だと思うが、私など、この臭いがないと温泉という気がしない。内湯、露天ともに楽しんだ。川原湯温泉は硫化水素の臭いが立ちこめる趣深い小さな温泉街だが、八ツ場(やんば)ダムが完成すると水没する運命にある。この温泉街を犠牲にし、国道145号とJR吾妻線を付け替え、耶馬渓をしのぐと豪語する吾妻峡の一部まで犠牲にしてまで巨額な金を使い作る必要があるダムなのかどうか、考え直した方がよいと思っているのは私だけではないだろう。2010年完成だとしたら早いうちに吾妻渓谷を訪れ、吾妻線の完乗も果たさねばならない。水没までに後何度、川原湯温泉にはいることができるだろうか。

ロマンチック街道を辿って沼田に到着。ガソリンを入れてから辛味噌ラーメンを夕食としてとる。泊は2000円の健康ランド。


前山寺本堂

前山寺三重塔(重文)

塩田城跡碑

別所温泉・石湯

別所温泉・北向観音

別所温泉・常楽寺

常楽寺石造多宝塔(重文)

常楽寺付近より塩田平

安楽寺八角三重塔(国宝)

別所温泉・安楽寺

上田城北櫓と真田石

真田神社と真田井戸

上田城・西櫓と南櫓

上田城内・山本鼎記念館

上田城内・上田市立博物館

上田・芳泉寺

芳泉寺・小松姫墓

上田藩主居館跡

池波正太郎真田太平記館

上田・大輪寺

大輪寺・寒松院(山手殿)墓

信濃国分寺三重塔(重文)

信濃国分寺本堂

信濃国分寺資料館

信濃国分寺跡

上田・砥石城

砥石城より上田市街

上田・枡形城

上田・米山城

真田氏記念公園

真田氏歴史館

真田氏館跡

真田氏本城跡

真田氏本城跡

真田氏本城跡より砥石城

真田・長谷寺

真田幸隆・昌幸墓

真田・信綱寺黒門

真田信綱、昌輝墓

川原湯温泉

川原湯温泉・王湯






2006.9.19 Tue


早起きして、めざにゅ〜の天気予報を確認。曇りや雨の予報が多い中、群馬県は貴重な晴れのエリアになっていた。朝風呂に入って6時に出発。セブンイレブンで朝食を調達。沼田は青空が広がっていたが、吾妻方面の山は雲に覆われていた。とりあえず、沼田城へ。真田太平記の主人公とも言える真田信幸の居城だ。前回の訪問では見逃していた内堀跡や、天守付近、本丸西櫓跡をチェック。信幸の時代には5層の天守を持つ関東でも有数の特別な城だったが、沼田藩が改易となった際に沼田城は徹底的に破却されてしまった。西櫓跡の石垣が埋没して残っていたのは不幸中の幸いというものだろう。平八石は真田昌幸の謀略で討ち取られた沼田平八郎の首を載せたという石で、真田太平記ゆかりの物件。

沼田を後にしようと思った所、大蓮院墓、鈴木主水墓の表示を見つけ、急遽、正覚寺に赴いた。案内が全くなく、大蓮院(小松殿)の墓は何とか見つけることができたが、鈴木主水の墓は見つけることができなかった。北条氏に名胡桃城を攻めさせ北条攻めの口実を作るための謀略の犠牲となった鈴木主水、息右近は終生、信幸に仕え最後は殉死するという真田太平記における重要人物の墓だけに未練が残る。

気を取り直して、鈴木主水ゆかりの名胡桃城へ。天気が悪かったらこの城はパスしようと思っていたのだが、素晴らしい晴天が広がっていた。北条攻めの原因ともなったこの城の本丸は地滑りの危険があったようでコンクリート吹きつけによる整備が施されていた。むき出しのコンクリートは無粋きわまりないが、植栽も施されており、そのうち緑に覆われていくのだろう。かつての本丸に比べると広々として眺めは良くなった。

次は、この日最大のターゲットの岩櫃城。真田氏にとって上田城(砥石城)と沼田城を中継する重要な城である。戦国期の山城故、勿論天守などないのだが、麓には城郭様建築の岩櫃城温泉がそびえていた。思わずチェックしていよいよ岩櫃城に挑んでいく。かなりの困苦を強いられるかと思ったが、砥石城に比べると登坂がかなり楽。登山道としても整備されているので歩きやすかったが、蜘蛛の巣がやたらと張ってあって辟易した。さらにニホンザルの大群。殆どの猿は逃げていくが、ボスザルらしき雄ザルは残ってにらみをきかせていたのでかなりどきどきした。二の丸付近の展望所からは吾妻川を望むこともできる。城の各郭の表示板はさびていて古ぼけていたが、本丸跡の碑は立派だった。山頂の方に猿が逃げていったので、岩櫃山頂上制覇は断念。吾妻川の対岸から岩櫃山の遠望を収めるにとどめた。

真田太平記とは全く関係ないが、岩櫃城から南に向かって山を登っていくと榛名湖に出る。榛名湖は上毛三山の1つ、榛名山の外輪山の中にあるカルデラ湖。頭文字Dには秋名湖として登場する。せっかくの好天なのでロマンチック街道からはずれて寄っていくことにした。榛名湖は小学生の時にはしばしば連れて行ってもらっている。カルデラのセントラルピークである榛名富士にはロープウェイが架かっており、小学生の時のお気に入りだった。その当時とはゴンドラが変わっていてスキー場のゴンドラリフトが二つつながったような特異なロープウェイに様変わりしていた。迷わず、ロープウェイに乗り込む。少し霞がかかって眺望は今ひとつ。山頂の榛名富士山神社もかなりしょぼかったので写真は撮っていない。

もう十分すぎるほど、堪能し尽くした2日間のドライブになったので、おとなしく帰路についても良かったのだが、最後の最後に松井田城に立ち寄ってみる。北条攻めの時に攻め落とされる城でたいしたことはなかろうと踏み込んでみたが、殆ど整備がされておらず、非常に難渋。蜘蛛の巣には勿論悩まされたし、雨で土が流され木の根がむき出しになっている様は蛇のように見えて気持ち悪い。更に先に進むとイノコヅチが道に沿ってずっと生えている。苦労して二の丸、本丸にまでたどり着いたが、薄暗い中で撮った写真は殆どピンボケになっていた。

最後の最後でミソが付いてしまったが、松井田ICから上信越道に入り、横川SAで昼食。これもちょっと不満足。佐久ICからは通い慣れた和田峠経由で素直かつ順調に帰宅した。

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