城作りの名人、加藤清正が築いた天下の名城。三名城に数えられ、特別史跡にも指定されている。
西南戦争の折に大天守と小天守は焼失してしまったが、三のお天子とよばれる宇土櫓は残り、
重要文化財に指定されている。ほかにも重文の遺構は多数残っている。美しい曲線を描く石垣も見事。
            2007年の築城400年には間に合わなかったが、2008年4月より本丸御殿の公開が始まった。

大天守・小天守

宇土櫓より

頬当御門より

二様の石垣より

竹の丸より

二の丸より

二の丸より

竹の丸より

竹の丸より

宇土櫓(重文)

飯田丸五階櫓(復元)    天守を自分に見立てた清正は、櫓に家臣の名前をつけた。
                        飯田丸は重臣・飯田覚兵衛に因む。

備前堀より

数寄屋丸より

備前堀より

備前堀より

本丸御殿(復元)

数寄屋丸二階御広間より

地下通路入り口

本丸より

数寄屋丸二階御広間より

東竹之丸より

若松の間

昭君の間

昭君の間

昭君の間格天井

復興建造物

二の丸

二の丸御門跡

未申櫓

戌亥櫓

戌亥櫓

戌亥櫓

西大手門、元太鼓櫓

南大手門

西大手門

石垣遺構、その他

二様の石垣

二様の石垣

竹之丸より東竹之丸へ

首掛け石

遠景
ライトアップされた宇土櫓

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