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| 2004.9.10 Fri 上諏訪発18:59 JR九州管内の周遊きっぷのゾーン券から九州新幹線がはずされたのとは対照的に超割購入時のみに買える九遊きっぷには九州新幹線が組み込まれた。値段は勿論、3000円から5000円にアップしたが、5000円で一日、JR九州の列車が乗り放題というのは魅力的。アプローチ券に比べ超割航空券の方が遙かに安いし、今後、九州で周遊きっぷを利用することは殆どなくなるのではないかと思っている。 4週連続で土曜日に仕事が入っていて久しぶりの遠出。航空機利用は7月の超割以来、2ヶ月ぶりで浮き立つ気持ちに台風19号が水を差していたのだが綺麗に消滅してくれていた。前線の活動が活発とやらですぐれなかった週間予報もいつしか好転していた。出発前日には来月の三連休パスを購入したがあいにく9日のはやて1号は満席。みんな考えることは同じと見える。サイバーステーションの空席情報で気長に待てばよいと思っていたが、臨時のはやて91号には空きがあった。あずさの回数券で前日に上京すれば問題はすべて解決する。10日、17時の退勤時刻と同時に駅に向かい、最後の1席というはやて91号のグリーン席をゲットした。いったん家に戻り夕食をとって出発。駐車場になかなか車がとめられず、あせってこすってしまうというアクシデントもあったが、最高の気分での出発となった。 |
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| 2004.9.11 Sat 新宿発4:42 品川発5:26 東京国際空港6:55−ANA619便−鹿児島空港8:35 (連絡バス) 国分発9:55 隼人発10:02 吉松発11:37 人吉発16:08 ◇肥薩線完全乗車 新八代発17:15 鹿児島中央発18:41 新八代発19:31 (市電) 早朝のフライトだが、いつものごとく余裕の始動。自然に3時には目が覚めてしまうのだ。朝食は空弁。ANA Festaでマイレージカードを提示すると1000円以上の購入で一割引。更に電子マネーEDYで決済するとマイルもたまる。朝から少し重いと思ったが、ヒレロースカツ弁当。 今年になって7回目の羽田空港だが、初めて晴天をはずして本格的な曇天。富士山の頂上が、雲の上に突き出していた。多少気流が乱れていてゆれはあったが、至って順調なフライト。台風の心配を本気でしていた一週間前がうそのようだ。日本一、着陸が難しいという鹿児島空港に無事到着。青空ものぞいている。連絡バスで国分駅。超割の搭乗半券を呈示してはじめての九遊きっぷの購入。てっちゃんに徹する一日のスタートだ。まずは日豊本線の普通列車で隣駅の隼人へ。日豊本線と肥薩線の分岐駅である。ここから特急はやとの風に乗り込むのだ。普通車両の改造だというのでさほど期待はしていなかったのだが、漆黒のボディに木をふんだんに使った内装はなかなかのもの。簾状の窓の日よけは九州新幹線のつばめと同じだ。窓の大きな展望に向いたコモンスペースもあるが吉松までの肥薩線はさほど車窓の眺めが良いわけではない。ほぼ満席の状態だったが、座席は確保できたので自席で地ビールを頂きくつろぐ。降車間際には土日限定販売というスイートポテトも買っておいた。吉松駅での待ち時間が結構あるのだ。青空が広がり心地よい風を楽しみながらしばし休憩。人吉までは35kmを1時間14分かけてゆっくり走る観光列車しんぺい。自由席は普通の車両でちょっとショック。本来のいさぶろう・しんぺい号の車両はすべて指定席。この日は満席だという。自由席だってほぼ埋まっているのでかなりの人気だ。いよいよ出発。 いくつものトンネルを抜けていくといきなり停車。復員兵を乗せた蒸気機関車が坂を上れなくなりトンネルの中で立ち往生、煙で苦しくなり線路上を出口に向かったことに気付かず、運転士が列車をバックさせて起こった悲惨な事故の殉難碑の説明が流れる。そして暫く行くといきなりのメインイベント、日本三大車窓の大パノラマだ。あいにく、雲がかなりかかっていた。晴れていれば韓国岳など、どれだけ美しく見えることか。それでも運転手さんが乗客に説明までしてくれるサービス付き。はるかかなたに桜島もうっすら見えることを教えてもらった。三大車窓のうち篠ノ井線の姨捨駅付近は大学時代、頻繁に利用していたのでよく知っているが列車本数が多いし高速のSAからも同じ景色が拝めるのであまりありがたみがない。臨時のしんぺいをいれても一日4本しか列車が走らない肥薩線はやはり鉄道マニアにとって魅力ある路線といえるだろう。これだけでなく更にお楽しみが待っているのだ。真幸駅はめでたい駅名ということで幸福の鐘があり長い停車時間に皆、鐘を鳴らしまくっている。私はこういうのにはあまり興味がない。第一矢岳トンネル前でも停車、難工事の末開通した同線に時の鉄道院総裁、後藤新平の石額「引重致遠」が掲げられている。これは先頭の自由席でないと見ることができないのでラッキーだった。ちなみにトンネルの反対側は逓信大臣・山縣伊三郎の石額「天険若夷」だ。トンネルを抜けると矢岳駅。ここでもたっぷり停車するので、SL展示館のD51を覗いていくことができる。まだまだ楽しみは尽きない。三大車窓と並ぶ肥薩線の魅力、大畑(おこば)のループ+スイッチバックだ。ループ手前で停車し、眼下のスイッチバック線を眺めさせてくれる。ループ線からは人吉盆地も眺めることができる。大畑駅のホームには水盤があり風情がある。大畑駅の次は終点・人吉。こんなに楽しい列車の旅は初めてだった。観光列車でどんどん人を集めてくれぐれも肥薩線が廃止されることのないようJR九州にはお願いしたい。 この日の目的地は人吉のみ。3時間あれば駅からちょっと遠い人吉城も余裕でチェックできると思っていたが、2004年4月から楽チャリという電動アシスト自転車のレンタサイクルサービスをJR九州がはじめていた。JR利用者(レンタサイクルを利用する人は殆ど鉄道利用者だと思うのだが…)は2時間300円。早速利用してみることとした。電動アシスト自転車は初体験。これを常用していては足がなまってしまう。まずはゆうれい寺の永国寺。幽霊の絵より、西郷隆盛の位牌のほうに興味がある。西南戦争の時に本営がおかれ西郷が33日間在陣した縁によるものか。近くの武家蔵(武家屋敷)はお休み。西南戦争時、西郷が宿舎として利用したという。堀合門は人吉城から移築されたもので現存する唯一の人吉城の建造物。 武家蔵のお向かいは球磨焼酎の醸造会社で無料で見学・試飲ができる。工場内は麹の香りだと思うが球磨焼酎独特の香りが立ちこめていた。自転車も飲酒運転になるので試飲せず、一番の売れ筋商品をお土産として購入した。そのまま道を直進するとお目当ての人吉城。最近、復元した櫓の漆喰がやけにはげている。きっと台風18号の被害なのだろう。更に進むと立派な石垣が見えてきた。武者返しがついている。球磨川河畔に建つ人吉城は小藩には不釣合いなくらい規模が大きい。薩摩への押さえという意味があるのだろう。城内は杉の大木が何本も折れていた。これは間違いなく台風の被害だ。最後、駅の近くの青井阿蘇神社を目指すところで突然の土砂降り。しばし雨宿りをして何とか通り雨をやり過ごした。青井阿蘇神社は重文の建造物がいくつもあるなかなか雰囲気の良い神社だ。ゆとりを持ってレンタサイクルを返却。 自転車で楽に回ってしまったのでまだ一時間以上、時間がある。駅前で15時のからくり時計を見てから、遅い昼食の場所を物色。おいしい球磨焼酎の飲める店を少し探してみたが、見つけられなかったので駅弁の鮎寿しを買って駅の待合室で食べる。お土産の球磨焼酎も開けてしまってキャップで一杯、ちびりとやったところで、飲酒喫煙禁止の張り紙を発見。そそくさと焼酎をしまいこむ。 肥薩線の残りの区間は九州横断特急。人吉−八代間は日本三大急流の一つ、球磨川沿いに走り川線と呼ばれている。肥薩線完乗を果たしたあとはせっかくの乗り放題の切符を有効活用するため、つばめに乗って鹿児島中央へ。新八代での在来線から新幹線への乗り継ぎはいったん駅の外に出なくてはならず、4分の乗り継ぎでは忙しかった。車内に駆け込んでみるとつばめの自由席は気の毒なくらい空いている。周遊きっぷで乗れるようにしても全く差し支えないと思うのだが。周遊きっぷの売り上げは間違いなく伸びるだろう。短い乗車時間だが、お土産の球磨焼酎をちびちびとやってその香りを楽しんだ。 鹿児島中央駅着。雨が降った後らしく、虹が出ている。鹿児島中央駅にも楽チャリがあった。今度、鹿児島市内観光で城山に登る際、ぜひ使ってみようと思う。せっかく鹿児島にきたので駅でザボンラーメンを食べてみた。普通の鹿児島ラーメンとさほど変わらぬ味だがちょっと麺をゆですぎている感じ。自分用のお土産に大好きなかるかんも買ってみた。ちなみに職場へのお土産は人吉の焼酎饅頭。 宿泊地の熊本ではやはり、熊本の郷土料理を食べておきたい。しかし意外とメニューに辛子レンコンが載っている店はなく、安易ではあるがるるぶに載っている店にしけこんだ。揚げたての辛子レンコンはやはりとってもおいしい。土産で買ってレンジでチンという代物とは次元が全く別の味。更に競馬ファンとしては涙を呑んで馬刺しも注文。たてがみの部分の脂身は初めてだ。球磨焼酎の香りも楽しんで熊本の味覚を堪能することができた。歩いて宿に向かう途中で熊本城のライトアップもすかさずチェック。 |
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| 2004.9.12 Sun (市電・レンタカー) 熊本空港15:50−ANA646便−東京国際空港17:40 羽田空港発17:50 品川発18:22 新宿発19:00 目が覚めると既に5時半。しっかり睡眠がとれて爽快だ。ゆっくり朝風呂に入って、6時半に出発。市電の停留所まで歩いていく道すがら、熊本城前の横井小楠を取り巻く群像と谷干城の銅像をチェック。横井小楠が坂本竜馬や勝海舟を脇に追いやっているのだからたいしたものだ。谷干城の銅像はかつては大天守をバックに写真を撮れたのだが、本丸御殿復元に伴い引越ししたのだろう。それにしても三度目の熊本来訪で初めて熊本城登城をパスしてしまうのは私の一番好きな城だけに何とも心苦しい。
市電に乗ってレンタカーの営業所へ。超割購入時の予約はキャンセルしておいたのだ。空港までのバス代を浮かすことができた。レンタカーの値段も新規の予約のほうが安かった。まずは菊池市を目指す。途中セブンイレブンで朝食を調達。 中世以来の菊池氏の居城、菊池城は現在、菊池神社となっている。そして隣町、菊鹿町の鞠智城は白村江の戦いでの敗戦で築かれた古代朝鮮式山城。金田城や基肆城、大野城の仲間だ。山頂部がかなり広大で、たくさんの建物跡が発掘されている。推定復元の鼓楼がシンボル的存在。9時半開館の創生館も見ていく。案の定、金田城の展示はあった。2003年に南門跡が発見されたばかりだという。確かに工事はしていた。二度と行くまいと思っていたたが、整備が施されるようだったら再訪する気になるかもしれない。 熊本で熊本城の次に行きたいと思っていたのが田原坂。ようやく念願がかなう。田原坂に向かう道では電柱が何本も連続してかたむいていて台風被害の大きさを窺うことができた。カーナビが不調で少し大回りしてしまったが、官軍墓地、薩軍墓碑と見てまわる。薩軍の墓碑のほうが立派に思えるのだが、九州ではやはり薩軍びいきなのだろか。田原坂公園に入ると真っ先に目に飛び込んでくるのが弾痕の家。隣接の資料館にも当然寄っていく。熊本城天守にも同様の展示はあるのだが、空中かちあい弾の展示もあった。空中で弾と弾がぶつかるなどということは普通ありえないのだが、それだけすさまじい密度で銃弾が飛び交っていたということ。慰霊碑、美少年馬上像、崇烈碑、そして田原坂と一通り見てまわった。当時、官軍が大砲を引いて熊本に入るための唯一の道だとかで、熊本城の弱点の方向だということで加藤清正が敵を防ぎやすいように隠れる場所を人工的に築いた坂だという。 本当は天気が悪かったら献血をと考えていたが、あまりの天気のよさに田原坂と同じくらい行きたかった通潤橋へも繰り出すことに意を決した。正午の観光放水にぎりぎり間に合うだろうか。植木ICから高速に乗り御船ICでおり、ひたすら矢部町を目指す。正午を少し回ったところで通潤橋に到着。大勢の観光客でにぎわっていた。山沿いは結構雲が広がっていて青空をバックに写真を撮ることはできなかったが、迫力満点の放水を堪能することができた。観光ポスターを上回る感動を得られる有名観光地はなかなかないが、ここはかなりお薦めの部類に入るかもしれない。12時15分に放水終了。道の駅で昼食をとる。暫くはだらだらと水が落ちていたがやがて完全に止まった。 後はゆとりを持って石橋チェック。単一アーチの石橋としては日本最大級の霊台橋、緑川流域で十指にはいる古い石橋・馬門橋の二つを厳選してチェック。更に宇土城にも寄り道してみた。小西行長の居城ということで銅像があった。熊本城の重文の宇土櫓は宇土城天守だったと言うのはかなり有名な話である。 カーナビを熊本空港にセットするとかなりぎりぎりの時間。ところがこんなときに限って渋滞に巻き込まれてしまう。予想到着時間がどんどん延びていくのを見てたまらず、高速のインターに向けて大回り。土砂降りの雨にも見舞われて生きた心地がしなかったが、何とか予定時刻17分オーバーでレンタカー営業所に到着。ガソリンを満タンにする余裕もなかったが、1km10円だったら文句はない。15時30分、搭乗手続き完了。何とか間に合ってほっと一息。離陸は同時刻発のスカイネットアジア航空に先を越され、到着は15分遅れ。それでも今回は乗り継ぎに余裕があるので心配ない。新宿駅で軽く食事を済ませて、悠々と帰路についた。 |
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