2004.11.12 Fri

上諏訪発19:02特急スーパーあずさ34号−新宿着21:05


今年は新年を沖縄で迎えた。そこで経験した飛行機の旅にすっかりはまり、2月宮崎、3月鹿児島、4月福岡、7月対馬(長崎県)、9月熊本、10月沖縄と飛行機で九州へと赴いている。お盆にかけては鉄道で佐賀にも赴いているのでここまでで8県中、7県制覇。こうなったら残る大分もと考えるのは私にとっては自然の成り行き。九州新幹線開業の年に誠にふさわしい。長年、あこがれてきた耶馬渓の紅葉を楽しもうとたくらんだ。しかし、あいにくの天気予報。しかも、紅葉の色づきも今ひとつの様子。出発直前、土曜日の天気だけは晴れ予報となった。上諏訪駅で久しぶりの足湯。めちゃくちゃぬるくなっていた。41℃をきっている。どこぞからか苦情でもあったのだろうか。諏訪の温泉は熱さが特徴だというのに。スーパーあずさは3分の遅れ。よく遅れる列車である。しかし新宿到着はめずらしく定刻だった。

2004.11.13 Sat

新宿発4:42(山手線内回り)−品川着5:01
品川発5:26(京急本線エアポート快特)−羽田空港着5:40
東京国際空港6:30−ANA981便−福岡空港8:25
(レンタカー)


羽田空港を一番に飛び立つ便。朝に強い私には別に問題はない。羽田空港の出発ロビーには本日の目的地、深耶馬渓の一目八景のすばらしい紅葉の写真があった。色づきはじめではこのすばらしい紅葉は拝めるはずがない。フライトの途中、外を見てみると下界にはかなり雲が広がっているように見えたが、九州は雲ひとつない快晴だった。逆風で時間がかかったとのことで遅れが出ている。福岡空港にはレンタカーの窓口がなく暫く探してしまったが空港前に営業所はあった。待ち時間がかなりあり、出発は8:50。大宰府ICから高速に乗り、羽田空港で見た一目八景を真っ先に目指す。

最寄インターの玖珠の料金所には長い車の列。有名観光地に旬の季節に赴くのはやはり無謀だったのか。県道は普通に流れていたが駐車場には車があふれかえっていた。ネット情報の通り本当に紅葉は色づき始め。見頃の頃の混雑はどれほどなのだろう。肝心の耶馬溪の景観はさほど珍しくない岩山といったところ。身びいきになるかもしれないが我が故郷群馬の妙義山のほうが上だと正直に感じてしまった。羽田空港にでかでかと掲示してあった写真がこの深耶馬溪なので他はあまり期待できそうにない。

とりあえず、後藤又兵衛の墓がある裏耶馬渓に向かう。墓はすぐに見つかった。大阪夏の陣を落ち延び、この地で切腹したという伝承が残るのだという。義経の蝦夷行き以上に信憑性がないように感じてしまう。肝心の裏耶馬渓はさらに紅葉が進んでおらず、岩山もたいしたことない。奥耶馬渓まで足を伸ばすことはやめにして青の洞門に向かう。途中の本耶馬溪もあまり見た目がぱっとしないようだ。天下に名が知れ渡っている耶馬溪だが、これは下手するとがっかり観光地の仲間入りをしてしまうかもしれない。紅葉の最盛期ならばもう少し感動もあるのだろうか。

青の洞門の物語は小学館の学習雑誌で小学生のときに読んだ事がある。菊池寛の「恩讐の彼方に」はまだ読んだ事はないが有名な話だけあって洞門にかけて車の列ができていた。片側交互通行で3分間の信号待ちがあるため仕方ない。洞門手前にあったスペースに車をとめて青の洞門を歩いて通る。人間の手掘りでこのトンネルを掘ってしまうことは驚きであり感動的でもあるが、青の洞門は日本初の有料道路だったという裏話もどこかで聞いた記憶がある。洞門内にも禅海和尚の像はあったが、暗くてうまく撮影できないので、陽光の下の堂々とした禅海和尚の銅像を撮影。青の洞門の上の方は競秀峰という岩山になっているがやはり紅葉の見頃にはかなり早いので見た目は冴えない。昨年、11月下旬で東北の紅葉が色づいていたくらいなのでこの時期の九州では早すぎるという物だろう。でも、超割が使えるのはここしかないので仕方ない。帰りがけには8連のアーチ橋・耶馬渓橋もチェックしておいた。

あまりの天気のよさにいく予定の全く無かった中津城にも寄っていくこととした。昨年撮った写真が露出アンダーでひどい写真だったのである。今回は青空をバックにそれなりの写真が撮れたと思っている。黒田時代と細川時代の石垣の境目がわかる黒田垣も写真に収めておいた。昼食は中津市内のロッテリア。ロッテリアの利用は何年ぶりだろう。でも実はポークリブサンドはお気に入りなのである。

昼食後、これも予定には無い宇佐神宮にも寄ってしまったがこれは失敗。七五三でかなりの混雑だったのである。どうあがいても国宝の本堂の写真を撮ることはできないし。本殿が一の御殿、二の御殿、三の御殿と三つあることを今回はじめて知る。下宮も同じように三つの本殿になっているがこちらは参拝客はほとんどなく閑散としていた。昨年、宝物館は見ているが何があったか全く記憶が無いため、改めて見ていくことにした。まさか国宝(孔雀文磬)があったとは。昨年はいったい何を見ていたのだろう。

あわよくば別府のグローバルタワーに寄ろうとたくらんでいたが、献血の予約時間に間に合わなくなってしまうのでなくなく別府湾SAから眺めるだけにとどめた。ここは展望台の天井がワイヤーを張ってあるだけなので雨天時は登れないらしいのだ。明日の天気予報は曇り一時雨。運を天に任せるしかない。

大分県で最も高いビルの全日空ホテルオアシスタワーに併設の複合施設OASIS21はとても場所がわかりやすく定刻前に到着することができた。血圧が久しぶりに100を切ったが特に問題は無く、無事献血終了。これで24道府県。ちょうど折り返し地点である。うまくいけば来年中に47都道府県全制覇となるが果たして…。

少し早いがるるぶで目をつけておいた店へと向かう。18時前なので当然空いていた。シェフのお薦めディナー\4200。また贅沢をしてしまった。野菜が量も種類も沢山使われていてボリューム満点。3皿目のパスタがメインディッシュ?と思っていたらやはり主菜がちゃんと出てきた。やっとの思いでデザート、コーヒーまで平らげる。健康ランドで体重を量ったら2.5kgのオーバー。夕食を粗食にする習慣に早く戻さないと…。

2004.11.14 Sun

(レンタカー)
大分空港13:50−ANA196便−東京国際空港15:15
羽田空港発15:33(京急空港線快特)−品川着15:50
品川発17:09(山手線外回り)−新宿着17:28
新宿発18:00特急あずさ29号−上諏訪着20:31


5時半起床。朝風呂に入って、6時半出発。朝食は大分に本社があるというファミレスのJoyful。ドリンクバーが付いていてとにかくリーズナブルなのだ。コンビニで調達するよりずっと安い。ゆっくり朝食をとり、ようやく外が明るくなったところでここから程近い戸次川古戦場へと向かう。長曽我部信親の墓がおめあて。秀吉が九州征伐の先遣として送り込んだ仙石権兵衛秀久が独断で動き島津家久に大敗を喫した戦いだ。この戦いで長曽我部信親、十河在保が討ちとられてしまったのだ。合戦の碑、十河一族慰霊碑、長曽我部之碑、森林太郎(鴎外)叙事詩長曽我部信親の碑をはじめ征清紀念碑など訳のわからない碑が乱立しているが肝心の長曽我部信親の墓はとてもわかりにくかった。「週刊名城をゆく40豊後府内城・岡城」に長曽我部信親の墓の写真が載っていなかったらわからなかっただろう。ちょっとした表示が欲しいものだ。この墓のある側は鶴賀城跡という事で戸次川(現大野川)の対岸の鏡城にも行って見る。城跡を示す碑や表示は何も無かったが鶴賀城跡の征清紀念碑と同じ形の征露凱旋碑があったのでここでまずまちがいないだろうと思う。

さて、ここで雨が降ってこないうちに別府のグローバルタワーへと向かう。とあるサイトでこのタワーの存在を知りどうしても行きたくなってしまったのだ。エレベーターシャフトと交差してオーバーハングしている曲面は別府公園の海抜0m地点を中心とする直径1kmの仮想球の一部なのだそうだ。展望台も大きくせり出していて私が恐怖する遊園地のアトラクション・フリーフォールを想起させる。高所恐怖症の私にはかなり厳しい環境だ。営業開始のほぼ9時に到着。

別府の市街地より大分高いところにある高さ100mの展望台からの眺めはすばらしい。はるか眼下に老舗の別府タワーが小さく見える。反対側には温泉の湯煙。NHKのBSハイビジョンの特集、「21世紀に残したい100の風景」の第2位に別府の湯煙が輝いたのは組織票のなせる業だとは思うが、情緒のある風景ではある。それにつけても地獄めぐりには目もくれず、こんなスポットのためだけに別府を訪れる私はやはりかなりの物好きであるといえよう。心配なのは客が私一人だったこと。各地でタワーの営業不振が伝えられ、営業停止や撤去されるという事例も出てきているだけにこのタワーの行く末が心配である。展望台が狭いので大勢観光客に押しかけられてもきっと困るとは思うけど…。別府の地名の由来を火炎城を読んで知ったので、いつか、地獄めぐりをする機会を持てるかもしれない。高崎山にもまだ行った事ないし。

次にこれまた雨天時は拝観停止となる富貴寺。昨年はわずかに雨が降っていて拝観がかなわなかっただけにそのリベンジだ。九州最古の阿弥陀堂である国宝・大堂内の壁画の保護のための措置だという。大分県内の4件ある国宝(他は宇佐神宮本殿、宝物館の孔雀文磬、臼杵磨崖仏)のひとつだけあってかなりの観光客がやってきている。イチョウの葉はまだ緑だった。イチョウの葉が黄色い絨毯となって一面に敷きつめられる季節にはカメラマンも大勢やってくるという。いつの日かそんな富貴寺阿弥陀堂を拝んでみたいものだ。すぐ近くの真木大堂は更に多くの観光客てあふれかえっていた。大堂は重要文化財だが、国内最大の大威徳明王など仏像はなかなか荘厳な佇まい。

雨が降っていたら見ることのできなかったグローバルタワーと富貴寺大堂を見ることができて前日の耶馬渓で生じた心の空隙は十分に埋めることができた。あとは今回の旅で読み進めている白石一郎の火炎城にゆかりの場所へと大分市に戻るものの遊歩公園を散策するだけで精一杯。あまりにロスのある行程となってしまったためやむを得ない。

遊歩公園は大分県庁の前の道の中央分離帯に設けられた散策路、散歩道と言った感じの小公園。伊東マンショ、フランシスコ・ザビエルの像に西洋医術発祥記念の像はまさに火炎城にふさわしい。滝廉太郎終焉の地碑と滝廉太郎の像(岡城のとそっくり)も拝めたのはラッキーだった。最後に大分に敬意を表してJoyfulで昼食。のんびりドリンクバーのお代わりなんぞをしていたらかなり時間が厳しくなってしまった。

急いで空港に向かってレンタカーを返却したのが13:16。13:50の便というのはちょっと早すぎるが次の便では帰ってこれなくなるほど時間が遅いので仕方ない。飛行機の到着の遅れで出発が遅れたにもかかわらず羽田着は定刻よりも早かった。1時間10分のフライト。大分は九州の中で最も近かった。品川であずさの回数券を購入するも予定していたスーパーあずさ27号は満席のため一本遅らせる。時間つぶしにサロマ牡蠣のオーブン焼\1260を食すがすばらしく美味。生牡蠣より絶対旨いと思う。数年前まで牡蠣が嫌いだったのがうそのような変貌振りだ。

来年は宮崎便を使ってレンタカーで津久見の大友宗麟の墓まで攻め上ってみようと思う。火炎城を読んですっかり大友宗麟にはまってしまった。というか九州の戦国史はとても面白い。各大名の栄枯盛衰、政権交代、復活劇など非常にドラマチックな内容なのだ。宗麟一代の間の大友家の浮沈だけでも幕末の長州に匹敵するかあるいは凌駕するものがあると思う。九州戦国史が全国区でないのは何とも惜しい。

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