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上諏訪発20:24 一年前、初めて個人で航空チケットを手配。今年の2月にはANAのマイレージカードを手に入れてその後飛行機に乗り続け、わずか一年間で20000マイルを突破した。このマイルを利用して年末を八重山で過ごす計画を画策。正規の運賃で羽田−石垣を往復したら11万円以上かかるのだからお得感が高い。計画はまず、あずさの回数券が使える今年の最終列車、27日の36号で上京。特典航空券を使えるギリギリの28日に那覇に飛び、献血を挟んで石垣へ。帰りも特典航空券が使えるぎりぎりの元旦。2ヶ月前の10月末に特典航空券を手配。そして新宿から諏訪まではあずさの回数券が使えないため高速バスを利用。ローソンのLOPPIで支払いを済ます。せっかくなので最西端の与那国にも足を伸ばすべくJALのサイトで航空券の予約。満席だったが、辛抱強く数日空きを待って手配完了。次は宿の手配。石垣のドミトリーは難なくネットで予約できたが、与那国は2軒続けて満室。レンタカーの予約はできたので最悪、車中泊でもいいやと思っていたが3軒目でようやく予約が取れた。最後に謎の海底遺跡を楽しむべく半潜水海底遺跡観光船を予約した。この2ヶ月は年末の八重山行きで頭の中はいっぱいだった。27日は職場の忘年会があったが、そそくさと途中退出。歩いて上諏訪駅に向かう。30分はかかると踏んでいたが20分で駅に到着したため足湯をしっかりと楽しむ。前回、ぬるさに愕然としたが今回は往時の熱さが復活していた。 |
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| 2004.12.28 Tue 新宿発5:35 品川発5:58 京急蒲田発6:12 東京国際空港8:05−ANA121便−那覇空港10:55 那覇空港発11:10 県庁前13:50 那覇空港16:40−ANA1771便−石垣空港17:40 2004年12月から羽田の第2旅客ターミナルがオープンしているが、利用するのは今回が初めてだ。せっかくなので暗いうちに飛び立ってしまう朝一番の便はパス。ゆとりを持って羽田空港入りし新しいターミナルの写真を撮ってまわる。早速朝食もとってみた。値段は高いが\900のスープセットの味には満足。今後、お気に入りになっていく可能性は大。新しい第2旅客ターミナルは広々としていてとても快適。これでリムジンバスによる連絡が殆どなくなるかと思うと嬉し涙がちょちょぎれる。 雲を突き抜けるときにゆれるとの放送があったがさほどの揺れは無い。富士山や南アルプスもくっきり見え、快適なフライト。ところが着陸態勢に入って高度を下げていくと左目と左こめかみに強烈な痛み。これが二度目の経験だが、こんな痛みに耐えねばならないかと思うと飛行機嫌いにもなろうというものだ。 沖縄は天気予報どおり雨。ゆいレールで県庁前駅に降り立ったときにはかなりの降りになっていた。パレット久茂地の献血ルームに飛び込む。お昼ちょっと前の時間で比較的すいていたようだ。暫くすると狭い待合室に人があふれていく。前日、喉に違和感を感じ風邪を引いてしまったかと危惧していたが、忘年会でのアルコール消毒が功を奏して健全な状態で献血を終えることができた。昼食はそのまま国際通りに入っていき、地ビールのパブ。献血後の飲酒は禁止されているはずだが…。 スムーズに献血が終わってしまったため、空港で2時間以上も待ち時間ができてしまった。石垣島への航空便では幸いに頭痛は発生せず。石垣空港に到着して宿に連絡を入れようとしたら、既に出迎えが。そのままチェックインし、年賀状を投函してから、2ヶ月前に入った店で夕食。沖縄の県魚、グルクンの唐揚げとジーマミ豆腐の揚げ出しと注文したメニューまで2ヶ月前と同じだ。地ビールが1000円で呑み放題ということで4本ほどあけてしまった。時間無制限なのでもっと飲もうと思えば飲めるが翌日のことを考えるとこの辺でやめておいたほうが良い。飲酒は有馬記念の前日からこれで4日連続。普段飲酒の習慣が無い私としては近年では全く記憶に無い最高新記録だ。 |
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| 2004.12.29 Wed (高速船) 西に行くほど日の出は遅いため7時を過ぎてもまだ暗い。洗濯機をまわしてからコンビニで朝食を調達。朝食後、洗濯物を干して8時前に離島桟橋に向けて出発。波照間行きのチケットを購入しようと安栄観光に赴いたら、2便、3便は運行するかどうか未定で帰ってくることができなくなるかもしれないがそれでも良いか聞かれた。欠航の少ない安栄観光を信用してあまり悩まずに往復券を買ってしまったが、もし帰ってこれなかったら、与那国行きの航空券はパーである。 不安に駆られての航海は西表の先に出ると大揺れ。ジェットコースター気分を味わう。到着して港で待っていたレンタサイクル屋の車に乗り込む。この日の波の高さは4mだということで航行できるぎりぎりの波の高さだったようだ。6時間\1500で自転車を借り出発。週間予報では全く晴天の望みは無かったのに素晴らしい青空が広がっている。 まずは波照間の中心集落を目指していくと波照間小学校を発見。この学校の壁には卒業制作の壁画が描かれている。第二次世界大戦で西表に疎開させられマラリアに罹患して命を失った子どもたちを詠んだ詩が心を打つ。10月に石垣の八重山平和祈念館で戦争マラリアの展示を見て、ここにはぜひ訪れたいと思っていたが早々に実現できた。 続いてほど近くのコート盛。4mほどの高さの小さな烽火台。周囲で草刈をやっていたので写真撮影は後に回しとりあえず登ってみる。平坦な波照間島なので高さが低い割には眺めがよい。西表島や周囲のサトウキビ畑がとてもよく見えた。サトウキビにはススキのような穂が出ていた。波照間の名産の黒糖はなかなか質がよいらしい。 波照間を訪れた最大の目的は勿論、わが国の有人島最南端制覇のため。満を持して最南端の碑へと向かう。途中、島の中央に位置する灯台もチェック。強烈な向かい風をついてやっとの思いで到着。この島の有名スポットのはずだが、人は少ない。先客が引き上げると私一人きりになってしまった。石垣で帰ってこれなくなるかもといわれて波照間行きをあきらめた人がかなりいるのだろう。帰りの予定を早めた人も多いに違いない。この時間、波照間島内の観光客は非常に少ない状況にあるようだ。まず手前にある一番大きな碑は最南端平和の碑。その脇に波照間の碑入り口があり、二匹の蛇が絡み合うデザインの小道を進むとピラミッド型の波照間の碑、更にその先に地元と全国から集まった青年団が建てたという日本最南端の碑があった。ここから65km南方に北回帰線があるという。更にどこぞかの会社が作ったらしい波照間島の形をした最南端の碑もあった。 6時間も自転車を借りているのでのんびりと四阿で休んでから西へと向かう。平坦とは言いながら島の中央はそれなりに高く盛り上がっているので結構上り坂がきつい。美しい浜で評判の西浜に到着。八重山特有の珊瑚の白い砂浜とエメラルドグリーンの美しい海が広がっていた。風が強く結構波が高かったが、海の美しさを損なってはいない。せっかく港の近くまで来たので正午着の船が入港しているか確かめに行ってみた。波照間海運の2便、3便の欠航の表示。安栄観光の船も入港していない。どうやら波照間に足止めを食らってしまうようだ。与那国への航空券がパーになってしまったが仕方ない。最南端の地で晴天に恵まれただけでもよしとしよう。気を取り直して坂を上り再びコート盛へ。そしてそこから程近い学童慰霊碑もチェック。これも戦争マラリア関係だ。 中心部のほうへ向かって昼食。八重山そばを頂く。ここで星空観測タワーが日中もやっていることを知り、急遽向かうこととした。行きがけに八重山の英雄・オヤケアカハチ生誕地碑をチェック。石垣島に銅像があったりするが彼はここ波照間の出身だったのだ。星空観測タワーの中には小さいながらも自由に操作できるプラネタリウムがある。冬の星空と春の星空を見てみた。南十字星が水平線よりかなり上に見えるのは意外だった。展示室にある写真によると太陽系から最も近い恒星、ケンタウルス座のα星も見えるようである。最後に屋上に上って周囲の景色を楽しんだ。 この星空観測タワーや最南端の碑の付近は外海に向けて断崖が連なる高那崎という。荒れ気味の海だけあってかなり激しく波が打ち寄せては砕け散っていた。海の色も深い青。西表側のエメラルドグリーンの色とは対照的で、マリンブルー、コバルトブルーといった色合いである。 足止めを食らうとなると宿の手配や与那国関係のキャンセルなどやらなくてはいけないことが多い。1時間早くレンタサイクルを返しに行くと3便は出航した旨、確認していただけた。こんなラッキーなことってあるのだろうか。喜び勇んで徒歩で港まで向かう。船客待合所の売店では幻の泡盛、泡波も(ミニチュアボトルではあるが)手に入れることができた。朝一番の飛行機で石垣入りした人たちは2便の欠航で波照間にわたってこれず観光客が非常に少なくなった状況ゆえの幸運だろう。帰りの便も幾分波が落ち着いたとは思えない激しい揺れであったが、具合悪くなること無く、無事、離島桟橋に到着。夕飯は無性に石垣牛が食べたくなり、\5000の石垣牛ステーキ定食。期待を大きく上回る美味しさで非常に満足のいく食事となった。地ビールもつけ、宿に向かいがてら缶ビールも手に入れ、5日連続の飲酒となり記録更新。 |
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| 2004.12.30 Thu 石垣空港10:25−JTA961便−与那国空港10:55 (レンタカー) 9:30に空港まで送っていただく約束なので朝の時間には非常にゆとりがある。7:30に開店のほっかほっか亭にて朝食を調達。コンビニ弁当より安くて旨いので時間にゆとりのあるときは積極的に利用している。曇りの天気予報で気流は安定しているようなので飛行機は無事飛び立ちそうだ。初めてのJTA利用。楽しむまもなく30分足らずで与那国空港着。レンタカーの手続きを済ませてすぐに出発。 まず向かったのはDr.コトー診療所のロケ地。人気のスポットだけに機先を制したかったのだ。案内表示など無くちょっと道がわかりにくいが私は難なく到着。与那国行きを決めてからあわてて11月のスペシャルなど見るよう努力してみたが全部見切ることができず、今ひとつ思い入れはもてないので先を急ぐ。 海岸を反時計回りに回って立神岩展望台。海中から屹立しているその姿は何とも怪しい形だ。曇っていて海の色は鉛色。近くにはサンニヌ台もある。ここの展望台の駐車場脇には大河ドラマ「琉球の風」の記念碑があった。与那国ロケも行われたようである。ドラマ自体は初回だけ見て後は全く見なかった。陳舜臣の原作を今年の夏、読んでみたが今ひとつだった。 垂直に亀裂の入る柱状節理の東尋坊に対し、サンニヌ台は水平に亀裂の入る板状節理。巨大な軍艦岩や前出の立神岩にも板状節理が入っている。ここの岩場のスケールの大きさは東尋坊に勝るとも劣らない。 馬好き(というか競馬好き)の私には与那国馬が放牧されている東崎(あがりざき)ははずせない。東から太陽があがるのであがりざきと言うのだそうだ。馬よりはむしろ牛のほうが多かった。与那国馬はかなり小型の馬。司馬遼太郎の「夏草の賦」に土佐兵の乗っている馬が犬のように小さいというくだりがあるが、この与那国馬くらいのサイズだったのだろうか。東崎を出て道を進むと路上にも馬が出ていた。宮崎・都井岬の岬馬も人を恐れなかったが、与那国馬も引けを取らないだろう。この付近にはダティクチデイという王朝時代、近づく船を見張った番所の跡もある。 東崎を出るあたりから雨は落ちていたのだが、祖納の集落に入ると本降りになってきた。降水確率10%だったのに…。しかし、西側の空には青空が広がっている。昼食もとらずに最西端の西崎(いりざき)を一気に目指した。途中はかなりの土砂降りだったが、西崎では雨は上がっており、日も差して綺麗に晴れ上がっていた。海の色も美しい青。前日の曇り予報に落胆していたのだが、何ともついている。最西端の碑の裏側の記述によれば、どうやらこの碑は与那国の中学生が建てたもののようだ。最北端、最東端、最南端は一般人がいけるという但し書きがつくが、ここ西崎の日本国最西端は正真正銘の最西端である。灯台のあたりからは久部良港も綺麗に見えた。この近くには久部良バリという史跡もある。人頭税の取立てが厳しく口減らしのために妊婦を集めてこの崖を飛び越えさせたという悲しい歴史…。 好天域はどんどん東に広がっているようだ。久部良と空港の中間にあるダンヌ浜、プライベートビーチといったこじんまりとした砂浜は、八重山特有の美しい白い砂と透き通った水、エメラルドグリーンの色合いを楽しむことができた。これも空が晴れ渡ってきてくれたおかげである。こうなったら午前中の曇天の下で今ひとつだった立神岩、サンニヌ台、東崎にももう一度足を伸ばすしかない。Z字形に島を縦断し、立神岩に行って見ると生憎の逆光。しかし東側の海は真っ青だった。これは軍艦岩は期待できそうとそそくさと赴く。期待通り、軍艦岩は外海の深い青をバックに従えていた。午前中とは天と地ほどの差がある美しさ。東崎の海も美しい青。芝も日光の下で輝いている。しかし、どういうわけか与那国馬はいなくなっていた。午前中にここに来た甲斐もあったというものだ。 好天に浮き立ってしまい、昼食をすっかり忘れていたので祖納のスーパーでパンを調達。軽く昼食を済ませて次は世界最大の蛾、ヨナグニサンを見るためにアヤミハビル館を目指す。アヤミハビルとはヨナグニサンのことだ。ところが生憎ここは年末年始はお休み。新年は5日からとのこと。残念。再び祖納まで戻ってきて、ティンダハナタの展望台。荒船山のように断崖絶壁の天辺の縁までいけるのかと思ったら、崖の中腹の庇になっているところの下が展望台だった。ちょっとがっかりしたが、祖納の集落を一望することができる。与那国繁栄の基を築いた女傑・サンアイイソバの碑もあった。 最後に日本一遅い日の入りが見えたら最高だろうと最西端にほど近い宿に早めにチェックイン。夕日の様子を窺っていたが、徐々に空一面、雲に覆われていき日の入りを拝むことはできなかった。最西端の地ではこの季節にもかかわらず18時を回ってもかなり明るい。それにつけても曇り予報の中、これだけ青空に恵まれたのは幸運以外の何者でもない。明日の大晦日は全国的に天気は悪そうなので幸運もここまでだと思う。 |
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| 2004.12.31 Fri (レンタカー) 与那国空港15:55−JTA806便−石垣空港16:35 石垣空港17:10−ANA1772便−那覇空港18:00 那覇空港発18:24 夜中、強い風雨の音で目が覚める。この風がおさまらなければ与那国での年越しとなるであろう。7:30朝食。周囲はまだ暗い。食後、海底遺跡の観光船より電話連絡。22m/sの台風並みの強風のため本日観光船は欠航とのこと。与那国島での大きな楽しみの一つだっただけに残念。でも飛行機が欠航してしまえば元旦に乗れるかもしれない。しかし、帰りに正規の運賃を支払うと\50000以上もかかってしまうのだ。空港にて最善策を講じておくしかない。真っ先に空港に向かってみたが、まだあいていない。昨日とおらなかった南牧場線をのんびり走らせて、与那国島を半周して戻ってみると、既に空港は開いていた。あわよくば、一便早めてやろうかと様子を窺っていたが、満席の表示。そして、10時過ぎに欠航の決定。一応チケットレスで抑えておいた便のチケットを手に入れておく。お土産としてアルコール度数60の泡盛・花酒と最西端訪問証明書、絵葉書を購入。その後いったん空港を出てレンタカーにガソリンをいれ11時開店の与那国ではちょっと有名なカレー屋にて早めの昼食。日替わりカレーはオクラとチキンのカレーだった。期待以上の味で満足。再び空港に戻ってまったりと時間を過ごす。風の音は相変わらずすさまじく好転の兆しは見られない。レンタカーを返却して空港のカウンターに行って見ると30分遅延の表示。九分九厘欠航と踏んでいたのだが、光明が差した思いだ。そうこうする内に搭乗手続きが始まったのでそそくさとすませ保安検査所も抜けて出発ロビーにてフライトを待つ。35分遅れの15:40発ならば石垣空港での乗り継ぎも心配ない。風は決して弱まっていないが、まともな横風から若干向かい風になったのが幸いしたのだろう。プロペラ機が無事、与那国空港に着陸するとロビーからは歓声が上がった。それにつけても私の悪運もここまで来ると神懸り的だ。航空便欠航体験はおろか、車のパンクや体調不良など、旅先でのトラブルに殆ど遭っていないのだから…。今回、海底遺跡を見ることができなかったのが心残りだが、与那国再訪の口実にもなろうというもの。 初体験のプロペラ機だが、実際に離陸したのは15:55。与那国に押し寄せる波が白く見え、外海の中の孤島で波が荒く渡るのが難しいということで「どなん」と呼ばれるのが実感できる。石垣空港では着陸便が重なり上空で待機することとなって到着が更に遅れ乗り継ぎがかなり厳しい。あわてて、ANAのカウンターに向かうと1772便20分遅れの表示があり一安心。与那国ほどではないが石垣も那覇も強い季節風が吹いていた。ここまでの無事を祝って地ビールで祝杯。沖縄そばのはずがソーミンチャンプルーで年越しすることに。 |
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| 2005.1.1 Sat 首里発9:55 那覇空港11:55−ANA124便−東京国際空港14:05 羽田空港14:13 品川発14:38 新宿発16:00 7:00にマクドナルドで朝食。周囲はまだ暗いため、いったん空港へ赴きコインロッカーに荷物を預ける。まずは、最南端の駅、赤嶺駅に降り立ち最南端の駅の碑をチェック。続いて奥武山公園駅で下車し、沖縄でもっとも初詣客の多い(19万人)沖縄県護国神社へ。屋台が立ち並んでいたが、さほど激しい人出ではない。今までモノレールの車窓から護国神社だと思ってみていた趣深い社殿は沖宮という神社でこちらの人出はまばらだった。結構雨がぱらついてきたりしたので、急いで奥武山公園駅へ戻り、終点の首里まで乗りとおす。昨年、すばらしい青空の下の新年の儀式を見てしまったので曇天の下の首里城へ赴く気はさらさら無い。曇天のときこそ写真を撮りやすい場所として、世界遺産に指定されている第二尚氏の王墓・玉陵(たまうどぅん)にターゲットを絞る。駐車場が満車で初詣スポット以上ににぎわっている首里城に比べ玉陵は閑散としていていい雰囲気だ。そのあと、守礼門と世界遺産の園比屋武御嶽石門をチェック。木陰が多く晴天時には写真が撮りにくい近くの円鑑池と弁財天堂、円覚寺跡にまで足を伸ばした。 金城町の石畳道など、足を伸ばしたいスポットはまだあったが、再び雨がぱらついてきたので早めに空港に向かう。おもろまち駅に隣接して免税店DFSの巨大な建物がある。沖縄から県外への航空券を呈示すれば国内旅行なのに免税店でショッピングができてしまうのだ。商品の受け取りは那覇空港内になる。昔の私だったら高いスコッチやブランデーを買ってしまっていたことだろう。 空港では、お土産(那覇空港限定の紅芋スイートポテト)を調達した後、前日食べ損ねた沖縄そばを早めの昼食としてとる。税込\578は今まで食べた沖縄そばの中で一番安い。更に出発ロビーでオリオンの生も。フライトは順調で定刻前に着いたが、何とリムジンバスでの連絡。第2ターミナルがオープンしてこれではたまったものではない。第2ターミナルの店はどこも満員で大賑わい。元旦は比較的空いているであろうから明日あさっての混雑は想像するのも恐ろしい。 ゆとりをもって新宿駅に行き、初めて利用する高速バスのターミナルを探し当ててみると、中央道の高速バスは雪のため全便運休。新宿駅前にもまだ雪が残っているくらいだから仕方ない。急ぎ払い戻しを済ませ、みどりの窓口で下諏訪までのあずさの自由席を購入。早めに自由席の列に並んで事なきを得た。高速バスに比べて\2670高くついてしまったが、与那国に足止め食らうことを思えばこのくらいはアクシデントのうちには入らない。バスに比べて帰着時間はかなり早くなった訳だし。下諏訪は当然のごとく寒く雪が積もっていたので、家までタクシーも使ってしまった。 |
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