|
|||||||||||||||||
| 2005.8.12Fri 上諏訪発12:12 塩尻発12:37 中津川発14:38 高蔵寺発15:37 万博八草発16:07 万博会場発22:10 藤が丘発22:31 翌日の明石海峡大橋「ブリッジワールド」に間に合うよう、この日は移動だけで良かったのだが、愛知万博の夜間割引入場券で万博をつまみ食いしようと画策。最近、夜間の入場者数が多めで推移しているのでろくな事にはならないと思いつつ、駄目元で繰り出すこととした。宮坂商店のラーメンを昼食に。初めて福引きで餃子が当たった。ラッキーなスタート。上諏訪駅の足湯を楽しんで出発。霧に包まれた木曽路ではかなりの雨が降っていた。雨上がりの岐阜県内も靄がかかっている。愛知県内は結構いい天気だった。 愛知環状鉄道、リニモと乗り継いで16時過ぎ、万博会場に到着。つつがなく夜間割引入場券(半額の\2300)を手に入れ列に並んで入場を待つ。途中、何度か雨がぱらついたが、すぐにあがってしまった。入場して目指すはトヨタ館。2時間半待ちの列に並ぶ。2000年のジャンプフェスタの6時間待ちに比べれば遙かにマシ。 待っている間にショッキングなお知らせ。全パビリオン、9時で入館終了だという。トヨタ館を見終わったら1時間も残らないではないか。そうこうするうちに19:30の公演開始。写真撮影禁止は何とも残念。プレショーはニュースでもさんざん取り上げられた楽器ロボットによる演奏。「見上げてごらん夜の星を」のトランペットソロはしっとり、あとは軽快でにぎやかなアンサンブルだ。さすがにトロンボーンはピストン式だった。スライド式に対応できるロボットもそのうち開発されるのだろうか。そしてメインショー、三次元未来派オペラ、MOVE LIVE。小さなスケートリンクのような殺風景なステージから大きな半球が現れ地球となり、登場人物とともにすべてがスクリーンとなる映像演出は見事だ。オリンピックの開会式のショーを彷彿とさせる。そしてi-unitの乱舞、満を持してi-footの登場。i-unitは展示コーナーで撮影できたが、スターウォーズエピソードXを想起させるi-footの写真、撮りたかったなぁ。 展示コーナーをじっくり楽しむことなく、次はマンモスラボを目指す。時間が心配なのでマンモスラボ単独。かなり大回りをさせられてしまったが、待ち時間はほとんどなしで冷凍のユカギルマンモスを見ることができた。見事な牙に一部毛並みも残っている生々しさ。頭部だけでなく足もなかなかのものだった。 夕食がまだだったのでドイツレストランにて夕食。黒ビールとドイツ料理盛り合わせで\3600はいくら何でも高い。レストランを出たらすでに21時を回っている。夕食を抜いてロシア館を目指すべきだった。トヨタ館と冷凍マンモスだけのための万博参戦になってしまったが仕方ない。帰りのリニモは30分待ちとの事だったが並んでから乗り込むまで50分くらいかかっている。 |
|||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||
| 2005.8.13Sat 名古屋発5:52 大垣発6:31 米原発7:10 明石発9:08 舞子発12:38 明石発13:05 姫路発13:48 寺前発14:35 ◇播但線完全乗車 和田山発15:55 豊岡発16:42 浜坂発18:19 鳥取発19:06 米子発20:48 昨日は、トヨタ館のためだけの一日だったが、この日は明石海峡大橋ブリッジワールドのためだけの一日。何しろ、明石海峡大橋の主塔頂上部、海抜289mからオープンエアの眺望を楽しむなんて滅多にできることではない。2ヶ月前に予約を入れ楽しみにしていた。受付に間に合うよう始発で西下。東海地方は青空が広がっている。しかし滋賀県にはいると厚い雲に覆われ雨まで降っている。兵庫県内は路面が乾いており風もほとんどなくブリッジワールドが中止になる心配はなさそうだ。舞子で降り、名古屋で軽く食べていたものの改めて朝食をとる。そして橋の科学館で一番乗りで受け付け。定員は30名で桂離宮よりも少ない人数ではないか。早々と予約を入れておいてよかった。サンダルできてしまった人は靴に履き替え、誓約書などの説明があってまずはビデオ視聴。すごい工事だったのだと痛感。完成までの途中に阪神淡路大震災を挟んでいるというのもすごい。海峡が広がって橋も長くなったという。続いて、説明付きで橋の科学館見学。様々な吊り橋の模型に風洞実験に使われた明石海峡大橋の模型、実物大のアンカーボルトなどの展示。そして世界一の吊り橋らしくギネスブックの認定書。結構楽しめる施設だ。 11時、いよいよ主塔頂上に向けてスタート。アンカレイジの下にある舞子海上プロムナードの入口から展望スペースへと上り、途中から作業用階段で作業用通路へと下りていく。4トン車が走行できるほど丈夫だというが、海面が透けて見える金網の上を延々と1kmも歩くのは高所恐怖症の人間にとっては心臓に悪い。風が強かったらとてもこんなところ怖くて歩けない。上の高速道路を大型車が通るたびに揺れが伝わってくる。のろのろとした歩みでやっと主塔に到着。ここからは10人ずつ三つの班に分かれてエレベーターに乗り頂上へ。主塔と主塔に渡された最上部の横桁が展望スペースだ。申し込みが早かったのか1班になった私は早々と海上289mのオープンエアでの眺望を楽しむことができた。あいにくの曇天で遠くまで見通しはきかないものの風が心地よい。世界一の吊り橋を走る高速道路を遙か上空から見下ろすことができるなんてすごすぎる。記念撮影した写真はプリントアウトして帰りにいただけるとのこと。これで\2100だったら安いというものだ。橋の科学館\200、舞子海上プロムナード\300を引いたら正味\1600だ。東京タワーの特別展望台250mや大阪のWTCコスモタワーの252m、そして横浜のランドマークタワー273mを超える高さからの眺望をこの値段で楽しめるというのはかなりお値打ちだと思う。 すっかり楽しんだ後の帰路はちょっと狭い通路を通る。金網がはずれそうでちょっと怖い。舞子海上プロムナードでしっかり休憩時間もとってくれるので飲食、買い物に時間を使ったり展望スペースに足を伸ばしたりもできる。延々と海面が透けて見える金網上を歩き続けた経験の威力は抜群で生まれて初めて下を見下ろせるガラスの上に乗ることができた。今度、鳴門の渦の道や東京タワーでもチャレンジしてみようっと。 あとは列車を乗り継いで松江に向かうのみ。明石で軽く明石焼きセットの昼食。姫路からは播但線。ローカル線のイメージだったが、すばらしい乗車率。姫路城を東側や北側から見ることもできる。まあ、姫路城はやっぱり南側から見るのが一番美しいとは思うが。播但線を完乗した後は和田山から山陰本線を延々とたどる。乗客はだいぶ減った感じ。2005年台風23号の被害を受けた豊岡で乗り継ぎ。有名な餘部鉄橋を渡っていく。そろそろ空腹感にさいなまれてきた。浜坂で夕食を調達。昼の山陽本線からずっと遅れを引きずっているが快調に乗り継ぎをこなしていく。鳥取にかけては結構海沿いを走るがそろそろ暗くなってきた。 最後の乗り継ぎを米子でして松江へ。宿は珍しくビジネスホテル。\4000を切る安い部屋は取れなかったが、2泊、朝食・夕食付きで\9396なら御の字だ。欲の皮がつっぱってこの日五食目となる食事をとったら体重が久々に65kgオーバー。 |
|
||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||
| 2005.8.14Sun (レンタカー) 前日は列車三昧の一日だったが、この日は、列車を利用せず、レンタカーで島根県内を回る。朝食を摂って8時前にレンタカーの営業所へ。週間天気予報はずっと晴れマークが付いていたのに朝の天気予報は曇・雨予報。神社仏閣は曇でいいのだが…。 まず向かうはすでに出雲市に合併されている旧平田市の鰐淵寺。週刊古寺をゆくで取り上げられていたのにまだ訪れていなかった寺だ。国宝・重文の建造物は一つもなく、宝物の一般公開は行われていないということであまり魅力を感じられなかった部分はある。しかし、浮浪の滝が落ちる奥の蔵王堂のたたずまいなどとても魅力的で、武蔵坊弁慶が18歳で修行に入ったという言い伝えも残り真っ先に向かうこととした。大量の汗を流してたどり着いた蔵王堂は滝が渇水気味でちょっと期待はずれ。とりあえず根本堂など、一通り見て回る。 続いて日御碕灯台。島根半島の結構近く。多少の悪路でもすぐについてしまう。お盆休みということでかなりの観光客でにぎわっていた。参観灯台は駐車料金を取るところが多いが、ここは無料で良心的。日本一の高さを誇る灯台なのにたいしたものだ。ここに来るのは3回目だが、実は登頂するのは初めて。前回は点検のため参観中止だったのだ。靴を脱いですべて鉄製のかなり急な階段を160段以上上っていく。さすが日本一高い灯台だけある。天気予報に反して見事な青い空と青い海が広がっていた。日御碕周辺をしばし散策。そして日御碕神社にも立ち寄ってみたが、拝殿・本殿の修復完了は2006年10月31日とのこと。 日御碕とともに旧大社町にあった出雲大社も合併により出雲市の地籍になっている。この方がわかりやすいといえばわかりやすいが…。今回の出雲大社での目的は当サイトの一ファンより頂いたリクエスト、庁の舎と宝物殿の撮影。近代建築マニアの方も世の中には結構いるようだ。こんなサイトも発見してしまった。ご参考までにどうぞ。お盆休みの出雲大社は観光客であふれていた。せっかくなので宝物殿は見ておいた。 続いて目指すは世界遺産委員会に推薦されたばかりの石見銀山遺跡。2003年6月のドライブで行こうと思って断念した場所。1982年、大学2年以来の再訪だ。やはりニュースの威力は絶大で多くの観光客が押し寄せ、時ならぬシルバーラッシュ。昼食を挟んで大森代官所跡の石見銀山資料館や伝統的建造物群保存地区の町並み、そして龍源寺間歩を見て回った。間歩とは坑道のことで龍源寺間歩は大森の町並みから3kmほど離れている。駐車料金\300をとられ入場料\400。佐渡金山や足尾銅山は人形などを駆使して観光客に訴えているが、ここはひたすら硬派。世界遺産を目指すにはこうでないといけないのかもしれない。間歩は一方通行で出口からは駐車場までかなりの大回りを強いられる。帰りがけ、銀山の守り神、佐毘売山神社にも立ち寄ってみた。これらのほか、積出港などかなりの広範囲に史跡は広がっているが、今までの世界遺産に比べるとかなり地味という印象はぬぐえない。 時刻は14時。あと、たたら製鉄関係の場所を一つ、二つチェックしておきたいところ。週刊司馬遼太郎街道を行くの砂鉄の道が刊行されたらきっと観光客が増えるだろうから今がチャンスなのだ。途中、西の原で三瓶山の美しい風景をしばし楽しんでいく。 旧吉田村は合併により雲南市となっている。中国をイメージしてしまう市名はいかがなものだろう。余談はさておき雲南市吉田町は「鉄の歴史村」として売り出している。鉄山師の町並み、田部家土蔵群をチェックしてから鉄の歴史博物館へ。\500はちょっと高い感じだが、たたら復元のビデオをちょこちょこ見て一通り展示を見て回った。そして菅谷たたら山内へ。山内生活伝承館で\300払い、展示をさらっと見てたたら師たちの集落、菅谷たたら山内へと案内してもらう。高殿内部には復元されたたたら製鉄場が。あまりの重労働に明治期に水車の力で風を送るようにした形での復元。たたら自体は安来にあるという。携帯の画像で見せてもらった。映画もののけ姫に出てくる綱をつかんで足で踏むアレだ。高殿の中ばかりでなく集落内を懇切丁寧に説明していただいたが、はっきり言ってインパクトは石見銀山より遙かに上だった。これで\300というのは破格である。現代の製鉄技術でも作り出せない刀剣の原料となる高品質の玉鋼を作り出すたたら製鉄。先人の知恵と技術を改めて見直すことができた。 時間にゆとりがあったら無駄な公共事業としてしばしばニュース番組に取り上げられる奥出雲おろちループなどにも足を伸ばそうかと思っていたが、感動を汚したくないのでおとなしく帰路につく。山陰道宍道湖PAで夕日ソフトを購入。柿味のソフトクリームだがかなりいける。宍道湖の眺めは今ひとつだった。松江駅では地ビール三種をすべて購入。夕食を挟んで、のんびりと部屋で楽しんだ。大河ドラマ義経もゆっくり見ることができた。ホテルはやはり快適である。 |
|||||||||||||||||
|
|
|||||||||||||||||
| 2005.8.15 Mon 松江発10:23 米子発10:58 鳥取発13:40 浜坂発15:12 城崎温泉発17:10 福知山発18:53 園部発19:58 京都発20:59 米原発21:54 大垣発23:00 早朝に起き出してコインランドリーで洗濯。一応この日で列車の旅として記録の方は一締めするがまだまだ旅は続くのである。6泊7日の旅なんて勿論就職してからは初めてだ。この日のメインは島根母体での献血。8:30からの受付なのでそんなに急ぐこともない。朝風呂に入って体重を測ってみると過去の最高記録にタイの66kg。就寝前のビールが効いてしまったか。 松江駅のコインロッカーに荷物を預け、曇予報を裏切る雨の中、歩いて血液センターを目指す。かなり距離がありちょっとつらい。しかも前方には黒雲がたれ込めている。そうこうしているうちにすさまじい雷雨となった。めざましテレビの星占いの乙女座、最下位だけのことはある。20分ほど雨宿りをし、少し降りが弱まったところで意を決して血液センターへと向かった。勿論ぬれねずみである。この天気の中では献血しに出かけてくる気にもならないと見え、献血者は私一人。非常にスムーズに進み、2サイクルですんだこともあって9時半前には血液センターを悠々と後にすることができた。そのときには血液センターのロビーは献血者でいっぱいになっていた。これで40道府県目。残りは7都県だ。 降り止まぬ雨の中、これもリクエストにあった島根県立博物館に向かう。とりあえず写真だけは撮ったが、ここではすでに展示は行われていない。2007年、出雲市大社町に島根県立古代出雲歴史博物館がオープンするという。バスで松江駅に戻ってみると、雷雨の影響で列車に遅れが出ている。お気に入りの米吾の押し寿司を手に入れ、予定より早い列車にそそくさと乗り込んだ。 鳥取県内はすでに雨が上がって路面が乾いている。列車の遅れの方はすさまじく拡大して、乗り継ぎ列車は一本遅くなった。城崎温泉では乗り継ぎの時間を生かして地ビールとカニのペペロンチーノを楽しむ。さらに夜食用のカニのにぎりも求めた。なんといっても城崎はカニ王国なのだから。遅れをずっと引きずりつつ乗り継ぎに乗り継ぎを重ねて大垣へ。そして初めて乗るムーンライトながら。明日は北の大地へと羽ばたくのだ。 |
|||||||||||||||||
航空機の旅・北海道2005へ(この旅記録の続きです。)
鉄道の旅・宮城2005へ
|
|||
|
|