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| 2006.5.3 Wed 上諏訪発15:14 松本発16:10 信濃大町発17:29 南小谷発18:43(大糸線)−糸魚川着19:36 糸魚川発19:57特急 東北三大桜名所の一つ、北上展勝地の桜が見頃を迎え、絶好の快晴に恵まれるという天気予報を聞いて、急遽ドライブにて北上を目指すことにした。2日は遅くまで仕事がかかり、国道50号の佐野藤岡ICから東北道に入ったのは3日の午前0時15分。さほどひどい渋滞予想はでていなかったのだが、上河内SAあたりの渋滞で1時間以上の遅れ。更に衝撃の事故による通行止め。郡山ICで降りて健康ランドで泊。朝6時半に帰路につく。ただとんぼ返りするのもしゃくなので、館林まで足を伸ばして、花が見頃を迎えている県立つつじヶ丘公園に立ち寄ることにした。8時をそれなりに回っていたが、まださほどひどい混雑にはなっていない。上毛カルタに「花山公園躑躅の名所」と謳われているこの公園を入園料の必要な花の咲いている時期に訪れるのは勿論初めてだ。歴代藩主が保護してきただけあって歴史的な古木が現存するのがここの売り。新田義貞ゆかりのヤマツツジや中には800年以上前の古木も存在する。 北上展勝地の代わりにこれだけでは不完全燃焼なのでもう一ヶ所、朝のニュースでもたびたび取り上げられ有名になってきたみさと芝桜公園にも足を伸ばす。かなりの渋滞を耐え、いざ出陣。乙姫の羽衣をイメージしているという渦巻き模様はなかなか見応えがある。今年の市町村合併でここは高崎市の地籍となったばかりだが、ホームページでもしっかりPRしている。つい先頃、日本100名城に選定された箕輪城もこの芝桜公園の近くで高崎市の地籍。個人的に箕輪城は好きだが、高崎市にあると主張するのは何か恥ずかしい物がある。 思わぬアクシデントで先月の吉野行きくらいの交通費がまるまる無駄になってしまったのは何とも痛い。ドライブは思いつきで出かけられる気軽さがあるが、費用はかなりかかってしまう。家にいったん帰って改めて出発。富山・高岡ゾーンの周遊きっぷを用意したがアプローチ券と自由席特急券すべてあわせても14500円ですんでしまった。大糸線は3本の列車にそれぞれ約1時間ずつ乗車。時間はかかるが、鉄道の旅は割安だ。読書もはかどるし、疲れたら眠れるので楽でよい。金沢では寄り道はせずネットで割引券を手に入れておいたサウナに投宿。1575円は破格だ。 |
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| 2006.5.4 Thu 金沢発5:36 七尾発7:36 ◇七尾線全線乗車 (レンタカー) 金沢発17:17 高岡発18:03 ◇氷見線全線乗車 氷見発18:47 高岡発19:27(北陸本線)−金沢着20:05 せっかくの周遊きっぷだが、この日はレンタカーで能登半島を巡る。それでも早朝に七尾線完乗。最大の目的地は日本100名城の七尾城だ。2002年の大河ドラマ、利家とまつにも出てきた城だ。 5時前の早い始動。バスはまだ動いていないので歩いて金沢駅へと向かう。行きがけの駄賃に長町武家屋敷界隈の散策。家自体は現代風の物になっているが築地塀や門が連なり趣深い景観を作り上げている。金沢駅前の巨大なモニュメントにはカメラを向ける欲求を禁じ得ない。SUNKUSで朝食を調達して列車に乗り込んだ。素晴らしい晴天が広がっていて美しい能登の自然を自ずと期待してしまう。 七尾線完乗だけのために和倉温泉まで足を伸ばす。レンタカーの営業所が駅から大分遠く心配だったが、どうにか迷わずたどり着けた。ただ営業所はバスターミナルの間借りでオンライン化もされておらず、出発に手間取る。何はともあれ、七尾城。行きがけに小丸山城址はチェック。大河ドラマでもしっかり出てきた城だけに利家とまつの銅像があった。そして七尾城。延々と登城の道を車で上っていく。駐車場からでさえ七尾市街、能登島の眺望が素晴らしい。上杉謙信が絶賛した山城だけのことはある。ウッドチップの整備された道を少し進むとそこはもう調度丸。木立の中の石垣の佇まいがこれまた素晴らしい。そして少し登れば、桜馬場そして本丸。石垣の縁から海まで望めてしまうあたり、世界遺産の沖縄のグスクを連想してしまう。二の丸、三の丸も一通り歩いてみたが、この城に来れただけですっかり満足。前日のショックは完全に払拭できた。日本100名城も残す所、岡山の鬼ノ城のみとなった。 下山して七尾城資料館にも立ち寄っていく。能登の太守として入城した前田利家の展示は全くなく、能登畠山氏で攻めている。歴史の古さを自負していると言うことなのだろう。飯田家住宅もセットになっているので勿論見ていった。 絶好の好天の下、あとは能登の自然を楽しむことにする。大学時代に愛用していた旅行ガイドのイラストが印象的だった見附島ははずせない。能登島経由で急行。途中、能登島にかかる美しい斜張橋、ツインブリッジは写真に収めていった。 カーナビの指示を無視して珠洲道路を利用し大幅な時間短縮。正午前に見附島に到着した。青い空、青い海の中に浮かぶ見附島を見るのは初めてだ。軍艦島の異名を持つこの島をいろいろな角度から十分に楽しんだ。勿論、岩の道をたどって島の近くにも行ってみた。 そして奥能登の極み、能登半島最北端の禄剛崎。能登島を除けばゴールデンウィーク中と雖も渋滞が発生するほどの混雑はない。12時半、順調に能登半島の一番奥深くにたどり着くことができた。かわいらしい灯台は近くで拝むに限る。眼下には、千畳敷と呼ばれる岩。狼煙郵便局が発行している能登半島最北端の地到達証明書を200円で購入。 ここまでで十分に満足してしまっているので帰路の物件チェックはかなりなおざり。能登半島北辺を西に進み、まずは、奥能登塩田村。揚浜式の塩田で作られる塩は人気で品切れ状態。塩の製法ほか、世界の岩塩の展示など、なかなか楽しめる。続いて景勝スポットの曽々木海岸・窓岩。逆光だったので裏側からアップの写真を撮ってみた。岩の窓の中に海が見えるおもしろい写真が撮れた。この近くにある時国家はこの地に流された平時忠、例の平家にあらずんば人にあらずの暴言を吐いた御仁だが、その子、平時国が家祖として村を開いたとのこと。下時国家は修復を終えたばかりのようで、600円とちょっと高い。上時国家の方が貴族的な装飾の家となっているがこちらは420円だ。ともに国の重要文化財だが、両者の関係はよくわからない。 更に国道を西に進んで白米の千枚田。水は入っているが、田植えはこれからで、鍾乳洞の千枚皿を思わせる景観だった。路上駐車の車がびっしりでこの日一番混雑していたスポット。あとは金沢に戻るだけと能登有料道路に乗り込んだが、料金所の度に渋滞となるので千里浜で降り、渚ドライブウェイをしばし走った後は、国道で金沢に帰着。レンタカーを返却して高岡に向かい、氷見線完乗を達成した。氷見でおいしい海の幸でも食べようとたくらんでいたが、寂れた佇まいに金沢へと引き返すことにする。駅の銀座ライオンでエビスと北陸の幸を盛り合わせた弁当の夕食とした。漫画喫茶でインターネット検索したあと、前日と同じサウナに投宿。 |
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| 2006.5.5 Fri 金沢発6:38 高岡発7:09 ◇城端線全線乗車 城端発8:21 高岡発11:04 糸魚川発12:12 南小谷発13:20 3日連続のコンビニ朝食。まずは、高岡に向かって城端線完乗を目指す。高岡駅前には大伴家持の銅像があるが、越中国司として5年間赴任し、多くの歌も詠まれているというゆかりがあるとのこと。路面電車・万葉線の名前は万葉集にちなんでいたとは知らなかった。城端ではどこによるでもなくすぐに高岡にとんぼ返り。この日最大の目的地、瑞龍寺へと向かった。前田家2代利長の菩提寺と言うことで参道には銅像がある。 ちょうど3年前の2003年5月5日、初めて瑞龍寺を訪れ、その美しさに心を奪われたのだが、夕刻だったため逆光となり、満足な写真が撮れなかった。今回は満を持して午前中の拝観。国宝の山門の前には真っ白な玉砂利が広がり、鉛の白い屋根が印象的な国宝の仏殿の周りは緑の芝生。観光客は決して少なくないのだが、山門をくぐった観光客は思わず歩を止めてしばし見入ってしまうため、写真は意外と撮りやすい。重文の禅堂、国宝の法堂、重文の大茶堂、大庫裏とすべてすっかり堪能してから駅へと戻った。 高岡では、あと古い町並みをチェックしておきたい。コミュニティバスで、まずは千本格子の町並み、金屋町へと向かう。高岡銅器発祥の地で、銅片が敷き込まれた石畳はなかなか良い雰囲気だ。重要伝統的建造物群保存地区の山町筋のほうは土蔵造りの町並みが売りだが、こちらは土蔵が点在していて少し拍子抜け。川越の土蔵の町並みと比べてしまうとかなり落ちると思う。重文の菅野家の中など全く見ずにあとはとんぼ返り。南小谷始発の特急あずさには予想通り楽々と自由席に座ることができた。そして、早々と帰着したおかげで、無謀な行動に奔ってしまうことになるのである。 |
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