|
||||||||||||||||||||||
| 2006.11.10 Fri 上諏訪発18:26 塩尻発19:00 名古屋発20:57 新大阪発21:54 大阪発22:00 |
土曜日に所用が連続してはいる魔のパターンから脱出して先月末はようやく土曜日の献血をいわき母体にて実行できた。今回も土曜献血ということで大阪母体をターゲットに。関西を目指せば、京都の未公開文化財特別拝観や秋の特別公開をたっぷりと楽しめるわけだし、まさに一石二鳥。2006年、ずっと悩殺されてきた大きな仕事の一つが会計処理に至るまでようやく片が付いたという開放感も手伝って心が弾む。急な仕事が入ってもいけないので往路はすべて自由席。駐車場に空きスペースがなく焦ったが、数分の待ちで駐車することが出来、無事予定通りの列車に乗り込むことができた。しなのは空きの多い喫煙の自由席で我慢。2分の乗り継ぎで飛び込んだのぞみも京都からは座ることができた。翌朝の散策を視野に天王寺に泊をとる。 | |||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||
| 2006.11.11 Sat 天王寺発7:19 森ノ宮発10:16 大阪発10:30 (京都市バス) 雨予報の土曜日だが、幸い、大した雨は降っていない。大阪冬の陣の家康の陣所、茶臼山をねらったが、早朝の天王寺公園は完全に閉ざされていてあえなく断念。駅で朝食をとってそそくさと玉造へと向かう。玉造駅近くの三光神社は大阪冬の陣の際の真田丸の場所に当たり真田の抜け穴と真田幸村像がある。2003年に訪れているが、真田丸全体の雰囲気を味わおうと真田山公園一帯を散策してみた。が、日露戦争の陸軍戦没者のおびただしい墓や真田山小学校などになっており、めぼしい撮影スポットはない。功名が辻の「ガラシャの魂」の時の紀行で紹介された越中井も近いので勿論立ち寄っていく。細川ガラシャが石田三成の兵に囲まれて命を落とした細川屋敷は現在、聖マリア教会となっていて細川ガラシャと高山右近の像、細川ガラシャの碑などがある。その細川屋敷の井戸が越中井というわけだ。 難波宮も近くなのだが、天気も良くないことだし、この辺で大阪府赤十字血液センターへと向かう。森ノ宮から徒歩10分といったところ。8:30に到着したが、まだ開いていなかったのでしばし読書をして過ごす。一番に受付をし今回も順調に献血を終えることができた。残る母体(血液センター)は秋田、天神、北海道、旭川、釧路の5ヶ所。どこも手強いところばかり。2007年にいくつクリアすることが出来るのだろう。 献血を終え、次は京都を目指す。11時の開店時間を過ぎたばかりならば拉麺小路の人気店でも待ち時間はない。すみれの味噌ラーメンを昼食とする。そして食後、エレベーターに乗るときに目に入ってしまった「吉村作治の早大エジプト発掘40年展」へ急遽、赴くこととする。伊勢丹の7F、美術館「えき」KYOTOが会場。世界初公開の青いミイラマスクと木棺が目玉。レリーフなど、発掘品の数々も皆見応え十分。遅々として進まない人の列もあまり苦にならなかった。例によって図録を購入。来月は有馬記念で上京するので国立科学博物館のミイラと古代エジプト展にも行ってしまおう。 ここでようやく当初の計画に戻り、東寺へと向かう。2003年に訪れた時に特別公開で小子房、観智院、宝物館を見ているので今回は五重塔内陣の特別拝観のみにとどめる。江戸期に再建された後、塔が重みで縮み、心柱が突き出てしまったため、1層の須弥壇の下の心柱を50cmほど切ったあとを見ることができる。司馬遼太郎の空海の風景を読んだ身としては、恵果や空海の肖像も興味深いものがあった。勿論、金堂内や立体曼荼羅と呼ばれる講堂内、そして国宝の御影堂も拝んでいく。 第42回京都非公開文化財特別拝観の第1弾は東寺北方の西本願寺。本当は御影堂の修復工事が完了してから訪れる予定だったのだが、国宝・飛雲閣が拝めるとあって急遽、訪れることにしたのだ。金閣、銀閣と並んで京都三閣と称されるが、飛雲閣のみは写真撮影が許可されていない事は知っていた。とりあえず、国宝の唐門をチェック。そして速攻で飛雲閣に向かう。さすがに飛雲閣の存在はかなりの人が知っているようで、外国人観光客を含め大勢の観光客が訪れていた。写真を撮ってしまう外国人もいたが、大金を払って訪れている外国人観光客に写真を撮るなと言うのは少々傲慢なような気もする。私は塀の外から3層目のみを撮すにとどめておいた。今回の特別拝観では経蔵も公開されていて内部の転輪蔵(回転式書架)を見ることができた。 次の特別拝観、特別公開のスポット・大徳寺に向かう途中、白峯神宮に立ち寄る。崇徳天皇、淳仁天皇が祭神のこの神社は蹴鞠の縁で球技上達を謳っている。サンガのサッカーボールが奉納されていたが、サンガの成績から推し量るに霊験あらたかとは言い難いようだ。これで全神宮制覇まで残るは英彦山神宮のみ。 大徳寺で絶対はずせないのは信長の菩提寺・総見院。しかし、まずは特別拝観の黄梅院から。小早川隆景、毛利元就、信長の父・織田信秀、蒲生氏郷らの墓所となっているが墓地に立ち入ることができないのは何とも残念。昨夢軒という茶室が一番の見どころか。水墨画の襖絵もあったが余り印象に残っていない。総見院との共通券を買って特別公開の興臨院にも立ち寄ってみたが、茶室、襖絵、庭園などさほど印象に残っていない。そしていよいよ、本日の目玉の総見院。秀吉が信長の木像をつくって法要を行った信長の菩提寺である。その重文の木像が何と言っても最大のお宝。木像を乗せた輿、墓など写真は取り放題だったのでようやく満たされた感じだ。掘り抜き井戸の水の透明度も印象深いものがあった。一方、800円も取る非公開文化財の特別拝観は撮影禁止のオンパレードでいただけない。それでも最後に聚光院には寄ってしまった。次の公開はもうないかも知れないという国宝の狩野松栄、永徳父子の襖絵が見物。親子合作の間もあった。個人的には雄渾な筆致の狩野永徳の作品が好み。重文の茶室・閑隠席も趣深かった。三好長慶と千利休の墓は残念ながら非公開だった。すっかり薄暗くなってきたのでここで大徳寺をあとにする。 時間は早いが新京極に繰り出してキリンバーで夕食。ブラウマイスターで満足の食事となった。そして暗くなった所で清水寺の夜の特別拝観にも繰り出してしまった。すさまじい混雑だが、それなりに楽しめる。この人気ぶりを見ると新・世界の7不思議に入れてあげたい気もするが、強敵揃いで厳しいだろうな。 |
|
|||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||
| 2006.11.12 Sun 京都発15:06 名古屋発17:00 塩尻発18:52 この日のスタートは広隆寺と決めてあるので全く急ぐ必要はない。午前7時過ぎに京都駅のマクドナルドに繰り出すという悠長さ。おかげで席の空きを見つけるまで暫くかかってしまった。広隆寺には8時少し過ぎに到着。拝観開始までしばし待つ。 春秋の日曜祝日にしか公開されないという国宝の桂宮院がお目当て。しばし冷え込みの厳しい境内で時間をつぶして満を持して桂宮院拝観へとむかったが生憎の撮影禁止。何とも残念である。霊宝館では国宝第1号の弥勒菩薩半伽思惟像をはじめ数々の文化財が展示されている。国宝の十二神将など、なかなかの迫力で見応え十分。 続く目的地は慈照寺銀閣。2003年に見ることができなかった特別公開の国宝・東求堂、三年越しに実現だ。迷うことなく弄清亭を含めた2000円コースを選択した。本堂には足利義政の位牌の他、与謝蕪村、池大雅の襖絵、東求堂には有名な書院造りの同仁斎と足利義政の木像、弄清亭には奥田元宋画伯の絢爛豪華な襖絵と見どころ満載でたっぷり楽しめた。特別史跡の慈照寺庭園も上の方に登っていくとそれなりに紅葉が始まっており、言うことなし。 銀閣からは哲学の道を辿って南禅寺まで歩いていく。行きつけの湯豆腐屋で昼食と思っていたが、大層な混雑だったので隣の南禅寺塔頭・聴松院で湯豆腐をいただくことにした。いきなり雨が降ってきてしまったが、庭園を眺めながらゆったりと昼食をとることができた。食後は南禅寺を散策。琵琶湖疎水の水路閣をくぐると非公開文化財特別拝観の南禅院。木造亀山法皇坐像とその前に吊されたシャンデリア様の瑠璃燈が見物。亀山法皇の御霊屋もある。 予定はしていなかったが、金地院崇伝ゆかりの金地院でも特別公開をやっていたので寄っていくことにした。大河ドラマ・葵徳川三代には良く出てきた崇伝だが、さすがに功名が辻には出番がない。生憎、方丈の屋根は修復工事が完了していなかった。重文の東照宮を経て方丈でしばし待ち、特別公開の重文茶室八窓席へ。小堀遠州作の京都三名席の1つ。写真撮影はできないが、他にも長谷川等伯の襖絵・猿猴捉月図見どころはかなりあるので満足だ。 非公開文化財特別拝観の締めは知恩院の三門。南禅寺から徒歩で赴く。国宝の三門は我が国最大の楼門で800円払っても登りたいという人は大勢いる。十六羅漢像や狩野探幽の雲竜図をはじめとする極彩色の天井画など、一見の価値はあるというものか。ただ、東福寺三門と同様、門からの眺めまで写真撮影不可というのは納得がいかない。この二日間で5箇所の非公開文化財特別拝観をまわったがそれだけで4000円もかけてしまった。秋の特別公開も6箇所。こちらも4400円の出費。ローンを組んでの大きな買い物をしてしまったことでもあるし、今後はこのような濫費は控えるようにしたいと思う。帰路は名古屋で途中下車。東急ハンズで買い物をしていく。 |
||||||||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||||||||