2006.8.11 Fri

上諏訪発16:11(中央本線)−塩尻着16:39
塩尻発16:55特急ワイドビューしなの20号−名古屋着18:50
名古屋発18:57新幹線のぞみ47号−博多着22:36

満足に休日も取れなかった2006年の夏、お盆休みだけはとらせてもらうことにする。指定席が確保できるかどうか心配だったが、帰りのあかつきのレガートシートも手に入れることが出来、上諏訪〜博多の往復が38000円余りですんでしまった。レンタカーも無事確保。11日の勤務をすませてそそくさと出立。指定席をとるのはそんなに大変ではなかったのだが、博多行きののぞみは結構な混雑。乗降に時間がかかり、博多には6分遅れで到着。すぐに休んで翌日に備える。

2006.8.12 Sat

(レンタカー)


朝食はローソンで調達してさっと済ませ、24時間営業のレンタカー営業所へは7時前に赴く。青空が広がっているのを確認して平戸へ直行することとした。6:50の出発。ETC付きの車を指定しておいたので、通勤割引が適用される。福岡都市高速から太宰府ICへ。九州道、鳥栖JCT、長崎道、武雄JCT、西九州道と辿って佐世保三川内ICでおりる。後は県道で平戸を目指すが、ロードマップにもカーナビにも載っていない農免道路はなかなか快適で9時ちょっと過ぎには平戸城についてしまった。2003年に来たときは生憎の曇天だったが今回はきれいな青空が広がっている。大した歩行距離ではないのだが、すっかり汗にまみれてしまった。天守からはザビエル記念教会も見え、なかなかの眺めなのだが、とにかく暑い。一通り、すべての櫓を見て回って、乾櫓前の自販機で\140のCCレモンを購入。

2003年に撮った写真は皆、露出アンダーなので前回訪れたところはきちんとトレース。松浦史料博物館では「大航海時代の平戸と女性たち展」という企画展が行われていた。女性に関係ない地球儀、天球儀が印象的だったりするが、平戸の女性、田川マツを母に持つ鄭成功の鄭氏糸印があったのはナイス。白石一郎の鄭成功を描いた小説、「怒濤のごとく」を2004年に読了しているので思い入れはかなりある。

平戸ではずせないのは何と言ってもザビエル記念教会。やはり晴天の下だと美しい。逆に寺院と教会が見える風景は日が当たっていると日なたと日陰のコントラストがありすぎて写真は撮りにくくなってしまう。

2003年は8時に佐世保でレンタカーを借り、平戸を回って12時には返却という駆足だったが、今回はもっとゆっくりできる。平戸和蘭商館跡、その石垣跡に建つ常燈の鼻に足を伸ばしてみたが、平戸和蘭商館は1639年建造倉庫の建物復元と、石垣修理などの周辺環境整備を目指しているという。日本100名城スタンプラリーで平戸城を回る必要もあることだし成り行きを楽しみに見守ることにしよう。

日が翳った所でオランダ橋(幸橋)の写真を撮影して生月島にも足を伸ばすこととした。雨雲に追い立てられるように生月島にわたり北上。駐車場からかなりきつい坂を登って汗まみれになりながら大バエ灯台に到着。平戸島より北に位置する北端の大バエ灯台のあたりは、まだ青空が広がっていて、展望台のような灯台の階段からは素晴らしい景色を楽しむことができた。近くには塩俵の断崖もあって亀甲模様の柱状節理がはっきりと見える。下の方の岩が塩俵を積み重ねたように見えるが故の命名だそうだ。

西岸のサンセットロードを走ってほぼ島を一周、せっかくなので生月町博物館の「島の館」にも寄ってみた。メインは鯨、捕鯨の展示。鯨の町、和歌山県太地町のくじらの博物館よりビジュアル的にはクオリティが高い。2階にはカクレキリシタンのコーナーもある。魚の剥製がぶら下がっているシー・ファンタジックアリーナはおまけみたいなもの。最後に道の駅・生月大橋で生月大橋の写真を撮り、ミネラルウォーターを購入。ポリシーに反してカーエアコンを使っているが汗はなかなか引かない。

思ったより、早く生月島を回ってしまったので、佐世保で献血することに予定変更、路傍にあった鄭成功児誕石をチェックしたのみで平戸島をあとにした。道の駅・昆虫の里たびらで昼食を調達。平戸名物のまわりにストローがついたかまぼこにもかぶりついたが、これは、包丁で切って上品にいただく方がおいしいに違いない。

佐世保に向かう途中、鹿町町の長串山公園から西海国立公園の代表的景観、北九十九島をのぞむ。雨上がりで強烈に蒸し暑い中ではあったが、心が洗われる風景だ。佐世保から平戸にかけての海域に208の島が散らばり、その密度は日本一だという。展望スポットもいくつかあるようで日本三景の松島に比べ遙かに見応えがあるように思う。

既に佐世保市に合併されてしまっている旧小佐々町には本土最西端の神崎鼻もあるので抜け目なく寄ってみた。もっと閑散としているかと思ったが、結構人が訪れているし、なかなか立派な碑も建っている。これで本土の四端を制覇。

九十九島の展望スポットとして佐世保市内の弓張展望台にも行ってみた。軍港佐世保の眺めは素晴らしかったが、九十九島はちょっと遠くかすんでいる。おまけに対岸の平戸島はスコールに見舞われている様子だ。ラジオでも長崎市内が猛烈な雷雨に見舞われたと聞いた。ここまでにわか雨を避けてうまく立ち回ってきたと言えるのかもしれない。

時刻は15時を回っているのでそろそろ献血ルームに行きたい所。といっても佐世保で献血する予定ではなかったので、地図の用意はしてきていない。佐世保駅でタウンページを使って住所を調べ、携帯しているノートパソコンの電子地図を使って松浦鉄道・佐世保中央駅付近に献血ルーム西海があることを割り出した。おおよその見当をつけて立体駐車場に車を駐め、当サイトを御贔屓いただいているmoristotelesさんに教えていただいた四ヶ町アーケードをしばらく歩いていると、めざす献血ルーム西海が見つかった。

外気温の高さで皆からだが暖まっていると見えて「どなたも腕が温かいですね。」と言われるが、別段献血には支障なく、今回も無事、血漿成分で献血を終えることができた。献血の前も後もここぞとばかりに無料のドリンクを飲みまくってしまう。

せっかく、駐車券もいただいたことだし、此所でお目当ての佐世保バーガーも購入していくことにした。三ヶ町、四ヶ町の長い長いアーケードを突き抜けて歩いていく。それにしても全国的にはシャッター街と化してしまっているアーケードが多い中、地方都市・佐世保のアーケード街の賑わいは特筆ものである。お盆休みでシャッターを閉めている店はごくわずかで、ほとんどが店を開いている。人通りもとても多くて写真を撮るのに難渋した。松浦鉄道がアーケードの上を横切っている所もすごいと思う。東京でも人気の佐世保バーガーだが、普段から小食に抑えている夕食としてレギュラーサイズを買う勇気はなく、スモールサイズのスペシャルバーガーを購入した。\350ならモスバーガーと同じくらいだ。駐車場に戻りがてら、セブンイレブンで安売りしている午後の紅茶スパークリングレモンも買っていく。

夕食をゲットした後は、展海峰へと向かい四阿で夕食。佐世保バーガーは期待を大きく上回るおいしさだった。次はレギュラーサイズに挑戦してみたい。午後の紅茶スパークリングレモンも一発で気に入ってしまった。そして、肝腎の九十九島の夕景、これまた期待以上の素晴らしさだった。宿を佐世保市内にとって翌朝、青空の下の九十九島も見てみたい。

2004.8.13 Sun

(レンタカー)


朝目覚めると既に6時を回っている。早起きが習慣化している私としては珍しい失態。朝風呂にも入らず、そそくさと出かける。外は、青空が広がっていて今日も好天が期待できそうだ。早速、展海峰に向かってみる。夕景も良かったが、青い空、青い海の九十九島はまた格別である。ローソンで朝食を調達して更にmoristotelesさんに教えてもらった眼鏡岩にも足を伸ばしてみた。こちらは期待以上でも、期待以下でもないと言った所。

この後は1日、佐賀県内を回る。まずは、2006年に重要伝統的建造物群保存地区に指定されたばかりの嬉野市塩田津へ向かう。2006年は重要伝統的建造物群保存地区に新たに13地区が加盟しており、佐賀県にも3箇所、新加盟地区がある。平成の市町村合併で嬉野市となった塩田宿は、電線の地中化も行っており景観整備に力を入れている様子が伺えるが、古い建造物はそれほど多くはない。商家町と言うことで西村家住宅近くが一番の見所か。

続いて塩田宿からごく近くの鹿島市浜中町八本木宿の醸造町。銀行や信用金庫に車を駐められた塩田宿と違って此所は車を駐める場所にも難渋するほど、観光客には対応できていない。一応、重要伝統的建造物群保存地区入りを祝う立て看板は見られた。醤油や酒の醸造業を営む家はもう数件しかないそうだが、古い建造物はまだそれなりに残っている。さらに此所と同一地区と言って良い隣接地区に港町・在郷町の浜庄津町浜金屋町がある。こちらは茅葺きの家が数軒残っているといった佇まいでよっぽど気をつけて探索しないと見つけることはできないだろう。この期に及んでようやく重要伝統的建造物群保存地区入りをした地区には多大な期待は抱かない方が良さそうだ。

せっかく近くにまで来ていたので三大稲荷の祐徳稲荷神社にも寄っていくことにした。2004年に訪れた時は夕刻だったので当然閉まっていた祐徳記念館に真っ先に向かう。神社の宝物館にありがちな刀剣類や鹿島藩歴代藩主の甲冑などの展示で特筆すべきお宝は見あたらなかった。で肝腎の神社は本殿まわりの欄干の塗り替え工事中。落胆しつつもお守りだけは購入しておいた。これで懲りることなく2004年8月と全く同じルートで多久聖廟にも向かった。現存する孔子廟としては日本で最も古いもののひとつで今でも古式通りの作法で釈菜(せきさい)という儀式が行われている。多久聖廟展示館では、この釈菜で使われる衣装などが展示されていて無料の割には楽しめた。

いよいよ、この日最大の目標、九州の小京都・小城に向かう。まずは、ロードマップでもわかりやすい小城公園へ。桜の名所で小城藩2代藩主が庭園も造っている。どのあたりが小京都の佇まいかわからないので、勉強のために桜城館へと向かう。図書館も入っている施設で、2階が無料の歴史資料館と梧竹記念館になっている。中林梧竹は小城出身の書聖で、70,80を超えても新境地を目指すその姿勢には感銘を受けた。観光パンフレットを手に入れることができたのでめぼしいスポットを目指してみる。近くの小城藩邸正門前の石橋と藩邸跡をチェックしてから村岡総本舗羊羹記念館へとむかった。趣のある建物は佐賀県遺産に指定されている。第1号として選ばれた全16件の佐賀県遺産のうち、小城市小城町内だけでも5件を数える佐賀県遺産だが、今回はこの羊羹記念館のみのチェックにとどめる。

ここで、ついにバケツをひっくり返したような大雨に見舞われる。羊羹資料館の展示をじっくり見て回り、珍しい羊羹の中に下諏訪の塩羊羹を発見したりもして時間をつぶしたが限界がある。お土産として小城羊羹は買っていく予定だったが、季節限定の岩蔵をはじめ、涼感を誘うおいしそうな水菓子をたくさん買い込んでしまった。勿論、荷物になってしまうので宅配便をお願いする。さらに、切り羊羹を買って羊羹資料館でいただいているうちにようやく雨が小降りになってきたので、意を決して目の前の須賀神社の石段を登っていった。にわか雨にも拘らずさほど気温は下がっていなくてすぐに汗まみれ。ここは、南北朝時代に肥前千葉氏が土着し居城とした千葉城跡。山頂には展望台が設けられており、小京都・小城の町並みを一望することができる。雨上がりの少し煙った風情もなかなかのものだ。最後に、小城鍋島家の墓所である星巌寺を訪れて締め。本堂は残っていないが、五百羅漢などもありなかなか趣深い佇まいだが、楼門のまわりをフェンスで囲ってしまっているのは無粋きわまりない。

蒸し暑い中、更に延々と炎天下を歩くのは非常に気が進まないのだが、佐賀県と言った場合に吉野ヶ里遺跡をはずすわけにはやはり行かない。日本100名城に選定されたお祝いの意味も込めて赴くこととした。2004年に訪れた際に更地になっていた南内郭は既に物見櫓や竪穴住居が復元されていた。早速、物見櫓に登って市と倉など上から眺めてみた。古い物見櫓などは各地に転売されていて現在も活用されているらしい。展望台としてそれぞれの地で人気を博す可能性もありそうだ。

吉野ヶ里遺跡は、常に発展途上で現在は南のムラと北墳丘墓の整備が進められている。特に北墳丘墓はドーム型に整備され、有柄銅剣や管玉の発掘状況が再現され、2008年オープンの予定だという。

山際ではかなりの雨が降っているようだが、吉野ヶ里歴史公園に雨が落ちてくる気配はない。蒸し暑い北内郭の神殿の最上階まで足を伸ばしたあとは、涼しい展示館で展示とビデオを見てゆっくりくつろぐ。そのあとは歴史公園センターのレストランでソフトクリームを購入。この日は水分補給ばかりが続いて昼食は小城羊羹一切れだけになってしまっていた。更に涼しいミニシアターで映像を楽しんでから吉野ヶ里を後にした。

帰路は、東脊振ICより、普通に高速を利用。勿論ETC通勤割引の適用だ。そのままレンタカーを返却するがガソリンは前払いできっちり使い切っての返却だから安く上がっている。夕食はキャナルシティでエビスビールをたっぷり飲んで贅沢三昧。

2004.8.14 Mon

(レンタカー)
博多発22:31寝台特急あかつき


前夜、水分補給をせずに寝てしまったのでやけにのどが渇く。レンタカーは8時からなのであわてる必要はない。7時開店のモスバーガーで朝食。更にセブンイレブンで飲み物を調達してからレンタカーの営業所へ。この日は一番安い軽自動車でETC非対応なので高速を使うつもりはない。

まずは、海の中道を通って国宝・金印の志賀島へ。1994年以来だから、12年ぶりの志賀島だ。この日も素晴らしい晴天で、朝から厳しい暑さ。金印公園のちょっとした階段を上っただけでもう汗でびっしょりだ。金印公園の近くには蒙古塚があるが参道と書いてある階段にはロープが張ってある。路傍にあったこれらが本当に蒙古塚なのかどうかは定かでない。このあたりからは福岡沖地震で激甚災害を受けた玄海島もよく見えた。まだ地震から1年半も経っていないのにかなり昔の出来事に感じられてしまう。

島を気持ちよく回っていたら志賀海神社の至近でいきなり通行止めの看板。仕方なく引き返し、潮見公園経由で志賀海神社に赴くこととした。潮見公園の展望台からは海の中道がとてもよく見えた。志賀海神社でのお目当ては金印のレプリカ。実物よりわずかに大きめだが、12年前に\3000で買った金印はペーパーウエイトとしてなかなか重宝している。そのメッキがだいぶはげてきたので新しい物が欲しくなったのだ。値段は\3300に上がっていたが、桐箱入りの重々しさは12年前の物と全く同じでうれしくなってしまった。

志賀島から海の中道を香椎線沿いに進んでいくと前方に3つのピークが特徴的な立花山が見えてきた。立花道雪、立花宗茂の居城、立花城だ。2004年は立花宗茂に入れ込んでいて岩屋城や柳川も訪れているのだが、立花城は訪れる機会がなかった。真夏の登山は不安ではあるが意を決して立花山登山口へと向かう。うろ覚えの梅岳寺を目指したが一発で登山口にたどり着けた。山を登り始めてしばらく行くと山頂まで800mの表示。距離的には三大山城の岩村城並みと言うことだが、標高差はどう見てもこちらの方がある。しかし表示の距離ほどは実際にはなく、途中、古井戸跡などにも寄りつつ、30分足らずで山頂にたどり着くことができた。休憩無しなので全身汗でびっしょりで息も荒い。山頂からは太宰府方面や海の中道もよく見えたが、心地よい風もなくゆっくり休んでいるのも厳しい状況だ。石垣跡なども残っているようだが、見つけられなかった時の徒労感を思うと探しに行く勇気もなく、すごすごと引き返すことにする。しかし、2年以上も行きたいと思っていた立花城を訪れることができて心はとても満たされている。

あとは、オマケのつもりで宗像大社へと向かったが、これが非常にうれしい誤算。拝殿、本殿が重文というだけでもうれしいのに、神宝館にそれこそ数えきれぬほどの国宝が展示されていたのだ。\500は決して高くない。海の正倉院と呼ばれる沖ノ島から出土した夥しい遺物、一番の目玉の金製指輪をはじめ鏡、勾玉、馬具、さびた鉄剣、様々な形の須恵器に至るまで国宝に指定されている。国宝、重文の数は勿論日本一だろう。あまりに感動してしまったので2000円のカタログまで買ってしまった。沖ノ島は日本初の複合遺産として世界遺産入りを目指しているという。島には年1回しか渡ることができず、全裸での禊も必要という事で、訪れることは難しそうだが、まずは、国内の候補リスト入りを目指してがんばって欲しい。

宗像大社の近くには副葬品がことごとく国宝に指定され2005年12月に九州国立博物館でその副葬品を見ることのできた宮地嶽古墳もあるのだが、全くの思いつきで宗像大社に赴いたため、完全に見逃している。昼食は更に黒崎まで進んで一蘭のラーメン。数多くの国宝に触発され、福岡市博物館の金印も見ようとたくらんで下道で向かったが、生憎の休館日だった。仕方がないので涼しい福岡タワーでしばし時を過ごす。レンタカー返却後は前日に続いてキャナルシティでエビスビールを堪能。あかつきの発車までは駅近くのネットカフェ。フリードリンクをかなり飲んでしまった。そして、性懲りもなく安いあかつきのレガートシートに乗り込む。

志賀島

志賀島・金印公園

志賀島・蒙古塚

志賀島より玄海島

志賀島潮見公園より海の中道

志賀海神社・拝殿

志賀海神社の金印

立花山遠景

立花城

宗像大社拝殿(重文)

宗像大社・神宝館

一蘭の博多ラーメン

福岡タワー

福岡タワーより志賀島

福岡タワーより立花山

2006.8.15 Tue

−京都着7:53
京都発8:31(近鉄京都線急行)−丹波橋着8:40
桃山発10:09(奈良線)−京都着10:19
京都発10:26新幹線のぞみ70号−名古屋着11:02
名古屋発12:00特急ワイドビューしなの11号−塩尻着13:49
塩尻発13:55(中央本線)−上諏訪着14:15


前夜は、小倉駅や門司駅、下関駅への停車にも全く気がつかないほど、熟睡できた。首、腰回りに痛みは残るが体調は悪くない。この日の京都も雲一つない快晴で暑そう。しかし、九州での三日間に比べると空気が軽くさわやかだ。京都駅で朝食をとって伏見桃山城に向けて出発。今までなぜか実物を拝む機会がなかった伏見城。池波正太郎の「真田太平記」を関ヶ原前夜の部分まで読み進めており、是非とも拝んでおきたかったのだ。本来城のあった場所は今では明治天皇桃山御陵となってしまっており、天守のそびえる場所は本来伏見城のあった場所とは異なるため、模擬天守扱いをされ、日本100名城にも選ばれていないしょうもない城だが、伏見桃山城運動公園として2007年オープンの予定だという。とりあえず、取り壊しの危機は脱したようだ。

旧キャスルランドの入り口脇には桓武天皇柏原御陵があるのでついでに寄っていく。歴史の教科書では平安遷都を行った偉人として扱われるが、そのための資金調達と民心慰撫のために蝦夷征伐を行った極悪人として私は捉えている。高橋克彦の火怨の影響は未だに大きい。肝心の伏見城天守はフェンスの中に入ることが出来ないので満足な写真を撮ることが出来ない。運動公園のオープンを待つしかないだろう。

さらに隣接する明治天皇桃山御陵にも足を伸ばす。延々と参道が続く広大な陵墓だ。かつての伏見城の大きさが偲べようというもの。ウォーキングで訪れる人も多い。聖帝として崇められているが故に近代の元首としては破格の巨大な陵墓となっているが、明治維新時には完全なる傀儡だったと見るのが妥当だろう。大久保利通や岩倉具視の陰謀(孝明天皇暗殺)であの時期に即位することができた人なのだと私は今でも思っている。

最後に御香宮。鳥羽伏見の戦いの戦跡でもあるが、伏見城の遺構(大手門)が表門として残り、伏見城跡残石もある。伏見へのちょっとした寄り道だったが、非常に満足のいくものとなった。連日、暑さに身をさらしてきたため、蓄積疲労はかなりのもの。自由席が確保できることを確認して早々に帰路につく。

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