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| 2006.9.10 Sun 上諏訪発6:04 甲府発7:14 高尾発8:55 八王子発9:03 茅ヶ崎発10:19 藤沢発11:58 国府津発12:30 ◇御殿場線完全乗車 沼津発13:56 富士発14:21 ◇身延線完全乗車 甲府発18:06 餘部鉄橋の最後の夏を見届けるべく青春18きっぷを購入したもののその後、9週間連続で土曜日に所用が入っている状態ではとても残り二日分をまとめて使うことなど出来はしない。とりあえず8月26日の午後は比較的近場の八王子献血ルームに日帰りで出かけてみた。そして、残る最後の一日分は、有効期限ギリギリの9月10日にやはり献血で使うこととした。せっかくの青春18きっぷなのでついでに未乗の路線の完乗まで欲張ることにする。 前夜、サイトウキネンフェスティバルの内田光子のベートーヴェン作曲ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、ショスタコーヴィッチ作曲交響曲第5番「革命」などを楽しんでしまったため、就寝時刻はかなり遅かったのだが、朝一番の列車で出発。コンビニで朝食を調達するだけのゆとりはあった。乗り慣れた中央東線の車窓は楽しむことなく、ひたすら読書にいそしむ。2度目の乗車となる相模線でも読書を続け、池波正太郎の真田太平記第11巻を読了することができた。 藤沢では素晴らしい晴天が広がっている。献血で長時間拘束されるのがもったいないくらいだが、仕方ない。10:30に受付、11時過ぎには採血に入れたが、私としては滅多にない想定外の4サイクル目に突入したため、かなり焦る。かなり気に入っている神奈川のTシャツを頂いて駅に駆け込み、予定通りの電車に何とか乗り込むことができた。電車の中で献血手帳を確認すると、「湘南血漿」のゴム印。手帳にゴム印を押してもらえるのもあと1回だけ。どうせだったら、珍しいゴム印をねらってみたいものだが、日帰り献血ではたかがしれている。 平塚駅での停車時間にキオスクでパンを購入し、昼食とする。この先、乗り継ぎ時間には全く余裕がないので、わびしい食事だが、我慢するしかない。 国府津からは、御殿場線に乗り換える。かつては東海道本線であったが、丹那トンネルの開通により、ローカル線に転落。複線だったのに単線化され、現在も使われていないトンネルや橋脚が残っている。そんな鉄道遺産よりも期待していたのは車窓から眺める富士山と愛鷹山。御殿場線を進んですぐに富士山が見え始め期待が高まる。ところが、御殿場に抜けると富士山はすっかり雲に覆われていた。愛鷹山もしかり。失望を隠せぬまま御殿場線完乗を達成。 東海道線への乗り継ぎ時間はごくわずかで、沼津から富士へ。製紙工場の煙突から出る煙が印象的だ。御殿場線に続いて、初乗車の身延線へ。2両編成でかなりの混雑だった御殿場線に比べ、3両編成ということもあってかなりゆとりがある。富士の街中から遠ざかるに従って、富士山の頭が見えてきた。しかし、じきに富士山の優美な姿とはお別れとなる。 身延線の車窓のハイライトは何と言っても三大急流の富士川。かなりの長きにわたって蛇行する富士川を楽しむことができる。今まで、三大急流の最上川に沿った陸羽西線、球磨川に沿った肥薩線にも乗ったことがあるが、川の美しさは身延線の富士川が一番のように思えた。天気の良さが影響しているのかもしれない。途中、身延駅では25分もの停車があったので、改札の外にも出てみたが、お宝を見いだすことはできなかった。身延を過ぎると富士川からはなれ山岳路線となってしまう。甲府まで乗り切って、身延線も無事、完乗達成。 甲府では乗り継ぎ時間が50分もあるので、少し薄暗くなってはいたが、甲府城に繰り出してみた。復興された稲荷櫓は既に閉まっており、天守台へと向かう。立派な天守台の上からは、富士山の頭も見えていた。すぐに戻ってモスバーガーで夕食。 既に窓の外は暗くなっているし、乗り慣れている路線でもあるので、上諏訪までの車中は、写真の整理と読書に勤しんだ。真田太平記全12巻の読了も間近である。帰宅してからは、大河ドラマ「功名が辻」。大政所が死去し、秀頼が誕生。老醜の秀吉を今暫く耐えなくてはならない。 |
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