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| 2006.4.15 Sat 上諏訪発19:46 塩尻発20:32 名古屋発22:34 新大阪発23:29 この日は、午前中に小諸で所用があり、峠を越えたついでに前橋まで足を伸ばして献血をしてきた。前橋、高崎あたりではもう桜は終わりに近い。佐久から諏訪にかけては全く桜が咲いていないので、私の出身中学校区にある少林山達磨寺と八幡八幡宮に立ち寄って少しだけ桜を楽しんできた。天気の悪い日曜日は家でおとなしくしている予定だったが、西日本の方は天気の回復が見込めそうになってきた。吉野の上千本が満開の予想になっており、いてもたってもいられなくなって突如吉野行きを決定。駅すぱあとでルートを検索し、列車発車10分前にきっぷを購入。最終のしなので西下し泊を大阪にとった。 |
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| 2006.4.16 Sun 大阪発6:26 大阪阿部野橋発6:50 (バス、ケーブル) 吉野発13:33 天王寺発15:01 大阪発15:26 新大阪発15:40 名古屋発17:00 塩尻発18:53 6時に始動。雨はすっかり上がっている。売店で朝食を調達して朝一番の直通急行で吉野に向かう。吉野ではまだ雨が残っていて霧も巻いていて視界は悪い。視界が悪いうちは寺社を回ることにする。とりあえずバスに乗って如意輪寺へ。ここには後醍醐天皇の塔尾陵や、楠木正成正行父子の石像、宝物館には重文の蔵王権現立像や正行辞世の句などがあり見所は多い。中千本の桜もよく見えるようなのだがあいにくの霧でこれは断念。 ここからは一気に上千本へと歩いていき吉野水分神社を目指す。かなりの距離と急な上り坂で寒い朝にもかかわらず汗でびっしょりだ。10時過ぎに水分(みくまり)神社に到着。こぢんまりとした神社だが、楼門、本殿、拝殿、幣殿と重文の建造物がそろい、霧の中の風情もなかなか味がある。天気の回復を信じてしばし読書にいそしむ。 しばらくたつと心なしか、霧が晴れてきたように感じられたので道を下っていく。薄日が差してきて霧が晴れてきた。上千本の桜の撮影スポットにはカメラマンが鈴なりになっていた。吉野の桜はシロヤマザクラで、満開といっても花の数は少なく赤茶色の葉もでていて微妙な色調のコントラストが楽しめる。遠く、金峰山寺の蔵王堂も望むことができた。 中千本は数日前に満開となっているがまだまだ桜を楽しめる。吉野山随一の宿坊、竹林院の庭園・群芳園は桜ばかりでなく何種類もの花が既に咲き誇っており美しい。歩行者天国の道は観光客であふれている。11時を回ったばかりだが、中千本の桜がよく見える場所で早お昼。粗食が続いていたので思い切って和定食3500円の大盤振る舞いだ。昼食後、吉水神社に向かう途中、蔵王堂と中千本の桜がよく見えるスポットで写真を撮るため、葛湯を頂いていく。吉水神社の書院は日本最古とのことで、国の重要文化財。源義経と静御前の潜居の場であるばかりでなく、南朝の後醍醐天皇の皇居でもあったところ。拝観をすると、源義経着用の色々威腹巻(重文)はじめ、数々のお宝を見ることができるので非常にお薦めだ。かつては吉水院という寺院だったが、明治の廃仏毀釈を神社になることで乗り切ったという。吉水神社の一目千本から見る上千本、中千本の桜は吉野山の桜のハイライトといえるだろう。勿論、カメラマンが鈴なりになっていた。この桜を見ることができただけでも、交通費に23000円ほど費やして駆けつけてきた価値があるというものだ。 最後は、国宝の蔵王堂と仁王門を持つ金峰山寺。桜はもう、ピークを過ぎてしまっているが、まだ楽しめる。蔵王堂の特別拝観は500円かかるがはずせない。住職の話は、梨の木の柱の話をはじめなかなかおもしろかった。修験道の創始者、役行者の像も拝むことができた。吉野朝宮址である南朝妙宝殿を一回りしてから、国宝の仁王門をくぐって帰路につく。仁王門の200m下にある銅の鳥居は重文。修験道は神仏習合の最たるものだという。明治期の廃仏毀釈の嵐を乗り切って、国宝建造物が残っている幸運に感謝したい。 終わりに近い付いている下千本の桜を眺めながらケーブル(ロープウェイ)で下る。すっかりいい天気になっていて上りのケーブルには、長蛇の列ができていた。吉野駅では特急の指定席を確保したあと、ヨモギと桜のソフトクリームを弾みで買ってしまったが、やはり際物だった。 |
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