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2007.7.7 Sat |
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| 2007.7.8 Sun 未明に起床して越後川口SAまで車を進め、目覚めのコーヒーで一服、洗顔も済ます。小千谷ICで国道17号に降り(勿論、ETC深夜割引)、長岡のマクドナルドで朝マック。それから国道351号で既に長岡市に合併されてしまっている栃尾へと向かった。お目当ては大河ドラマ「風林火山」に出てきたばかりの栃尾城。上杉謙信が青年期に在城している。登城口がわからない中、見当をつけて山道を分け入っていき、可成り大回りをしてしまったが、登城口の駐車場にたどり着くことができた。雲が晴れていく気配を感じつつ、二の丸、そして本丸へとたどり着いてみると予想外に大勢の人々が集っているではないか。何らかのイベントがあったのだろう。長居はせず、びわ丸、中の丸や堀切を越えて狼煙台まで足を伸ばしてから下山した。 来た道を引き返してそのまま直進。長岡ICから北陸道に出て上越ICへ。定番のETC通勤割引である。インター近くの宇佐美ですぐに給油。栃木には敵わないものの長野県内よりは大分安い。100円の安いペットボトル飲料も手に入れて上杉謙信の居城、春日山城へと繰り出した。林泉寺とものがたり館は9時からなのでまずは城跡から攻めてみる。春日山神社の石段を登り春日山城のパンフレットをゲット。日本100名城に選定されてから作られたものであるが、これに載っている地図をたよりに攻城してみた。前回は3月の訪問で残雪が多く足を滑らせて転んだこともあって隈無く城を見て回ったわけではない。有名な謙信像前を通り、前回、足を伸ばさなかった三の丸へ。ここは、御館の乱で落命する謙信の養子、上杉三郎景虎屋敷跡である。この御館の乱は2009年の大河ドラマ「天地人」に描かれるのであろうか。三の丸前にはしっかりとした土塁が残る米蔵跡。二の丸、本丸、天守台は前回も踏破したが、その裏手の大井戸、鐘楼跡、景勝屋敷跡は今回が初めてだ。本丸に戻って毘沙門堂、直江屋敷と続くルートは記憶に残っている。じっくりと春日山城を楽しんだので、時刻は9時を回ったようだ。 少年期の謙信が預けられた林泉寺は2003年時に修復中だったため立ち寄っておらず、今回が初めて。春日山城から移築された総門は往時を今に伝える唯一の門だという。500円を支払ってまずは宝物館へ。寺の創建に関わる資料よりは謙信がらみの刀八毘沙門の軍旗、甲冑、春日山城図などの展示に大きく惹かれてしまった。更にここには上杉謙信の墓もある。後世に建てられた米沢の廟所などとは違い、臨終の地にある墓だからありがたみが全然違う。川中島合戦戦死者供養塔やおまけの堀秀治墓もしっかりチェックしておいた。 そして肝腎の名城スタンプラリー。春日山城史跡広場・ものがたり館にて捺させてもらった。試し捺しはうまくいったのに本番は左側が切れてしまい残念。今回も展示やビデオは一通り見させてもらったし、すっかり回復した青空の下、史跡広場の監物堀から東城砦まで隈無く楽しませてもらった。 次は上信越道で一気に長野市へ跳ぶ。長野ICにほど近い川中島古戦場へ。有名な一騎打ちの銅像をチェックしてから長野市立博物館の企画展「体感!川中島の戦い2007」へ。大河ドラマ関係の企画展は値段の割に内容は今ひとつのものが殆どだが、500円を取るここも例外ではない。シアターなんか、もうハイビジョンでなくては満足できないぞ。21世紀に入ってからはずっとハイビジョンで大河ドラマを楽しんでいるのだから。唯一興味を持てたのが亀治郎とGacktの舌戦!川中島だった。それでも周辺史跡マップを手に入れることができたのが収穫。早速、信玄の弟、武田信繁の菩提寺、典厩寺へと向かった。非常にできた弟、典厩信繁は山本勘助と同様、第4次川中島合戦にて討死する。典厩寺には信繁の墓の他、閻魔堂には日本一の大きさという閻魔像がある。 更に千曲川を渡った河川敷にある山本勘助墓にも足を伸ばした。2007年になって豊川市・長谷寺、北杜市・山本勘助墓屋敷(勘助初知行の地)の2箇所の墓を訪れていたが、この千曲川河川敷の墓が一番立派である。因みに山本勘助討ち死にの地は長野オリンピックスタジアムの敷地内にある。 途中のローソンで昼食を摂った後、満を持して松代城へ。風林火山イヤーにおいては海津城と呼んだ方がよいかも知れない。風林火山の原作では勘助が勝頼のために築城し、勘助が戦死する第4次川中島合戦において武田軍が兵をこめる作中で最も重要な城である。江戸期には真田10万石の城下となるため真田関連の物件が多い松代にあって当然、本丸を石垣で囲んだ復元は江戸期の松代城だが、二の丸や二の丸南門脇の土塁に築城当時の海津城を偲ぶことができそうだ。本丸の外にある管理棟にお目当てのスタンプはあったが、インクが乾き気味で何度も試しに捺した後、スタンプ帳に強く捺してみたら少しにじんでしまった。 ここまで川中島をチェックしてしまったからには上杉本陣の妻女山を外すわけにはいかない。小学生の頃からの上杉贔屓が池波正太郎の「蝶の戦記」で拍車がかかってしまっていたのだ。にもかかわらず今まで妻女山をノーチェックのままにしておいたのはお恥ずかしい限り。交互通行の信号に従って頂上へ。松代招魂社を抜けて展望台に登ると八幡原や千曲川が一望できる。勘助のきつつき戦法を見破った謙信の慧眼は将に軍神のものだ。戦いの真相には異論もあるようだが、とりあえず「風林火山」の世界ではきつつき戦法を前提としておかなくてはお話にならない。 もう一つ、「風林火山」が放映されるまで知らなかった千曲市上山田の荒砥城は今回外せない重要なスポット。第8回の「奇襲!海ノ口」のロケで使用された山城なのだ。千曲川を挟んだ対岸には村上義清の居城、葛尾城も望める。この日の放映が「最強の敵」(ドラマを観た限りでは最強の敵は信玄を2度破った村上義清ではなくお館様ご自身のように思えたが)だけに、葛尾城も攻めたい気持ちはあったが、予想を上回る天気の回復による暑さのため、体力の消耗が激しく、これは断念した。 そして再びスタンプ集めに戻る。「風林火山」とは全く時代がかぶらない真田昌幸の築城による上田城。徳川軍を二度にわたって退けたことで名城の誉れが高い城である。真田太平記のファンにとっては聖地とも云える城だ。肝腎のスタンプは南櫓の受付にはなく、上田市立博物館のみにあるという。上田遊郭に払い下げられていた物を移築したため重文指定にはなっていないが立派な木造の櫓内を一通り見て回ってから、博物館に赴いてスタンプをゲットした。これで通算8個目のスタンプ。1ヶ月平均4個となり2009年6月にコンプリートのペースとなった。博物館も一通り見た後は、けやき並木になっている二の丸堀に降りて駐車場へと向かう。この二の丸堀にはかつて上田交通の電車が走っており駅のプラットホームも残っている。私のお気に入りのスポットだ。 もう一つ足を伸ばして小諸城のスタンプを集めても良かったのだが、次週の大河ドラマで落命する板垣信方の墓と上田原古戦場碑を優先することにした。板垣延方の墓は一応、板垣神社という体裁をとっている。愛煙家の彼を偲んで煙草を供える人が後を絶たないというが、何も供えられてはいなかった。喫煙への風当たりの強さ故か、値段の高騰の故かは知るべくもない。上田原古戦場碑は川辺小隣の石久摩神社にある。 最後に帰りがけの途次にある生島足島神社に立ち寄ってみた。ここも武田信玄との因縁は強烈で、歌舞伎舞台の中には宝物館となっていて重文の起請文(レプリカではある)が、山ほど展示されている。嫡男・義信との不和により家臣に神前で臣従を誓わせる必要があったのだがこれは「風林火山」の後のお話。対上杉の勝利を祈願した重文の願文もあるがこれは「風林火山」の時代の物件だ。お守り、絵はがきを購入して帰路につく。平井寺トンネル、国道254号、142号新和田トンネルと辿れば寓居まで1時間ほどだ。家の近くで土砂降りの雨に見舞われ交差点が冠水。ちょっと回り道をして無事帰着。天気1つとってもとてもついているドライブだった。何しろ、週間予報ではずっと雨予報だったから。 |
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