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| 2007.8.10 Fri 上諏訪発8:31 塩尻発9:10 名城公園発12:30 栄発13:36 名古屋発13:34 小倉発18:26 お盆休みの遠出は名城スタンプラリーと献血が外せないところだが、あと一つ、2007年7月1日にデビューしたN700系新幹線に乗るという大きな目的がある。まだ本数が少なくて日中の下り列車はのぞみ25号一本だけ。確実に指定をとるためにグリーン席を選択して新型車両の充実した装備を楽しむこととした。この列車に乗るだけならゆっくり家を出られるのだが、名古屋で途中下車して名城スタンプをゲットするのも悪くない。普段の生活通り、朝風呂から朝食まできちんと済ませてから出発した。 快晴の名古屋は勿論、すごい暑さだが、荷物をコインロッカーに入れ、歩いて名古屋城を目指してしまう。予想以上に時間がかかってしまったが、おかげで加藤清正の銅像を発見することができた。熊本城にあるものと同じように見える。正門(榎多門)で名城スタンプをゲット。これで10個目だが、初めて自分で押すことができなかった。真ん中より上にインクがにじんで押されてしまって少し悲しい。 本丸御殿の復元には本腰を入れているようで至るところで募金を集めている。復元祈願の金の鯱まであった。その割にはまだ工事が始まっていないなんて本当に築城400年の2010年に完成できるのだろうか。。熊本城の本丸御殿の工事はかなり前から始めていたのに大幅にオープンが遅れているんだぞ。とりあえず西側からの天守の佇まいに変化はないだろうが、工事が始まってしまうと本丸側からの現在の景観は大幅に損なわれてしまうことだろうから、十分名残を惜しんでおいた。天守閣内の展示も一通り見ていく。2004年にチェック済みの清正公石曳きの像と清正石は改めてチェックしておいた。池波正太郎の「火の国の城」に名古屋築城における加藤清正の奮闘ぶりが生き生きと描かれていたが、歴史小説を読む前と読んだ後では全く感慨が違う。 三名城の誉れも高い名古屋城はやはり駆け足で見て回ることなどできない。1時間以上の滞在となってしまったため、ロボットミュージアムはパス。営業をやめたJRセントラルタワーズのパノラマハウスに代わって駅前にオープンしたミッドランドスクエアのスカイプロムナードに赴くことにした。高速のシースルーエレベーターは初体験。42Fまでは無料で行ける。時間があったらスカイレストランで食事というのもよいだろうが生憎そんなゆとりはない。700円のスカイプロムナードへと歩を進めていった。側面はガラス張りだが、200mを超える高さでオープンエアというのは画期的。スカイデッキからはほぼ、直下が見下ろせ、高所恐怖症の私にはなかなかつらいものがあるが、名古屋城を始め三方向の眺望をしっかりと楽しめた。思い切り汗をかいていたのでクリスタルカイザーの無料サービスはとてもうれしかった。 昼食にパンと飲み物を購入して、待望のN700系に乗り込む。最速の座を500系より奪った新幹線初の振り子車両だが、傾きはわずか1°なので乗り心地は大変よい。コンセントが利用できるのでパソコンでの作業は大変はかどった。ここでフル充電しておけば、残りの旅程での写真整理に難渋することはあるまい。 小倉駅でN700系のロゴを撮影。途中下車して小倉城に立ち寄った。史実にない装飾(破風)を天守につけてしまったばかりに日本100名城に選ばれなかったかわいそうな城である。天守の中はなかなかハイテクなお楽しみが用意されていて子どもも大人も楽しめるのでスタンプラリーがなくても訪れる価値はあると思う。しかし、周囲にはビルが迫っていて景観の悪さには辟易。2003年に訪れたときはこんなひどい状態じゃなかった。駅に戻って博多行きの2枚きっぷを購入してからホームに向かうと予定していた列車が小倉で運転打ち切り。ひどい混雑だったので再度途中下車して回転寿司で夕食をとってしまった。ビールをつけたとはいえ楽々2000円超。和商市場の勝手丼の方がお得感が高い。一本遅らせた特急列車は遅れを累積していき大分着は17分の遅れ。 |
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| 2007.8.11 Sat (レンタカー) 6時過ぎ、コンビニで朝食を調達してからネットカフェへ。会員証作成の手間がかかり入会金300円がかかり時間あたりの単価も高い。200円で1時間楽しめてしまう東京の環境は恵まれているというものだろう。大分駅前の大友宗隣の銅像を写真に撮り、ミスドで時間調整をしてから8時前にレンタカーを借り受け、目的地を九州最東端の鶴御崎にセット。大分米良ICからETC通勤割引で津久見ICまで東九州自動車道を利用。津久見では大友宗麟公園となっている大友宗麟の墓に立ち寄っていく。キリシタン大名らしい十字架が刻まれた白亜の墓は昭和の戦後にこの地に作られたものだという。
佐伯市内では若干の渋滞があったが、市街地を抜けると順調そのもの。天気予報に反して大分市内では雨が落ち、佐伯市街の先では路面が濡れ水たまりもできていたが、御崎周辺では青空が広がっていた。最東端というと日の出が早いわけで元日の朝は結構な賑わいになるようだが、普段は観光客もまばらな様子。灯台のさらに先が九州最東端の地だが展望は灯台近くの展望所の方がいい。対岸の宇和島が思った以上に近くて吃驚した。豊後水道を押さえるという軍事上の重要拠点で周辺には砲台跡や兵舎跡、防空壕などが残っている。最東端の地は6日前の納沙布岬と本州最東端・とどヶ崎に行っているがどこも最果て情緒にあふれている。ここ鶴御崎も佐伯市街からかなりの距離があり道は細くくねっていてなかなかのものだ。 鶴御崎を離れる頃には一面、雲が広がってきた。雲の動きが速く、大気の状態はとても不安定なようである。次の目的地岡城に行く途中には原尻の滝があるので当然寄っていくが、その手前ではかなりの雨に見舞われた。滝に着いたときには雨は上がっていたものの雲が広がっている。滝見橋からぐるっと一回りしているとみるみるうちに青空が広がってきた。滝見橋から再び東洋のナイアガラといわれる滝の全景を撮影。東洋のナイアガラといわれる滝はいくつかあるが花火のナイアガラに一番近いのはこの原尻の滝であろう。既にお昼時であるが、昼食はソフトクリームだけにしてしまう。 原尻の滝から岡城はほど近く。見事に青空が広がっている。何ともあわただしい天候だ。料金所で名城スタンプラリーのスタンプを無事、ゲット。初めて「いくつ目ですか?」と尋ねられたが、まだやっと11個目である。滝廉太郎の「荒城の月」で有名な岡城であるが、今はすっかり整備されていて荒れ果ててはいない。見栄えのする石垣には事欠かないが、三の丸の崖から立ち上がる高石垣が一番のお気に入りである。 天気がこれだけ回復してしまうと、つい欲が出て大分県を離れ、熊本県内の阿蘇にまで足を伸ばしたくなってしまった。4年前にはガスのため中岳に行けなかったこともある。北海道をのぞけばこれだけ雄大な景色が見られるところはそうはない。夏草に覆われた米塚、世界一のカルデラの広がり、そして烏帽子岳の手前に広がる牧歌的景観の草千里。ただ、この日の阿蘇はカメラを構える手がぶれる程のさわやかさを通り過ぎた強風が吹きすさんでいた。それでも火山性ガスによる規制がかかっていないので中岳の有料道路へと車を進めていく。ここの強風もすさまじく火山灰の砂煙が襲ってきて目が痛くてたまらない。ソフトレンズでもこれだけ苦労したのだからハードコンタクトだったらとのような惨状に陥っていたことだろう。肝心の中岳の火口には草津白根の湯釜と同じ色の湖水がたたえられていた。しかし、女性的優しさを感じる草津白根に対し阿蘇中岳は男性的な荒々しさに満ちている。草千里が生の世界ならば中岳は死の世界だ。この両極端な景観が目と鼻の先に位置しているところも阿蘇の大きな魅力の一つだろう。山を下った途中のモーモーファームにて牛乳とソフトクリームで一服。そして麓には肥後一宮・阿蘇神社が鎮座しているのでとりあえず立ち寄っていく。見事なまでの逆光でとても写真を撮れる状況ではなかったが、幸運にも灰色の雲がしばらくの間太陽を隠してくれた。堂々たる楼門は日本三大楼門に数えられるが2004年の台風18号で受けた被害の修復は完了していた。2004年の9月に熊本に来たとき電柱がずらっと斜めに傾いている風台風の被害の大きさはまだ記憶に新しい。 最後に、今、大分県下で最も熱いスポット、日本一の歩行者専用吊橋、九重“夢”大吊橋にもやまなみハイウェイ経由で向かうことにする。17:30までに到着すればよいので時間は十分に間に合うだろう。やまなみハイウェイから見える久住の山並みも阿蘇に負けず劣らずすばらしい。最高のドライブコースを楽しんで17時前に到着した。ラジオの渋滞情報でここに向かう県道の渋滞情報が流れていたが、受付締切30分前の夕刻に至っても駐車場は8割方、埋まっているほどの人気。ここができる前の日本一だった龍神大吊橋に比べるとまず、橋自体がすばらしく美しい。綾の照葉大吊橋を一回り大きくした感じである。歩行面はずっと下が見える網になっているが普通に歩いていれば下は見えないので照葉大吊橋ほど怖くなく、龍神大吊橋よりは遙かにスリルを味わえる。そして何より、橋から見える景観のすばらしさ、このあたりが大人気の理由ではなかろうか。日本の滝100選に入っているという振動の滝(男滝)は83mの直瀑で那智の滝のような美しさである。(男滝は橋の上からよりも観瀑台まで行って見る方がよい。)実は阿蘇に迫る強風が吹いていたのだが、恐怖は感じず、素晴らしい眺めを心ゆくまで楽しめた。夢吊橋のTシャツ購入を考えたが、少し高かったので安い2008大分国体のTシャツにしてしまった。 帰路はETC通勤割引にて九重ICから大分道を利用。別府湾SAでとった夕食では大分の郷土食、だんご汁と鳥天を初めて味わうことができた。この日の宿の健康ランドは駐車料金が必要でちょっと吃驚したが、充実した館内設備には満足。 |
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| 2007.8.12 Sun (レンタカー) 大分発 前日に続いて大気の状態は不安定な様子。特に南部の天気は芳しくない。ジョイフルで朝食を摂り大分米良ICから臼杵に直行した。臼杵の観光駐車場は2時間まで110円という破格の安さだが、8時前という早い時間だからということで無料。しかも観光マップまで頂いてしまう。まずは臼杵城へと向かう。逆光で写真は撮りにくいが雲の流れが速いので何とかタイミングを合わせて写真を撮影した。2003年に訪れたときは大門櫓をくぐったところで戻ってきてしまったが、今回はしっかりとおくまで見学していく。二の丸の奥には日本初の大砲、国崩しのレプリカと大友宗麟のレリーフをチェック。国崩しの現物は明治に国に差し出され現在は靖国神社にあるという。二の丸と本丸の間の空堀を越え本丸へ。丹生島という島を城にした大友宗麟の隠居城だというからもっと小規模な城かと思っていたが、なかなかどうして本丸も可成りの広さがある。本丸奥の卯寅櫓は修復中だった。
城を堪能した後は臼杵の街中へ。二王座歴史の道は片側に寺が建ち並ぶ石畳の趣深い景観。8時を回ったところで無料の休憩所が開き、其処の2階の窓からの眺めがよいとご親切にも教えていただいたので、早速無料休憩所となっている旧真光寺に駆けつけてみた。駐車場への帰路は八丁大路を経由。こちらは商店街だが、城下町の佇まいを意識した作りを心がけている。最後に駐車場で稲葉家下屋敷の門についての豆知識を教えていただいた。門の屋根の端に亀が乗っているが、これは丹生島が亀の形に似ていることに因むのだという。臼杵の皆さんはとても好印象で私の中で大分県は間違いなくイメージアップした。 臼杵にはさらにメジャーなスポットとして臼杵石仏がある。特別史跡と国宝、ダブルで指定されている物件というのは貴重な存在だ。のんびりと駐車場を歩いていたら、ヤマコ臼杵美術博物館の方に共通券を勧められてしまったのであっさりと購入して博物館から攻めることにした。臼杵石仏の発掘状況の展示もあったが、美術博物館というだけあって藩主・稲葉氏ゆかりの文化財展示がメイン。特にお歯黒の道具は初めてだったので説明ともども、興味深く拝見させていただいた。石仏の方は2003年が雨の中だったのに比べると大分明るく、ピントのぶれは大分軽減しているようなので満足である。古園石仏の大日如来はやっぱり一番存在感がある。今回は石仏だけでなく蓮池や日本最大の宝篋印塔がある満月寺なども隈無く回ってみた。 前日に思い切り欲張ってしまったのでこの日はあせらず車を進める。一般道で大分市内に入ったが、そこそこの渋滞には引っかかってしまった。レンタカーを借りたときにもらったガイドに載っていた大友館跡をめざしたが多少わかりにくい。宗麟が君主の座につくことになる大友二階崩れの現場という歴史的スポットなので私としては外せないが、土塁と石碑が残るだけなので訪れる人は殆どなく駐車場もない。 2003年の大分行きは私の一眼レフデジカメのデビューでもあったのだが、液晶の明るさがずれていて撮影した写真の殆どが露出アンダー。その時撮影した豊後一宮もこの際だから写真を撮りなおしておこう。ぶんごいちのみやはふたつあるのだが、まずは大友館に近い西寒多神社へ。リニューアルが施されたのかなという感じを受けるほど、きれいな境内だ。さほど大きな神社ではないしお守りは既に持っているので先を急ぐ。 この日の大きな目標の1つが大分府内城のスタンプゲット。市役所と府内城の間のパーキングメーターに200円を入れ堀に沿って歩いていく。文化会館が建っている西の丸の周囲を一周。スタンプ設置場所は文化会館の北側付近とのことだがわからなかったので駐車場の守衛さんに尋ねてみた。目の前の階段を上った文化会館の2階にあるとのこと。建物内に入ってすぐの長机においてあった。目的を果たしてゆっくりと城内を巡る。廊下橋から天守台へ。そして名前のついている宗門櫓、着到櫓、人質櫓は勿論、全ての櫓を隈無く見て歩いた。平櫓があるべき所に二重櫓を建ててしまったりしている場所もあるのだが、切支丹大名・大友宗麟の下、西洋文化が花開いた城下の要たる府内城は100名城に値するというものなのだろう。 府内城近くのジョイフルで昼食を摂った後、残る豊後一宮・柞原八幡宮もつつがなくチェックしたところでガソリンがエンプティに。タンク内のガソリンは買い取ってあるので空のまま返却すればよいのだ。本当は杵築に行く予定だったが、別府付近の渋滞情報もあり、更にデジカメのバッテリーも切れてしまったので、あっさり予定変更。杵築は国東半島を回るときにとっておきたいと思う。早々と大分を発ち、博多へ直行。(小倉−博多間は2枚きっぷ利用。)ネットカフェを利用後はキャナルシティでヱビスをひっかけ、早々に投宿。 |
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| 2007.8.13 Mon (レンタカー) 博多発21:25 小倉発23:24 週間予報ではずっと晴予報だったのにこの日の朝の天気予報では掌を返したように九州全域雨予報。献血とスタンプゲットが目的の1日だから、さほど影響はない。博多駅のマクドナルドで朝食を摂ってからレンタカーを借り受ける。献血ルーム北天神の住所はチェックしてあったのだが、住所を入力して目的地を設定できるカーナビではなかったので少し焦ってしまった。勿論、名称入力で引っかかるわけがない。かつての名称、福岡県天神赤十字血液センターでもだめだった。仕方ないので天神を目指し、5丁目あたりをうろついていると血液センターの表示を発見。8時10分という早い到着となってしまった。建物の看板は血液センターのままになっていたが、既に天神血液センターはない。できたら血液センターであった時に来たかったのだが、土日祝祭日が休みのスポット故、なかなかチャンスが見いだせなかったのだ。福岡県赤十字血液センター天神出張所となって久しいが、2007年8月1日からは献血ルーム北天神に名称変更している。早い到着にもかかわらず中で飲み物を飲みながら待たせていただくことが出来、ありがたい。9時前に受付をしていただき9時には問診。10時よりだいぶ前に成分献血が終了するほどスムーズだった。お盆献血ということで特別の処遇品はずっしりと重い。家に帰ってあけてみた中身は「播州の糸」というそうめん一箱だった。 献血後は名城スタンプラリーに勤しむ。まずは近くの福岡城。橋大手門の工事が行われている潮見櫓横の道を入って有料駐車場に車を駐め、歩いてスタンプ設置場所の鴻臚館跡展示館へ。旧平和台球場で発見された鴻臚館跡は古代の外交使節をもてなした迎賓館。鴻臚館跡展示館は一部復元も交えつつ礎石などの遺構を保存・展示する無料の施設である。スタンプラリーがなかったらきっと訪れなかったであろうが、なかなかのスポットだ。「鴻臚館とその時代」という福岡市博物館の特別展のポスターを見てしまったので福岡城を一通りまわった後、赴くことにする。 鴻臚館跡展示館からは東御門を通って本丸へと向かう。今回、初めてチェックできた祈念櫓は本丸の一角にあるが、現存・移築の物件。しかし、移築されていた際に大幅な改変をされてしまったようで本来は白壁の櫓だったようだ。続いて大規模な天守台。天守閣建設の話も持ち上がっているようだが、史実にないランドマークだけは勘弁願いたいものである。更に重文の多聞櫓も漏れなくチェック。黒田長政が7年もかけて築いた城だけあって軽く一回りするだけでも大変である。 城を一回りして早速赴いた福岡市博物館は何と、月曜休館。しかも、特別展「鴻臚館とその時代」は9月14日のスタート。もっとしっかりと情報を確認しないといけない。気を取り直してスタンプラリーを再開。めざすは、特別史跡・大野城である。こちらは事前に調べておいたが、月曜が休みの施設が結構多い。今回、向かった四王寺県民の森管理センターも本来は月曜は休みなのだが、夏休み中ということで開いていたのだ。行きがけにスタンプの図案にもなっている百間石垣はチェック。試し押しをしてみたスタンプは何と上下逆さま。試し押しをして本当に良かった。とりあえず登城したというには主城原には足を伸ばさねばなるまい。前回、訪れたときは結構きれいに整備してあったが、今回は草が伸びて礎石は隠れ気味だった。一方、台風被害で通行止めにもなっていた焼米ヶ原近辺は版築土塁の復元・復旧工事が施されてきれいに整備されていた。土塁、尾花礎石群、太宰府口門等、今回が初めてのチェックとなった。土塁の上からは九州国立博物館の巨大な屋根もよく見えた。 此所まで来たら岩屋城と高橋紹運の墓に寄っていかない手はない。立花宗茂の実父、高橋紹運は岩屋城に籠もって島津軍を半月にわたって引きつけ壮絶な玉砕を遂げた九州戦国史ファンに神と崇められる武将である。この岩屋城攻防が結果的には島津の九州統一に待ったをかけ豊臣軍による島津制圧へとつながるのである。ここでも色気を出して九州国立博物館にも立ち寄ったが、やはり月曜休館。すごすごと引き返して一蘭にて昼食。相変わらずの人気ぶりである。すんなり駐車場に車を入れられたというのは幸運というものだった。さらに、デジカメのバッテリーに変わるリチウム電池まで底をついてきてしまったのでヤマダ電機にて購入。Edyは使えないが、コンビニよりは大分安い。 再訪の地ばかりが続いたので2006年4月にリニューアルオープンした博多ポートタワーを目指した。2005年に壱岐に行ったときにはリニューアル工事中だったのである。ところがまたしても工事中で登れない。駐車料金をみすみす無駄にしてしまった。ここまでついていないといい加減気が滅入ってしまう。最後に名島城跡を訪れることにした。立花城の出城で秀吉の九州平定後、小早川隆景が整備・拡充して居城とした。関ヶ原後は城下町を発展させるには不向きな土地ということで黒田長政は福岡城を築き、名島城は破却される。現在は名島神社となっており天守台や堀切が残るが石垣は福岡築城に供されてしまっている。近くの帆柱石は神功皇后が新羅侵攻から凱旋した御座船の帆柱と伝わるが、現実的には珪化木とのこと。 ガソリンを満タンにしてレンタカーを返却。一杯、引っかけるには早い時間だったのでキャナルシティにてフルーツパフェで一休み。イチゴのジェラートが載った今まで私が食べたパフェの中では間違いなくナンバー1の味だった。駅に戻ってネットカフェの3時間パック。本当は関門海峡花火大会でも見に行けばよいのだろうが、混雑しているところが嫌いなのだから仕方ない。私がついたときには小倉駅は既にすっかり落ち着いていた。 |
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| 2006.8.14 Tue −京都着7:53 京都発8:26 二条発9:05 京都発9:23 桃山発10:28 京都発11:00 名古屋発12:00 塩尻発13:55 |
京都駅では初めて携帯がキーになるコインロッカーを利用し駅で軽く朝食。そしてスタンプゲットを目指して二条城へと向かった。暑い中、汗を流して歩いてたどり着いてみると何と二条城は休城。8月は火曜休みなのだそうだ。スタンプラリーを始めて初めての大失態である。仕方がないので二条城の代わりにはならないが、2007年4月に伏見桃山城運動公園としてオープンした模擬天守の伏見桃山城へと向かう。結構道に迷って延々と歩いた末にたどり着いてみれば、5日前から天守の外壁の塗装工事が始まってしまっていた。2006年には中に入れなかったので撮れなかった城門の写真を撮影できただけでも良しとするしかあるまい。前日に続く不運の連続に早々に帰路につく。しなのの喫煙自由席に余裕があったので喫煙車にしてしまったが、喫煙する人はなく、快適だった。 |
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