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| 2006.12.28 Thu (高速バス) 新宿発9:46 品川発10:18 東京国際空港11:55−ANA127便−那覇空港14:50 那覇空港発15:20 2006年5月の函館へのフライト以来、7ヶ月ぶりのフライト。今回はマイルの特典航空券利用である。特典航空券は割引料金の設定がない年末年始とお盆に利用するに限る。霜こそ降りていないが、結構風が冷たい中、寓居から徒歩10分の高速バスバス停へ。新宿−諏訪・岡谷線の利用は初めてだ。高速にはいるまででかなりの時間を要してしまう。快適さでは特急あずさにかなわないが、年間通して低料金なので利用価値はある。今後、航空機利用の際はかなりの頻度で利用することになるだろう。定刻より早めの到着。羽田空港でかなりのゆとりが生じたので、贅沢な昼食をとってしまった。 2005年に続いて年末に体調を崩してしまったため、着陸時に不快な耳の痛みが生じた。強い季節風のため、定刻より10分遅れの那覇空港到着。生憎の曇天だが、この日は観光名所を回る予定はないので問題ない。ゆいレールで県庁前へ。郵便局で郵便物を投函。 とりあえず過去4回の沖縄訪問で一度も足を踏み入れていない牧志公設市場へ。早お昼で空腹だったので、ここで食事という手もあったが、旅行雑誌の写真で有名なブタの顔や、原色の近海魚などなかなか食べる気にならない。市場内を冷やかしただけで、地ビールのパブへとしけ込む。ところが期待していたポークランチョンミートのうまみがたっぷり効いたゴーヤチャンプルーがメニューから消え去っていた。明日は、別の店を探すことにしよう。時間はまだまだ早いので那覇タワーにも登ってみた。ソフトドリンクなら300円でOK。全国各地の夜景の名所に比べると那覇の夜景は今ひとつ。時間つぶしもそろそろ限界なのでかなり早い時間だが潔く投宿。 |
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| 2006.12.29 Fri (レンタカー) 早朝の始動でネットカフェへ。沖縄本島は晴れ予報が曇り予報に変わっていた。ただ、今回の沖縄行きで絶対に行こうと思っていた第二尚氏の祖、尚円王・金丸の故郷、伊是名島は伊平屋と共に晴れ予報。直行することに決定する。まだ暗いうちに朝マック。レンタカーの営業所が開くと同時に手続きをし、8時出発。高速を利用して一路、運天港へ。 運天港ではターミナルとおぼしき建物に入ってみたが伊平屋行きの便しか扱っていない。不安に襲われるが伊是名行きのフェリーはかなり離れたところにプレハブの事務所があった。ネット上の情報もなくもう少し丁寧な表示がないとみんな迷うと思う。フェリー入港。伊是名は第二尚氏の祖、尚円王を大々的に売り出しているだけあってフェリーにも尚円王の銅像のイラストが描かれていた。 伊是名島が近づくと特徴的な山が目に飛び込んでくる。どうやら、これは伊是名城のようだ。結局天気は曇天のまま。島に上陸してまず向かうは、尚円王御庭公園。港から徒歩10分と言った所。小学館の「名城をゆく」に載っていて印象的だった尚円王の銅像と彼の生誕地のみほそ所をチェックできて満足だ。あとはかなり距離があるが、伊是名城にはぜひ赴きたい。盛大に出穂しているサトウキビや製糖工場の前を通って島の南端に近い伊是名城にたどり着いた。琉球三山を統一した尚巴志の祖父が城主だったという。廃城後、岩山の麓に伊是名玉御殿(たまうどぅん)が第2尚氏3代・尚真王によって造られ、尚円の両親らの陵墓とされた。伊是名島は琉球王朝にとって特別な島だったのだと認識を新たにする。できたら伊是名城に登りたかったのだが、登山道が見つからなかったので断念。ようやく青空がのぞいてきたが、少し遅すぎた。フェリーの出航を待つ間、わびしい昼食を済ます。 運天港に戻ってくるときれいに青空が広がっている。これは無料で渡れる橋の中で第2位の1960mを誇る古宇利大橋に行かなくてはならないとあわててレンタカーを走らせる。目の前に見えていた橋だが、国道58号まで戻りかなり大回りをしなくてはいけない。古宇利島に渡って2005年に開通したばかりの橋と青い海、空を写真に収める。ちなみに通行料無料の日本一長い橋は新北九州空港の連絡橋2100mだって。海上空港への連絡橋ってちょっと詐欺っぽいよね。 このまま勢いで沖縄本島最北端の辺戸岬を目指そうと思ったが、北方は灰色の雲に覆われているので断念。運天港への道を引き返し本部半島に入って世界遺産の今帰仁城を目指した。青空は長くは続かず、再び曇天模様。2003年以来の今帰仁城だが、今帰仁村歴史文化センターや駐車場などが見違えるように整備されている。さすが、世界遺産。肝腎の城跡の方だが、発掘作業など、一段落はしているようだが、復興工事などまだ続く様子で志慶真門郭にはまだ立ち入ることはできない。日本100名城に選ばれているのでまた数年の内には訪れることになると思うが、その時もきっと工事は続いていることだろう。歴史文化センターもじっくり見てかなり時間がかかってしまった。帰りがけに今帰仁村グスク交流センターで今帰仁城Tシャツを購入。 最後は沖縄の定番観光地の美ら海水族館でこの日の締めと考えたが、16:30をまわってしまっていてアウト。1800円の出費を防げたので良しとしよう。サンゴの水槽を上から眺めることはできたし、ウミガメ館やマナティー館などものぞいていくことができたので悔いはない。17時には出発。3時間あれば下道でも大丈夫かと思ったが、全く甘い考えだった。カーナビの到着時刻を信用して高速を利用。高速を下りてからの道路の混雑やガソリンスタンドを探すのに手間取ってしまったこともあって20時近いレンタカーの返却となってしまった。 夕食は新しい店を開拓しようと国際通りを物色したが、オリオンの生中105円という呼び込みにふらふらと入店。入店から45分間は生中1杯105円だという。オリオン麦酒は切れ味が良いがスーパードライのような妙な後味が残らのでかなり気に入っている。勢いで4杯も飲んでしまった。期待していたゴーヤチャンプルーはポークランチョンミートでなく、ただの豚肉だったが、アミノ酸の旨味はしっかりと効いていてとても美味。グルクンの唐揚げも頭から背骨までバリバリと丸ごとおいしくいただけた。ジーマミ豆腐もトルコアイスみたいにのびるが濃厚な大豆の味がすごくいい。これだけおいしく飲み食いして2000円で済んでしまったのだから素晴らしいコストパフォーマンスといえるだろう。明日の夕飯もここで決まりだな。 |
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| 2006.12.30 Sat (レンタカー) 早朝、ネットカフェを利用しブログとmixiの書き込み。EDYで支払いできるのでとても嬉しい。朝食が毎日マクドナルドになるのはさすがにいやなのでこの日は7時開店のモスバーガーを利用する。マクドナルドより300円ほど高くつくモスバーガーの朝食だが、十分に満足。レンタカーを定刻8時に借りる。 週間予報の晴れがこの日も曇りとなっている。とりあえず曇天でもかまわない浦添ようどれへと向かった。2005年の元旦に浦添城に来て浦添城の修復かと思っていた工事は浦添ようどれの復興工事だった。まだ駐車場や石段の工事は続いているので浦添城から下っていく。浦添ようどれには、薩摩侵攻を許した第2尚氏第7代の尚寧王が遺言によって葬られている。 相変わらずの曇天だが、意を決して沖縄本島最北端の辺戸岬を目指すこととした。西原ICから沖縄自動車道に乗り込む。許田ICで高速を降りてからはひたすら国道58号を北上。前日行った、古宇利大橋へむかう交差点を横目に車をまっすぐ走らせる。 辺戸岬に近づいた所で脇道に入り、茅打ちバンダの展望台へ。バンダとは崖のこと。眼下には宜名真漁港が見える。展望台前の道を更に進んで金剛石林山。日本唯一、世界最北の熱帯カルストだという。JAF割で640円。悪路をバスで運んでもらい、奇岩巨石コースから攻めていく。コースの終わりの方の悟空岩が最大の見どころ。バリアフリーコースにはいるとすぐに剣のようにとがったピナクル、烏帽子岩。10mの高さを誇ると言うがそんなに大きくは見えない。そこから絶景コースを上って展望台から、辺戸岬と与論島を遠くに眺めた。晴天の下だったら素晴らしい美しさなのだろうと思う。最後は森林コースで駐車場まで戻るが、途中には樹冠の大きさ日本最大級というガジュマル、御願(うがん)ガジュマルもあった。枝からにょきにょきと何本もの気根がのびる姿は独特なものがある。 いよいよ沖縄本島最北端へ。最北端と言っても前日行った伊是名島の方が北にあるし、沖縄県最北の地は伊平屋島ではあるのだが。敗戦によるアメリカの占領下、祖国復帰をこの岬から与論島を望んで願ったのだという。薩摩の属領から琉球藩、沖縄県とされてしまってなし崩し的に日本領とされてしまった琉球王国だが、人類学的には日本人のルーツの1つであることは間違いない。感傷に浸っていてヤンバルクイナ展望台に立ち寄ることを忘れてしまった。また来る口実ができたが、今度は真っ青な海の向うに与論島を望んでみたい。 帰路の途中、名護パイナップルパークでパイナップルボールを2個求めて昼食とする。せっかくなので世界遺産のグスクはきちんとまわっていくこととする。許田ICから石川ICまで高速を利用してまずは読谷村の座喜味城。琉球王国統一時の名臣・護佐丸が築城した世界遺産だ。今帰仁城と同様、駐車場や資料館がきれいに整備されて公園となっていたが、生憎、年末年始は休館。沖縄の世界遺産グスクの中では最も規模は小さいが、最もきれいに整っているとも言える。工事が行われていないのもここのみ。2度目の訪問とあって最古の拱門の楔石を確認するゆとりもあった。 続く世界遺産は勝連城。勝連町は平成の市町村合併でうるま市になっている。ここも、駐車場がきれいに整備されていたが、グスク本体も三の郭への急な石段に覆い被せて木の階段と手すりが取り付けられていた。確かに足裏が痛くなるほどごつごつしていてしかも急坂だったので危ない状態だったから仕方ないとは思うが、少し残念に感じてしまった。遠くからでも見晴台のごとくそびえて見える城砦・勝連城は世界遺産のグスクの中で最も展望が良い。平安座島へと続く海中道路がくっきりと見える。海中道路が人気のスポットなので途中にある勝連城に立ち寄る人も多いと見えてこの日訪れたスポットの中では最も人が多かった。 この日3つ目の世界遺産は中城城。2003年時とは逆に城の裏手にある正門から入って1の郭、2の郭と下っていった。2の郭には発掘調査、復元工事用の石材がずらりと並んでいた。座喜味城に続いて護佐丸が築城、勝連城の阿麻和利を押さえるために入城したものの阿麻和利に攻め滅ぼされてしまう。よって近くに護佐丸の墓もあるのだが、この時は気がつかずノーチェック。日本100名城スタンプラリーの際には忘れずにチェックしたいものだ。 最後に中城城近くの中村家住宅にも寄っていく。上層農家の屋敷構えがそっくり残っているというのは沖縄本島では非常に珍しく国の重要文化財に指定されている。赤瓦の伝統的家屋自体、離島はともかく、沖縄本島では本当に目にすることが少ない。 給油も手慣れてゆとりを持ってレンタカー返却。国際通りの前日の店に早々にしけこむ。スクラッチで当たったオリオンの生中1杯は45分を経過したあとに活用。沖縄そばの焼きそばにはポークランチョンミートが入っていておいしかった。この日も生中4杯で締めたが、お薦めの真鯛のお造りが680円したため、前日より少し高くついてしまった。それでも大分安いと思う。グルクンの唐揚げが380円というのは本当に安い。 |
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| 2006.12.31 Sun (レンタカー) 早朝、ネットカフェで天気を確認するも相変わらずの曇天。ネット上からレンタカーの予約をキャンセルしてしまおうとしたが、時間外で果たせず。前日と同様、モスバーガーで朝食をとり、気がすすまないながらもレンタカーを借り受ける。 前日、沖縄本島最北端へ足を伸ばしたのでこの日は最南端・喜屋武(きゃん)岬を目指すこととした。そのすぐ近くに具志川グスクがある。2003年の大晦日にも訪れたが、早朝故、薄暗くしかも工事中だったので、満足な写真は全く撮影できていない。多少は期待していたが、予想以上に石垣の復興が進んでいた。多少、名の通っている玉城や知念城よりこちらの方が、ハイレベルかも知れない。道が細く、駐車場もないので訪れる人は殆どないと思うけど、更なる整備を密かに期待している。 沖縄本島最南端の地には飛行機からもよく見ることのできる平和の塔が建っている。広い駐車場があり初日の出を見るために大晦日から元旦にかけては渋滞まで起こるという辺戸岬に比べて喜屋武岬はかなりマイナーだ。ここも晴天の下だったらさぞかし美しい風景なのだろう。 具志川城の素晴らしい復興ぶりに2003年時に同じく工事中だった糸数城にも向かうこととした。こちらは2003年に比べて大きな変化は感じられないが確実に工事は進められているようだ。早く立ち入り禁止区域が狭まってほしいものだが、それなりに石積の規模が大きいグスクなのでまだまだ時間はかかりそうだ。 ここまできたらニライカナイ橋を経由して世界遺産の齋場御嶽(せーふぁうたき)へも足を伸ばすというものだろう。2003年の時は行くことのできた泉・ウローカーへの道は立ち入り禁止になっていた。琉球王国最高の聖地・齋場御嶽は日なたが白飛びしない曇天の方が写真が撮りやすい。神の島・久高島は三庫理(さんぐーい)の奥から望むことができる。ここで久高島を見て、久高島に渡るというプランを突然思いついた。とりあえず、安座真港に行ってみるとちょうど良い11:30発の高速船の便がある。帰りの便も大丈夫そうなので久高島に渡ることに決定。売店で菓子パンを求め3日連続の寂しい昼食。海は多少荒れていて、伊是名行きの大きめのフェリーですらかなり揺れていたのだから、小型の高速船は当然のごとくかなりの上下動があった。 ほとんどの人はレンタサイクルを借りに行ったが、私は自分の足で琉球開闢神アマミキヨが降り立ったという島内をまわってみることにした。港から適当に学校の横の道を進んでいくと外間殿にたどり着く。そして久高殿もすぐに見つかった。両者とも島の祭祀場として重要な地位を占めると言うが、アルミサッシがはまっていたりして建物の文化財的な価値はあまりなさそうだ。祭祀の場として大切にされ神聖視されているのだろう。大里家は標示が無く確証は得られなかったが、第1尚氏7代目、最後の王・尚徳が大里家の美人祝女にうつつをぬかし、クーデターにあったと言うことでは、尚円ゆかりの伊是名を訪れた今回の旅で訪れることができてとても良かった。突然の雨でしばし雨宿りをして沖縄の七嶽の1つ、最高の霊地・クボーウタキの手前まで足を伸ばしてみた。男子禁制のはずなのにレンタサイクルで来た人達、入っちゃってましたから。あとは港まで多少は走りつつ戻ってフェリーに乗り込む。こちらも高速船並みに揺れがひどかった。 2005年の元旦に訪れた時も曇天で気がすすまなかったのだが、琉球の世界遺産コンプリートを目指すため識名園にも行くことにした。米軍の空爆で跡形もなく破壊しつくされた庭園をよくぞここまで復元したものだと感心してしまう。次こそ、青空に映える識名園の御殿を拝みたいものだ。 だいぶ時間は早いが、那覇市内は駐車料金も必要となるため、早々にレンタカーを返却してしまう。満足な昼食をとっていないため、かなり空腹を感じていたので、那覇タワーの下にある沖縄そば博物館で年越しそばを味わうことにした。たくさんの店があって迷ったが、一番安い500円でありながら、手打ち麺で大きな豚肉が3枚ものった歓会門の沖縄そばを選択。期待通りの結構なお味でした。三越で休みつつ、写真の整理。更に読書とネットカフェで時間をつぶした後に3日連続で同じ店にしけこんだ。前日の会計時、「明日もよろしく御願いします。」と声をかけてくれた店員さんの期待に応えることとなってしまった。でも、本当に安くてうまいのだから文句はない。グルクンの唐揚げは3日連続。ボリュームたっぷりのゴーヤチャンプルーも欠かさない。スクラッチでまたまた生中1杯が当たってしまってこの日の会計は1900円ほどだった。3日間、これだけ飲み食いして6000円で済んでしまったのは何ともありがたい。つまみが安い所為もあるけど、生中1杯105円のおかげである。職場の忘年会で大してうまくない食べ物とスーパードライに8000円も払ったのが非常にばからしく感じられた。(しかし、連日の暴飲暴食で年明けの私の体重は66kgに迫ることとなってしまったのである。) |
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| 2007.1.1 Mon 県庁前発8:36 儀保発11:07 那覇空港12:45−ANA126便−東京国際空港14:55 羽田空港15:15 品川発15:37 (高速バス) 7:00を大分過ぎたところでマクドナルドで朝食。(元旦はモスバーガーは休みだった。)8時前に歩いて波上宮へと向かう。初詣客は護国神社の方が多いようなのだが、新一宮の格式を私は尊重して波上宮を選択したのだ。レンタカーの中で愛聴しているRBC琉球放送の公開放送もあるとのことで一寸覘いてみたくもあった。途中かなりの雨に見舞われ雨宿り。この時は薄暗かったが、想定外の青空が広がってどんどん明るくなっていった。参道を登っていくと公開放送も聞こえてきた。特別執着はないのでまっすぐ拝殿へ。一応、今年も健康だけは祈っておいて屋台が立ち並ぶ中を順路に従って歩いていく。波上ビーチでは全裸で海に飛び込む男性もいた。警察に通報するような野暮なことをする人も悲鳴を上げる女性もなく恒例行事なのかなという感じ。沖縄の方々のおおらかさを感じた。 今回の沖縄で世界遺産のスポットはかなりチェックしてきたので、最後はしっかり首里城を押さえたいと思う。首里城に最も近い儀保駅を初めて利用。今までは首里まで乗ってしまっていた。まずは3度目になる世界遺産の玉陵(たまうどぅん)。第二尚氏の王墓である。勿論、尚円王・金丸もここに葬られている。首里城が開城したばかりの時間だから観光客は私1人だろうとほくそ笑んでいたら、団体客が静かに佇んでいた。天気の回復はうれしいが、生憎の逆光で写真は撮りにくい。 続いて日本の道100選に選ばれている金城町の石畳道に足を伸ばす。朝のニュースで東京が冷蔵庫より寒いと言っていたので少しは体を慣らすべく、朝から出で立ちはTシャツにしておいたのだが、石畳の道を一番下まで下って首里城まで戻ったら汗だくになってしまった。雨上がりで琉球石灰岩の石畳がぬれており、危うく滑って転びそうになる。 おきまりの守礼門にはちょこっと立ち寄って、世界遺産の園比屋武御嶽石門もさらっとチェックして、今回の旅・9件目の世界遺産物件、首里城跡。これで「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の登録物件を全てまわったことになる。首里城は復元された建物ではなく、石垣などの城壁、城跡が世界遺産の対象となっている。800円を払って御庭(うなー)へ。正殿は大分塗装が色あせ、漆喰や琉球石灰岩も黒ずみ、かつての鮮やかさが失われている。正殿向かって右側に工事用の足場が組まれていたが、そろそろ修復が必要になってきていると言うことなのだろうか。再び空が雲に覆われた中で首里城の正月イベント、朝拝御規式(ちょうはいおきしき)の第一部・子之方御拝(にぬふぁぬうぬふぇー)が始まる。南殿の特等席で観覧したが、2007年は北殿に向かう隊形となっており、非常に見やすかった。王の顔もはっきりと見えた。王の退場に合わせて、正殿内へと進んだが、ちょうど引き上げてきた王のご尊顔を拝むこともできた。居並ぶ皆さんは若者が殆ど。高校生あたりのアルバイトもしくはボランティアなのではあるまいか。 儀保駅からゆいレールで空港に向かう。一日乗車券が800円だと思って、利用を差し控えていたのだが実は600円だった。玉陵や首里城が割引になるので利用した方が得だった。那覇市中心方面は青空が広がっている。最後の最後で、天気予報を裏切って青空を見ることができてすがすがしい気持ちで帰路につくことができた。羽田空港ではまたしても鬱陶しいバス連絡だったが、歩く距離は短く、却ってスムーズなのかも知れない。2005年は雪のため運休となった新宿からの高速バスも定刻通りの運行できっちりと年末年始の旅を締めくくることができた。 |
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