2007.5.11 Fri

上諏訪発19:01特急スーパーあずさ34号−新宿着21:07


2000年11月の高知行きで読んだ「竜馬がゆく」、以来、この小説にゆかりの地を数多く回ってきたが、竜馬とおりょうの新婚旅行の地、天の逆鉾を訪れる機会はなかなか作れなかった。2005年には立て続けに鹿児島を訪れているが、2月は悪天候、4月はデジカメ不携帯&悪天候により高千穂峰登山は断念。2006年も旅割と超割で2度、鹿児島行きを企図したが、4月は発熱、6月は会議が入ってしまったため、せっかく押さえた航空券を払い戻すという憂き目に遭っている。5度目の正直、今回こそ、宿願を果たしたい。




2007.5.12 Sat

新宿発5:02(山手線内回り)−品川着5:23
品川発5:26(京急空港線快特)-羽田空港着5:40
東京国際空港6:55−ANA619便−鹿児島空港8:40
(レンタカー)


いつもは3時頃には目が覚めるのに気がつくと既に4時。おまけにどうやら寝違えたらしく左膝の内側の筋が痛い。どうやったら膝を寝違えることができるのだろう。全くもって不思議である。朝風呂にも入らずにネットカフェに直行。空席待ちをしてごく短時間でブログの書き込みだけを果たす。Suicaで京急乗り継ぎ。そしてスキップサービス初利用。カードをかざすだけで、スイスイ、これは便利。搭乗口に向かいつつゆっくりと朝食タイム。スターバックスも利用してちょっと贅沢をしてしまった。先月の宮崎便は新規オープンの南ピアだったが、今回は北ピアの奥地。ポケモンジャンボかと思ったら普通の777だった。搭乗にこぎ着けた時間はちょっと遅いかなという感じだったが、鹿児島到着はきっちり定刻。鹿児島は天気予報通り、青空が広がっていて絶好の登山日和だ。

トップでレンタカーを借り受け、カーナビを霧島神宮にセット。2005年に訪れた際は雨と霧に包まれていたのだ。経路選択で坂本竜馬・お龍新婚湯治碑経由のルートを選ぶ。ここも2005年に訪れているとはいえ、天の逆鉾に赴く前にはずすわけにはいかないだろう。

霧島神宮は何らかのイベントがあるらしく会場設営が行われていたが、人出はごくごく普通のもの。生憎の逆光で撮影は難渋したが、それなりの写真が撮れたところで早々に立ち去る。

霧島神宮から高千穂峰登山口に当たる高千穂河原へワインディングロードをぐいぐい登って行くにつれ、気持ちが昂ぶってくる。何度も何度も挫折してきた高千穂峰登山がいよいよ実現するのだ。天気も申し分ない。400円で車を駐め、10:30過ぎに出発。Tシャツにジーンズ、持ち物はカメラのみといういつも通りのいでたちだ。出発してすぐに見えてくる霧島神宮古宮址は噴火によって現在地に移るまで霧島神宮があった所だ。霧島神宮の祭神は高千穂峰に降臨するニニギノミコト。

林間を縫って登る石畳、石段の登山道は非常に快適。山城攻略で鍛えた私には何ともない登坂である。ところが林間を抜けると様相が一変。赤茶けた溶岩の砂礫の道となり非常に歩きにくい。ジョギングシューズというのは本格的登山には無謀というものだった。樹影が絶えると目の前に砂礫の急坂登が延々と立ちはだかる。滑り落ちないように足場となりそうな岩場を伝ってどんどん登っていく。時々振り返ると青空の下、絶景が広がっていた。スタートから30分ほどで勾配が緩やかになり馬の背に到着。ここからは高千穂峰の火口、御鉢が一望の下になる。火口の縁は眺めも良く歩きやすい快適な道。5月に高千穂登山を計画したのはミヤマキリシマを当て込んでのものだったのだが、ミヤマキリシマはわずかしか花をつけていなかった。暖冬で花期や花芽の付き方に狂いが生じているように思われてならない。

快適な馬の背から霧島神宮本宮まで下った後は、頂上までひたすら急坂を登るのみ。ずり落ちないようジグザグにルートを取りながら30分ほどかけて頂上にたどり着いた。正味1時間ほどの所要。殆ど休憩無しで軽快に登り続けてこの時間がかかるのだから、大多数を占める年配の登山者にはガイドマップに記載されている1時間30分で頂上を極めるのはかなり困難であると思われる。手負いの竜馬はともかく、女性のおりょうさんがよくこの山に登ったものだと感心させられる。新婚旅行であるから、きっとゆっくり時間をかけて登ったのだとは思うけれども。

お目当ての天の逆鉾はある程度離れた所からも見えていた。天孫降臨の現場、天の逆鉾に近づいて写真撮影。当然の如く立ち入り禁止の立て札。坂本竜馬の真似をして天の逆鉾を引っこ抜こうとする輩が後を絶たないのだろうと想像される。天気は素晴らしいが春霞がかかっていて遠望はそれほどきかない。それでも、霧島連峰の主峰、韓国岳はバッチリ、望むことができた。

しばし頂上からの絶景を楽しんでから、帰路につく。疲れないが登りよりも滑りやすく慎重さが要求される。砂礫の中に足が何度も埋まってしまい、靴の中は砂まみれだ。

霧島神宮古宮址まで無事下山できたので改めて古宮址に参る。正味1時間50分の登山に大満足だ。感動を反芻するべく無料の高千穂河原ビジターセンターの展示を見ていく。水分補給をして高千穂河原を後にする。

次の目的地は蒲生町の蒲生城(竜ヶ城)。2005年のデジカメ不携帯の際に訪れた城だ。レンズ付きフィルムで撮影した写真の撮り直しが目的である。途中、国分のジョイフルで昼食。水分補給無しで登山を完了した反動でドリンクバーをいやと言うほど利用してしまったツケは1時間ほど後に現われる。

隼人駅の近くの踏切の手前で「史跡・隼人塚」の案内板が目に入った。先月から国史跡の城を重点的にまわっているので史跡の文字に敏感になっている。つい、ふらふらと寄っていくことにした。まず、隼人塚史跡館で簡単な説明を受ける。大和朝廷の支配に従わない隼人族1400名ほどを虐殺したが不幸が続くため塚を作って慰霊したという。展示物ではアイヌや蝦夷のイメージともダブる隼人の盾がインパクトがあった。史跡館を出て隼人塚をじっくり眺める。復元された3本の石塔はなかなか立派なもの。

改めて蒲生城に向かうもロードマップ上に加治木城を発見し、急遽立ち寄る。城の入口は見つけたものの肝腎の遺構がどこにあるのか皆目見当がつかず、すごすごと撤退。今度こそ、蒲生城に向かう。2005年にこのマイナーな城を訪れたのは週刊司馬遼太郎「街道をゆく」肥薩のみちに載っていたから。写真が載っていた磨崖梵字が妙に印象的だったのだ。フィールドアスレチック様の展望台からの眺めがなかなか良い二の丸や整備の手が全く入っておらず立ち入ることのできない本丸に沿って一通り歩いてから磨崖梵字へも足を伸ばした。ところがこちらは2年前とは大分様相を異にしていて雑草が繁茂し立ち入ることがかなり困難な状態に成り果てていた。磨崖梵字は見栄えのするものではないので、このまま埋もれていってしまう危険性がかなりあるように思える。

蒲生町には日本一と言われる大楠がある。2005年にも訪れている。蒲生八幡神社の拝殿横に存在感たっぷりに鎮座する大楠の根回りは33m。樹齢1500年の特別天然記念物で日本一の木として選定されている。

つまびらかな言及は避けるがちょっとしたアクシデントもあったので既に時刻は16時を回ってしまっている。2005年の通りに桐野利秋生誕地に向かうという手もあったが、少し無理をして薩摩川内市の薩摩国一宮・新田神社に赴くことにした。到着時刻はほぼ17時。そそくさと写真を撮りお守りを購入して鹿児島市内へと向かった。この日は極力有料道路は使わないようにしていたので最後は開通間もない無料区間を含む南九州道を全線利用して鹿児島市内へ直行。鹿児島中央駅に向かう道の渋滞もありレンタカー返却は18時過ぎとなってしまった。駅ビルの定番の店で芋焼酎を楽しみつつ夕食。お土産としてかるかんまんじゅうを購入してサウナに投宿。仮眠室こそ利用できないが、1泊1700円は破格。

2007.5.13 Sun

(鹿児島市電、市バス、カゴシマシティビュー)
鹿児島空港14:05−ANA626便−東京国際空港15:45
羽田空港発15:55(京急空港線快特)−品川着15:12
品川発15:16(山手線外回り)−新宿着15:34
新宿発16:00特急あずさ25号−上諏訪着18:20


時間をかけて朝風呂に入る。高千穂登山で強い日差しに2時間ほどさらされたため、すっかり日焼けした自分の顔に吃驚。6時過ぎに出立。駅前のジョイフルで朝食を摂って、駅前の若き薩摩の群像を写真に収めてから路面電車に乗り込んだ。車内で市電・市バスの1日乗車券600円を購入。鴨池で下車。徒歩で向かうは鹿児島県赤十字血液センターである。目的は写真の撮り直しのみ。折良くちょうどやってきた市バスに飛び乗り、市電の通りまで舞い戻る。天文館には8時に到着。

献血ルームが開く気配は全くないので周辺をぶらぶらと散策。ごく近くにあったのが俊寛の碑。鹿ヶ谷の陰謀で平家打倒を謀って平清盛に鬼界ヶ島に流されたあの俊寛である。この碑の建つ地はかつての港でここから俊寛は流されたと言うことだ。近所の方が花と水を取り替え燈明をともしていた。

続いて市電通りを横切って月照上人遺跡の碑。井伊直弼に危険視され薩摩藩からも厄介者扱いされて西郷隆盛と錦江湾に入水して落命する。西郷隆盛は奇跡的に一命をとりとめるのだが、この碑の建つ地は京都から逃れ薩摩に戻ってきた月照の潜伏地。更に歩を進めると五代友厚の銅像。西郷隆盛、大久保利通とともに薩摩の三才と並び称されるそうだが、実業家の彼はインパクトに欠ける。まだまだ時間にゆとりがあるので真っ直ぐ通りを進んで小松帯刀像へ。竜馬がゆくの中にはたびたび搭乗して記憶に残っている御仁だ。ついでに西郷隆盛の銅像の写真も撮っていく。

そろそろ9時も近いので天文館献血ルームへと戻ることに。朝日通から天文館まで市電利用。ルーム前で数分待つと開所となった。勿論、一番乗りで受け付けてもらったが、後から来た人に急いでいるという理由で抜かされてしまった。私だって遠方からの旅行者で帰りの飛行機の時刻に追われているんですけれどもね。とりあえず先月のような穿刺のミス等のトラブルは一切なく、つつがなく献血を終えることができた。これで111ヶ月連続の献血達成。

献血を終えて空港行のバスの出発時刻まで残り時間は正味2時間。やっぱり2005年の写真の撮り直しに徹してしまう。市電で鹿児島駅まで行き、後は徒歩で石橋記念公園へ。甲突川にかかっていた五石橋の内、流失を免れた西田橋、高麗橋、玉江橋が移設保存されている。石橋記念館は無料だし、きれいに整備されているので観光客ばかりでなく地元の家族連れも多い。貴重な文化遺産の石橋だけでなく、西南の役官軍戦没者慰霊碑や薩英戦争記念碑、そして石橋架橋を成し遂げた名工・岩永三五郎像も建つ。さらに祇園之洲砲台跡も残る歴史的スポットでもあるのだ。ここから少し足を伸ばすとザビエル上陸記念碑と我は海の子歌碑もある。カゴシマシティビューのバス停は少し離れていたのでちょっと心配だったが、思い切ってチェックしてみた。対岸には桜島がそびえるが、この日は視界はあまり良くなかった。

あわててバス停に向かうとちょうどバスがやってきた。全力で走ってギリギリセーフ。カゴシマシティビューは鹿児島市内の主だった観光スポットを網羅できる優れものの観光コミュニティバス。市街地から少し離れた尚古集成館、仙厳園へ行くにはこのバスを利用するのが最も便利だと思う。今回は、鹿児島中央駅に戻るためだけの利用。

正午前に鹿児島中央駅に到着。急いで駅ビルで昼食を摂って空港行きのバス乗り場へ。鹿児島空港行きのバスはフルに高速を利用して1200円。乗用車の高速料金が1050円なので割安感がある。帰りもスキップサービスで楽々と搭乗口へ。地ビール何ぞを楽しんでいるうちに搭乗と相成った。定時運行が達成され、余裕を持って新宿駅に到着。夕食は倹約に努めて自宅にて。

顔面以上に首筋の日焼けはひどく、翌日、首の後ろの皮がむけてしまう羽目になる。

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