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2008.7.5 Sat
日本100名城のスタンプラリーを完遂した虚脱感に加えてとどまる所を知らないガソリンの高騰に、2008年は5月、6月とドライブでの遠出は封印してしまった。そんな折、高崎の法律事務所から呼び出しを喰らってしまい、不本意ながら久しぶりに県外に車で赴くことになる。はじめは全く城めぐりをする予定はなかったが、ETC通勤割引が使えるよう、佐久ICを9時前に通過するとかなり時間をもてあましてしまう。結局、ちまちまと城めぐりを画策することにした。
所要時間を計算して7:40に出発。計算通りに上信越道をETC通勤割引で松井田妙義ICまで利用。近くの松井田城へと赴いた。前回撮影した写真がピンボケだったための撮り直しである。今回はISO値を高感度にすることで手ブレを防止することができた。闇雲に高感度にすると画質が落ちてしまうのだが、ピンボケになるよりはましである。下草が刈られてなく、蜘蛛の巣も残っている中、大量の汗を流して本丸、二の丸へと足を伸ばした。
次はロードマップ上に発見して急遽、赴くことにした後閑城。全く期待をしていなかったのだが、きれいに整備されていて郭や堀切がはっきりとわかる素晴らしい城だった。本丸と二の丸、南郭は大堀切で分かたれており、一城別郭の形になっているという。歴史の舞台に登場する城であったなら史跡に指定されてもおかしくない見事さだった。長野県小県郡の依田氏による築城というのはいかにもマイナーだもんな。
続いて安中城を目指すが、新島襄旧宅の表示を見つけ寄り道していく。同志社を創設した新島襄は上毛カルタにも載っている群馬県の偉人。新島襄に異存はないが、個人的には小栗上野介忠順が上毛カルタに載っていないのは残念至極。政府に遠慮して幕府方の人間を意図的に排除したのだとしたら悲しいことである。せっかくなので上毛カルタつながりで近くの中山道安中杉並木にも足を伸ばしたが、国道18号の排ガスで枯死してしまい、特別史跡の日光杉並木とはとても比較できない貧相な杉並木である。安中城は陣屋クラスの小規模な城で遺構はほとんどないと言って良く、いくつかの目立たない表示板を見つけることができただけだった。小学校の中には城址碑があるらしいのだが、今回はノーチェック。
まだ、約束の時間には間があるので100名城の箕輪城にも足を伸ばす。前の月はスタンプ帳を忘れて二巡目のスタンプラリーのスタートを切ることができなかった。二巡目は箕輪城でスタートとなった。二の丸においてあったスタンプは盗難に遭ってしまったが、今は高崎市役所箕郷支所に保管されており休日窓口もあるので安心である。城跡にも当然足を伸ばし本丸の奥の御前曲輪、その下の三日月堀、丸馬出にも初めて足を伸ばしてみた。
昼食を摂って時間調整してもまだ時間があったので、法律事務所近くの高崎城も軽くチェック。民間に払い下げられていた乾櫓と東御門を移築してあるが外堀しか残っていない城跡なので本来あった本丸への移築は叶わない。高崎市役所の展望スペースから見下ろしてみたが、乾櫓よりも城郭建築風の郵便局の方が目立ってしまっている始末。
法律事務所での所用は30分足らずで終了。早く終わりすぎたので割引のきかない高速道路の使用は控える。箕輪城に行く途中に見つけておいたリッター166円のGSでの給油を画策した。その近くにある観音塚考古資料館と観音塚古墳に立ち寄る。ここは小学校の時の遠足の目的地という非常に懐かしいスポットだが、資料館は新しくなっていて展示物にもほとんど記憶がない。古墳の石室はこんな感じだったかなと言うおぼろげな記憶が残る。
帰路は富岡に出て国道254号の内山峠越え。とても久しぶりに通る道で佐久市内はバイパスが開通していた。新和田トンネルの通行料\600もけちって白樺湖越えで帰着。出費を切り詰める生活が板についてきている。
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