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2008.4.29 Tue
自由になる休日はすべてお城めぐりに当ててきた2008年4月も遂に最後の休日を迎えるに至った。日帰りドライブで攻略できる二つの100名城をターゲットに3時半過ぎに出発。岡谷ICからETC深夜割引で亀山ICに直行。東海環状自動車道と伊勢湾岩洞を利用すれば通しの料金となり全区間4割引になるのでかなり割安だ。計画的に名阪国道沿いで給油。暫定税率切れの一ヶ月と第2回全国一斉お城の月が重なったのは返す返すも幸運であった。
この日最初のターゲットは柳生陣屋。2003年大河ドラマの武蔵を見て以来ずっと行きたいと思っていた柳生に遂にやってきた。しかし、早朝の到着で陣屋に立ち寄っただけで今回の訪問はおしまい。また日を改めて訪れたいと思う。次は松永久秀の居城、多門城。大まかな場所しか確認していなかったが、若草中学校を目指して何とかたどり着くことができた。城址碑を撮影していたら、中学生に訝しげな眼差しを送られてしまう。天守を有した最初の城という面影はどこにも見られない。
早朝の城めぐりはこれぐらいにして、次はスタンプを得るため、高取城を目指す。三度目の高取城だが、高取の城下町に入り込むのは初めて。夢創館でつつがなくスタンプをゲットし、屋根のない部分的な遺構であるが、移築された松の門を拝むこともできた。高取城の方は好天に誘われて何人ものハイカーが訪れていた。高取城は三大山城に数えられる城であるが、数多くの山城に接してみると何故三大に数えられるのかよくわからなくなってしまう。おそらく江戸時代における天守などの城郭の見事さもあったのではないか。
高取城は大阪府に近く、千早城へはすぐ行けてしまう。千早城は100名城が発表された時点でまだ訪れたことのなかった数少ない城でスタンプラリー開始前に一度訪れている。そのときパスしてしまった上赤阪城をまず攻城することにした。本丸まで20分の所要とのことだったが、二の丸を経由しても10分程で本丸にたどり着くことができた。千早城を詰の城とするならば、この上赤阪城は本城に当たり共に国史跡に指定されている。
上赤阪城には駐車スペースがあるのだが、千早城では難渋する。金剛山登山者用の駐車場を利用して高額な駐車料金を支払うしかない。今回はスタンプ置き場の「まつまさ」の駐車場を利用した。スタンプは無事、ゲット。これで94城目である。千早城が100名城に選ばれたのは鎌倉幕府滅亡という歴史の転換期の合戦の場であったという史跡としての価値によるものだと思うが、上赤阪城に比べて明らかに遺構が少なく、千早神社創建によって著しく遺構が破壊され、神社本殿後背の本丸への立ち入りを禁じるなど、100名城として果たしてふさわしいのかどうか、大いに疑問を感じてはいる。帰りがけ、下赤坂城にも立ち寄っていく。出城として機能していた下赤阪城にはほとんど遺構らしきものが見あたらないが、ここも国史跡には指定されている。
本当ならここで素直に帰路について帰りがけに献血をするつもりで居て迷っていたのだが、献血を断念してお城の月で空白地となっている富山県に長駆足を伸ばすことに決断した。近畿道、名神、北陸道と惜しげもなく高速を使うが、福井に入ってガソリン切れ。丸岡で給油してから再び高速に乗り富山西ICに降り立った。先月訪れたばかりの国史跡・安田城。すでに安田城跡資料館は閉まっていたが青空の下、若草に覆われた土塁を拝むことができて満足である。
先月は時間の関係で割愛した白鳥城にも寄っていく。こちらは秀吉の越中攻めで本陣となった城。支城の安田城に比べると規模はかなり大きい。山城ではあるが勿論本丸まで足を伸ばした。富山市街の眺望が素晴らしかった。
既に夕刻ではあったが、市街地のまっただ中にある富山城にも足を伸ばした。お色直し後は初めてで白壁が目に眩しかったが、所詮は模擬天守、ありがたみはない。汚れきった堀からは悪臭が漂っていて富山城のイメージは最低なままだ。
帰路は先月と全く同じ。時間が遅くなってしまったので豊科ICからの通勤割引は適用されずじまいだった。
高速代、ガソリン代とかなりの出費となってしまったが、富山の国盗りは果たすことができた。米沢城1城で国盗りを達成した山形県のような僥倖もあり、青森から富山まで日本海側の5県が我が手中に。九州の宮崎、鹿児島と合わせてこのお城の月、国盗り数bPの座を獲得することができた。
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