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| 2007.12.31 Mon 岡谷発15:00 高尾発18:33 |
降雪はあったものの積雪にまでは至らなかった2008年の年末だが、大晦日に至っての朝からの雪で遂に積雪を見てしまう。年越し蕎麦代わりにソース焼きそばを食べ、大雪で欠航や事故のニュースが飛び交う中、青春18きっぷで出発。中央本線も雪の影響で列車に遅れが出ていたが、結局高尾到着は定刻。予定通りの上京ができて本当に良かった。夕食に中華蕎麦を食べて2007年の終焉を過ごす。 |
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| 2008.1.1 Tue 新宿発6:20 品川発6:47 東京国際空港8:55−ANA123便−那覇空港11:45 那覇空港発12:30 儀保発14:27 おもろまち発15:12 朝は路面が濡れていたが、東京は快晴。蒲田手前の京急の車内からはピンクに染まる富士山を拝むことができた。Skipサービスで保安検査場を抜けると既に初日が登っていた。次々と出発していく便には軒並み、遅れて呼び出される搭乗客がいて出発時刻に影響が出ている様子。私の乗る便も定時運行が果たせなかった。富士山がくっきり見えるなど東日本は快晴だったが、南海上はびっしりと雲で覆われ、沖縄は天気予報通りの曇り。空港でさらっと沖縄蕎麦を昼食にとる。 ゆいレールの1日乗車券を購入して目指すは首里城。最も南に位置する100名城だ。儀保駅からの上り坂は2007年の元旦は汗を流して上ったものだが、2008年はだいぶ気温が低いと見えて汗など出やしない。おきまりの守礼門の写真は別アングルを試みたものの多くの通行者が写り込んでしまうので結局、変わり映えのしないおきまりのアングルとなってしまった。 2年続けての元旦の首里城、今年はこれが初詣のつもり。歓会門、瑞泉門を抜けカーブを描く首里城の城壁も堪能してから、下之御庭でありがたく泡盛のふるまい酒を頂いた。入場料はゆいレールの一日乗車券の提示で2割引の640円になる。この一日乗車券、開業当初は800円していたのだが、600円に値下げされだいぶお得感が出てきた。地元の方の足としてもしっかり定着しているようで、高速道路までの延伸の計画が立てられていた。高速バスの乗り継ぎにより名護方面への交通アクセスが非常に便利になるようなので延伸計画の実現に期待している。 雲に覆われていた空に青空が広がってきて日が差してきた。やはり首里城正殿は青空の下がいい。南殿から中に入ってみると、復元された書院の公開が始まっていた。琉球庭園はまだ工事中なのでまだまだ見所が増えていく首里城である。正殿の南面は壁面の塗装工事が進んでいた。すっかり色あせてきた感のある首里城正殿だが、鮮やかに甦る日も近いだろう。 肝心の名城スタンプは北殿で無事ゲット。スタンプ設置場所を示すオレンジの表示がなかったのでちょっとどきどきしてしまった。新春の宴の午後の部は琉球舞踊。13:40からの回をちらっと鑑賞して西のアザナへ回り那覇市内の眺望を楽しみ、更にこれまたおきまりの世界遺産・園比屋武御嶽石門をチェックしてから首里城を後にした。 時間にとても余裕があるのだが、元旦で閉まっているところも多いので欲張ることはしない。一度、覘いてみたかったおもろまちのDFSギャラリアに行ってみた。免税店といえば私の感覚ではアルコールなのだが、ウイスキーやブランデーなどアルコール類は一切なし。香水やバッグなど、私には全く興味がないものばかりだった。早々に退散して地ビールパブで早めの夕食。 |
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| 2008.1.2 Wed 美栄橋発7:37 那覇空港発9:55−RAC877−久米島空港着10:40 (レンタカー) 那覇で利用していたネットカフェがなんと閉店。高い上に写真の投稿ができないインターネットをしばし利用。天気がいいはずだった1月2日だが、すっかり曇天予報に変わっていた。楽しみにしていたハテの浜は断念するしかない。 那覇からの離島便はほとんどがバスによる連絡。高知龍馬空港での胴体着陸で一躍有名になったボンバルディア機は小型すぎてサテライトに着けることができないのだ。私が乗る久米島便は琉球エアコミューターが所有する唯一のDHC8-300。まさしく胴体着陸をおこした機種である。時間は遅れたもののフライトにトラブルはなかった。 久米島でのレンタカーはホテルの駐車場にそのままおいて返却なのだそうだ。宿泊場所を決めていなかったが、決めて連絡をせざるを得なくなってしまった。カード払いもきかないし、ちょっと困りものである。気を取り直して島内巡りに出発。一番の目的・国史跡の具志川城へと向かう。沖縄本島最南端の喜屋武岬近くにも具志川城がありこちらも国史跡でかなり紛らわしい。そしてともに海に面している。久米島の具志川城は海につきでた三方が断崖。結構石垣も残っているが、生憎、修復保存工事中だった。 もう一つ、久米島に有名な城がある。久米島の最高峰に位置する宇江城城だ。遠目には天然の岩山にも見えるがこれがなんと石垣。車で近くまで乗り付けられるので手軽に頂上まで行けてしまう。あいにくの天気ではあったが、ハテの浜もはっきりと見えた。好天の下では素晴らしい絶景が見られるに違いない。具志川城には誰もいなかったが、こちらには結構観光客が集まっていた。 グスクめぐりという本懐を早々に遂げてしまったので後は史跡を中心に回ってみる。仲里間切藏元跡は観光パンフレットによると重文とのことだが、町の史跡のようである。ハテの浜につながる奥武島にはこれも久米島の名所といえる畳石。亀甲模様の岩は近くで見ればなかなかのものだが、遠目に見るとかなりがっかりしてしまうだろう。この畳石の近くに久米島ウミガメ館があったので、せっかく新年早々開館していることでもあり、寄っていくこととした。ハテの浜に行かないのであれば時間は十分にある。ビデオもしっかり見てしまった。ビニールをクラゲと間違えて食べ命を落とすウミガメが多いとのこと。ゴミの問題は中国、韓国をも巻き込んで啓発していかないと全く改善されていかないだろう。何しろ、エベレストのゴミもアジアのもの中心だというのだから全くもって恥ずかしい限りである。ウミガメの成体はいろいろな水族館で見ることができると思うが、子どものウミガメは珍しいのではないか。アオウミガメの子どもはとてもきれいだった。 コンビニで簡単な昼食を調達してから、フェリーが発着する兼城港に向かってみた。翌3日も好天は期待できないので渡名喜島に渡ることしか念頭にないので港の近くに宿泊場所を見つけることにする。幸い、港に至近のホテルに泊を求めることができた。このホテルをレンタカーの営業所に連絡しておけば、あとはもうほったらかしにしておいて良いとのこと。島内めぐりを再開する。 兼城港から比較的近いところに重要文化財の上江洲家住宅がある。具志川城主の末裔で地頭代を務めたという上江洲家。住宅のまわりをぐるりと回るだけだが、きれいな石塀に囲まれておりなかなかの見栄えである。上江洲家から更に北に向かうと観光パンフレットにも載っているおばけ坂。写真では傾斜がよく伝わらないが、現地で車に乗っていると下り坂に感じるところ。シフトをニュートラルにすると車がずるずるとバックしていって本当は上り坂であることがわかる。実は長野県中野市にも「あべこべ坂」という同じようなスポットがあって、大学時代の夏合宿に自転車で志賀高原に行った途中、空き缶を転がして確かめた経験を懐かしく思い出した。 まだまだ時間にゆとりがあるので泡盛工場の見学なども企んでみたが、正月2日では稼働しているわけがない。自然の美しい観光スポットも曇天の下では訪れる気がしない。東北楽天ゴールデンイーグルスがキャンプを行う久米島野球場と立派な屋内練習場のホタルドームを外から眺めて上がりとした。遊び場が殆どない場所でのキャンプ、選手には気の毒なような気もするが、応援したいという気持ちは沸々とわき上がってくる。 16時という早い時間ではあったが、ホテルにチェックイン。写真の整理などに勤しんでろくにテレビも見ず、夕食後は早々に就寝してしまった。 |
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| 2008.1.3 Thu (久米商船・ニューくめしま、なは) 久米島空港発16:00−RAC870−那覇空港着16:35 那覇空港発17:40 朝風呂に入って、7時から朝食。8時前にはチェックアウトして兼城港へと赴いた。渡名喜島との往復はわずか\1900。2006年末に利用した伊是名島への運賃と比較すると破格である。乗船時間はこちらの方が長いのだから。 兼城港を出港してしばらくは久米島沿いを航行する。久米島最南端の島尻崎付近の奇岩・鳥の口が見えると次はハテの浜が現れる。曇天の上に遠目では感動にはほど遠い。いつか、最高に美しいハテの浜を見てみたいと思う。トンバル岩のあたりはほぼ中間地点。渡名喜島の島影はどんどん大きくなっていく。思った以上に険しい岩山を持つ島だ。 定刻に少し遅れた到着。滞在時間は正味1時間ない、まさしくタッチアンドゴー状態なので、ダッシュで集落を目指す。この渡名喜島にこだわったわけは、竹富島と渡名喜、沖縄に2件しかない伝統的建造物群保存地区があるからなのだ。ところがフクギの並木に遮られて沖縄の伝統的住居が殆ど見えない。竹富島の見栄えの良さとは大きな差があった。見晴らしの良い高台を求めて四阿まで駆け上がって集落を俯瞰してみたが、緑の中に住居が埋没している感じであった。実は、この渡名喜島は南北に山があって東西僅かな幅の平地に集落があり、台風の折にはすさまじい突風が吹き抜けていくのだという。その強風の対策として、敷地を低く掘り下げて平屋の住居を建て周囲をフクギの防風林で守る集落景観ができあがったというのだ。その特異な住環境が伝統的建造物群保存地区選定の決め手であろう。見た目は地味だが、成立の背景を知るとこの集落の存在がとても貴重なものに思えてくる。 土産物屋など期待すべくもないので絵はがきの購入もならず、久米島へと引き返す。往路でさんざん景色は楽しんだので、復路はカーペットに寝ころんでのんびり過ごした。久米島に戻っても既に移動手段はなく、暫く歩いていると「あじまー館」というパンフレットにも載っている体験施設が見えてきたので中に入ってみる。幸いにして食堂が開いていたので沖縄そばの昼食を頂くことができた。めぼしい土産物は見つからなかったので、ここからは延々と空港まで歩き通すことにする。何しろ時間はたっぷりあるのだ。港から5km強。14時過ぎには空港に到着。じっくり、売店を物色して絵葉書と、Tシャツを購入。そして帰りの飛行機の中でもハテの浜の絵葉書を頂くことができた。本当に美しい海と砂洲。久米島再訪を強く祈願する。 那覇空港でネットをチェックしてから、ゆいレールで国際通りへ。2006年末にお世話になったオリオンの生中105円の店に今回もしけこむ。生中4杯にゴーヤチャンプルー、グルクンの唐揚げ、ジーマミー豆腐で\2000で済んでしまうのだから本当に破格だ。 |
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| 2008.1.4 Fri (レンタカー) ネットで前日調べた限りではこの日の天気もあまり期待できなかったのだが、シャワーを浴びて外に出てみると、月と金星が見事に輝いていた。7時過ぎの朝マックの後、歩いてレンタカーの営業所へ。まずは、北の今帰仁城をめざす。ところが那覇周辺とは異なって本島北部は雲に覆われたあいにくの天気。落胆は隠せないが、高速をフルに使って9時20分に今帰仁城に到着。 チケット売り場で早速、100名城のスタンプを捺してから城跡へ。相変わらず工事は続いていて、志慶真門郭には相変わらず立ち入ることはできない。それでも大隅に入り込んで隅から隅まで写真を撮るなど今帰仁城を楽しみ尽くすことはできた。1月19日から桜祭りとのことだが、既に何輪かのカンヒザクラがピンクの花を咲かせていた。共通券となっている今帰仁村文化センターも一通り見ていく。外に出てみると急速に青空が広がってきていた。まず美ら海水族館に行ってからここに来れば青空の下の今帰仁城を拝めたのかも知れないが後の祭り。次の目的地、座喜味城を目指す。 座喜味城では見事な青空が広がっていた。まずは読谷村歴史民俗資料館に立ち寄ってみる。今まで年末にばかり訪れていて閉館しており、入館するのは初めてだ。座喜味城の展示はさほど多くなく、ちょっと残念。週明けから始まるという護佐丸の特別展は見たかった。2階の美術館も見てから美しい青空の下の座喜味城へと繰り出す。世界遺産の沖縄のグスクでは最も小ぶりだが、2つの郭がきっちりと城壁で囲まれコンパクトにまとまっているので見栄えはとてもよい。拱門上部のアーチの楔石も見どころだ。琉球王朝創建時の功臣・護佐丸の座喜味城の前の居城・恩納村の山田城も国の史跡だがこの時点ではチェックを入れてなかったので次に沖縄に来るときには忘れずにチェックしたいと思う。 今回、しっかりチェックを入れておいた国史跡のグスクは、うるま市の安慶名城。カーナビのおかげであっさりとたどり着くことができた。城跡がよくわからず闘牛場の方に回ってしまって城のまわりを一周してしまった。城址碑から石段を登っていくと天然石をくりぬいた城門が待ちかまえており、城門を抜けると城壁で囲まれた郭に出る。木漏れ日があってなかなか写真が撮りにくかった。こういう城は曇天の方がありがたい。 同じうるま市内には世界遺産の勝連城があるので勿論、立ち寄っていく。無料の休憩所にはいることができたのは今回が初めてで、勝連城のパンフレットを手に入れることができた。僅かな展示もちょこっと見てから城へ繰り出す。勝連城は遠くからもよく見えてその佇まいは風の谷のナウシカや天空の城ラピュタに出てきそうな物見台のような趣を持っている。この日、訪れたスポットでは一番の人出があった。人気のドライブコース、海中道路に向かう途中に立ち寄れるし、外観の魅力の他、一の曲輪からの眺望が抜群というアドバンテージを持つのだ。これだけの世界遺産はそうそうあるものではない。この勝連城は琉球王朝に最後までたてついた阿麻和利の居城。護佐丸を滅ぼし首里を攻めるものの逆に自分が滅ぼされてしまう。それでもこの地域では人気を誇っていることがパンフレットからも伺える。 勝連城とセットで阿麻和利のライバル護佐丸の居城・中城城は絶対に外せない。ここは、100名城でもあるのでスタンプゲットは最重要課題でもある。スタンプの状態が良すぎてインクがたっぷりと出、滲みが出てしまったのはちょっと残念だった。過去2回はいずれも曇天。3度目にして初めて青空の下の中城城を拝むことができたが、実は逆光となってしまって写真は撮りにくくなってしまう。入り口からは一番遠い側が正門になるので今回は郭を順に登っていくのではなく、正門から入っていくことにした。一の郭の城壁は石垣の補修が行われていて二の郭にはクレーンが入り込んでいて大規模な工事が進行していた。真新しい琉球石灰岩の石垣はちょっと違和感がある。三の郭の幾分崩れかかった石垣の方が遥かに趣があると感じてしまうのは私だけではないだろう。 狙っていたグスクは全て回ることができたので、今まで休館日にばかり当たってしまって一度も入館することができなかった沖縄県平和祈念資料館をめざす。卑劣で醜悪な教科書検定のごたごたがあっただけに個々はぜひとも見ておきたかったのだ。明治政府による琉球処分、皇民化政策の中で韓国併合時に於ける創氏改名と同様な沖縄独特の姓に対する改姓への圧力があったとは今まで知らなかった。巨大ジオラマとスクリーンを併用した沖縄戦の経過もじっくりと視聴、本土決戦を少しでも先延ばしにするための犠牲的持久戦によって最終局面の南部戦線で軍民入り乱れる状況が作り上げられたことがとてもよくわかった。壕の中に軍民が同居している中で機密保持の名目の下に虐殺や集団自決の強要があったことは疑うべくもないというのに、教科書検定の文科省の意見は全く持って度し難いものであると思った。アメリカ占領下から復帰に至る沖縄の展示も充実、沖縄を語る上で此所の展示は外せないものであると痛感した。展望塔にも登ってみたが、太平洋と平和の礎(いしじ)が一望出来、素晴らしい眺望。平和の礎には沖縄戦で亡くなった20万人もの方々の名前が刻まれているが、20万という数は斯くも膨大なものであるのかということが実感できる。 本部半島から南端までほぼ、沖縄本島を縦断することになったこの日のドライブだが、時間にまだゆとりがあるので最後にゆいレール展示館に立ち寄っていくことにした。さいたま市の鉄道博物館で手に入れた「全国鉄道博物館」という本に載っていて気になっていたのだ。入場無料だが、受付の係員もなく無人。気が引けたけどしっかり見させてもらってしまった。沖縄県民の足としてしっかり定着した感のあるゆいレール、今後の発展も大いに期待できるので楽しみである。隣接してゆいレールの車庫もあるのでそちらも眺めてから此所をあとにした。ここは全くの穴場であると見えて私以外には全く人がいなかった。早々とレンタカーを返却してから2日続けて同じ店へ。45分でオリオンの生中5杯注文という新記録を達成。 |
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| 2008.1.5 Sat 県庁前発6:30 那覇空港8:05−ANA120便−東京国際空港10:20 羽田空港10:36 横浜発11:05 桜木町発12:40 町田発15:32 八王子発16:12 この日は帰路につくだけ。暗いうちに空港へ行き、A&Wでハイカロリーの朝食。午後には献血の予定だが、血中に脂肪分が白く出てしまう乳ビに私は無縁なのだ。珍しく空港でおみやげを買い込んでから無事に帰着。羽田空港では今までで一番歩く距離の短いゲートに飛行機が着いた。 せっかく記念品がもらえるということなので横浜のウインズに立ち寄っていく。金杯の日だが、馬券は買わない。そのままランドマークタワーで昼食と思い行ってみると、夜景ミュージアムの字が飛び込んできてついつい\1000を払って展望台に上ってしまった。夜景ミュージアムの方は単なる写真展で拍子抜けも甚だしい。眺望はしっかり楽しめたのでよしとしよう。下に下りて日本丸を目の前に見る席にて中華の昼食。 ゆとりを持って町田献血ルームに行ってみると既に予約者が何人かいた。630ccも血漿をとられかなり時間がかかったが、予定の電車には何とか間に合う。5泊にも及ぶ旅の締めくくりに献血というのはかなり危険な気もするが幸い、疲れは全くなく無事2008年最初の旅を終えることができた。 |
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