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| 2008.3.8 Sat 岡谷発6:09 高尾発11:49 八王子発12:02 高麗川発13:02 寄居発15:06 小川町発15:29 武蔵嵐山発16:37 川越発17:34 恵比寿発19:37
先月、小休止となった名城スタンプラリーだが、青春18きっぷの季節の到来とともに再開、折良くジャンパーいらずの温かい陽気にも恵まれた。始発の普通列車で高尾へと向かう。駅からの遠さが気になる所だが、まずは100名城の八王子城へと歩を進めた。 30分ほどかけて八王子城の駐車場に到着。この城は100名城に選定されてすぐに御祝いの幟を立てるほど、この100名城選定を喜んでおり、駐車場もきれいに整備された。その駐車場には誇らしく「日本百名城」の文字を刻み込んだ新しい城址碑が建てられていた。管理事務所が工事中で一瞬ひやりとしたが、100名城のスタンプは工事のフェンスの外に出してあり一安心。ゴム印タイプなので問題なく捺印することができた。今まで手にしたことのないパンフレットも頂いてとりあえず、リニューアル工事が完了したばかりの曳橋を渡って御主殿跡へと足を伸ばす。曳橋、虎口の石垣、冠木門と復元されているこのあたりが八王子城の見どころなのだが、今回はきっちり本丸まで攻略することにした。根室半島チャシ跡群は何とも言えないがここまでスタンプをゲットしてきた城は本丸に足をおろすことにこだわってきている。(本丸に立ち入ることを禁じている千早城には何とかしてもらいたい物だ。)山城なのでそれなりの覚悟はしてきたがなかなか登り甲斐がある。途中、良い香りを放っている梅の花や遠くに微かに見える新宿副都心の高層ビル群などの眺望も楽しみつつ、八王子神社に到着。本丸は更に裏手の山の頂上にあった。汗だくになってしまったが、充実感がある。下山して今までノーチェックだった八王子城主の北条氏照の墓も拝んできた。秀吉の小田原攻めでこの堅固な山城が1日で落城してしまったのは城主の不在によるものと固く信じている。 帰りはバスを使うことも考えたが、結局歩いて高尾駅へ。昼食はマクドナルドで購入したが、京都でもらったスクラッチのカードには騙されたという思いを禁じ得ない。八王子からは八高線を利用。高麗川から先のローカル線情緒たっぷりの車窓はなかなか味がある。寄居駅から鉢形城へも徒歩。真っ先に鉢形城歴史館にてスタンプをゲットした。これで69城目。うまくいけばスタンプラリー開始1年でコンプリートできるかも知れない。鉢形城は八王子城と同様、北条氏の支城で武田、上杉と対峙する重要な城。川で守りを固めた城で北条氏邦は秀吉の小田原攻めの北国軍を1ヶ月支える。堀と畝、土塁や三の曲輪には石積土塁、四脚門も復元されていて見栄えはなかなか良い。本曲輪の崖上からは荒川も眼下に望める。 この先は東武鉄道を利用。嵐山町は全国京都会議に加盟している小京都で京都の嵐山に似ているとのことでこの町名になったが、読み方は「らんざん」である。此所のお目当ては国史跡の菅谷館跡。この城館の主・畠山重忠の人形が迎えてくれる嵐山史跡の博物館で軽くお勉強。御嶽神社の国宝の鎧は畠山重忠の奉納とのこと。実物を見ているというのに今回初めて認識した。そういえば畠山重忠の像があったような気がする。菅谷館跡には空堀、土塁がはっきりと残っているが鎌倉初期の城館は本郭あたりで戦国期に大改修が行われ拡張されたとのこと。遺構は館跡というより菅谷城と言った方が適切かも知れない。家族連れも多く、近隣住民の良い憩いの場となっているようだ。 本当はもう一つ欲張って杉山城にも足を伸ばしたかったが、ここまでで15kmは歩いており、八王子城での無理な登山もあって完全に筋肉痛が出てしまっているため断念。素直に川越に出て恵比寿ガーデンプレイスのビアステーションへとしけこんだ。翌日の献血に備えてしっかり肉を摂取する。 |
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| 2008.3.9 Sun 上野発6:49 東京発7:17 両国発11:26 秋葉原発14:30 御茶ノ水発14:35 新宿発15:06 立川発16:01 この日は江戸東京博物館の天昇院篤姫展と献血がメイン。博物館開館前に赴く場所として選んだのが石川島公園。「この時歴史が動いた」の人足寄場の回を見、続けて人足寄場が舞台の小説、山本周五郎の「さぶ」を読破する偶然が重なってしまったため、人足寄場のあった石川島にぜひとも行ってみたくなったのだ。上野駅の一蘭でラーメンの朝食。替え玉もつける。 石川島公園の向背には高層マンションが建ち並び、リバーサイド21となっていてかつて不逞の輩の更正施設・人足寄場があったとは全くわからない。かろうじて石川島造船所に因んだ民間洋式造船所発祥の地の説明板はあったが、鬼平こと長谷川平蔵の肝煎りで作られた人足寄場は完全に黙殺されてしまっている。(実は佃公園にモニュメントがあるのだそうだ。何とも間抜けな話である。)とりあえず、ゆかりの地に立ったと言うことで満足し、北へと歩いて深川散歩。富岡八幡宮は骨董市で賑わっていた。相撲興行ゆかりの地と云うことで横綱力士碑や大関力士碑がある。このそばに居を構えて測量に旅立つ前には参拝していたという伊能忠敬の銅像もあった。 さらにつらつらと北上してたどり着いた江戸深川資料館は残念ながら開館前。結局、前日の筋肉痛が癒えていないというのに両国まで歩き通してしまい、勝海舟生誕の地碑と吉良邸跡までチェックしてしまった。吉良上野介の名前は「よしなか」という間違ったふりがなも残っていたが、故郷吉良町での「よしひさ」と言う表記もある。どうせなら正しい表記で統一して欲しい物。 満を持して江戸東京博物館へ。開館間もないというのにもう人の列ができている。2004年の新選組展も2007年の江戸城も大層な人出だったが、篤姫展もなかなかのもの。これでも赤字だというならこの施設を黒字にすることは不可能だと思う。薩州桜島真景図の実物を見ることができたのが最大の収獲。鹿児島の篤姫館のハイビジョン映像で見た篤姫の打掛は大徳川展でも見たが、改めて拝むことができて慶賀の至り。国宝の古文書もあったようだが、古文書には余り執着はない。常設展示でも特集展示「家康・吉宗・家達〜転換期の徳川家〜」が開催されていてタイムリー。徳川宗家16代徳川家達はまさに天璋院篤姫ゆかりの人。大河ドラマでも登場するのかどうか、楽しみである。 昼食は秋葉原にて。かつての秋葉原デパートが今ではクロスフィールドになってしまっている。あまりの変貌ぶりにめまいがしそうだ。ヨドバシカメラで買い物を済ませ、かなり早いがアキバ献血ルームへ。混雑してきたためか、予約の時間より30分も早く献血を始めていただけた。121ヶ月連続、481回目の献血も無事完了した。 時間にゆとりができたので新宿、立川で途中下車。結局買い物はしなかった。身延線の遅れ、対向列車の遅れで定刻に3分ほど遅れて無事岡谷に帰着。残り3日分の青春18きっぷ、またこの中央東線で使ってしまうのだろうなあ。 |
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